昨年のカンヌ国際映画祭で脚本賞とクィアパルム賞をダブル受賞したフランス映画『燃ゆる女の肖像』が、12月4日より公開される。貴族の娘と彼女の肖像を描く女性画家の鮮烈な恋を描く“世紀の愛の物語”とも称される本作を、具体的な場面とともに5つのキーワードで紐解いていく。

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 本作は、18世紀のフランス・ブルターニュの孤島を舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と彼女の肖像を描く女性画家の鮮烈な恋を描く。監督は本作で長編映画5作目にして輝かしい受賞歴を誇るセリーヌ・シアマ。マリアンヌ役には、本作でセザール賞にノミネートされたノエミ・メルラン。エロイーズ役は、シアマ監督の元パートナーで、セザール賞を2度受賞しているアデルエネルが務める。カンヌ国際映画祭での脚本賞のほか、ゴールデン・グローブ賞と英国アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされ、世界の映画賞で44の賞を受賞。欧州でのヒットに続き、米国でも過去公開された外国語映画の歴代トップ20入りを果たした。

 脚本も自身で手掛け、当初から本作をラブストーリーにすることを考えていたというシアマ監督は「脚本の構成として、2つの矛盾した願いが根底にありました。1つは、恋に落ちる瞬間と喜びを段階的に見せること。もう1つは、今の時代にも通じる、愛がもたらす影を描き出すことです。そして、対等な関係のラブストーリーを描きたいとも思いました。2人が出会う前の段階で、社会的な階級や力関係、誘惑とは関係のないラブストーリーです。自然と生まれる会話に驚かされるような感覚を大切にしました」と物語に込めたビジョンを明かしている。そんなシアマ監督のビジョンのもとで生まれた“世紀の愛の物語”を、具体的な場面とともに5つのキーワードで紐解いていく。

■悩んだ末選択した“デジタル撮影”

 女性カメラマンクレアマトン(『アトランティックス』ほか)を撮影監督に起用したシアマ監督は、デジタルカメラ35ミリフィルムのどちらで撮影するか悩んだ結果、本作の撮影が行われたブルターニュの海岸に向かいそれぞれでカメラテストを行い、スクリーンで確認した上でデジタル撮影を決意。

 その理由についてシアマ監督は「肌の質感が理由です。私たちは、18世紀の女性たちの欲望を取り戻させようとしていたのです。それでデジタルのもたらす肌の紅潮やエネルギーが決め手となりました」と明かす。この効果は、マリアンヌとエロイーズの距離が少しずつ近づいていくとともにふたりが艶っぽく輝きだす様子でありありと感じられる。

■“見る”ことと“見られる”こと

 肖像画家として被写体のエロイーズを絶えず細部まで観察していたマリアンヌは、あるシーンでエロイーズに対して自分の優位性について言及。しかしエロイーズは、「立場は同じです。何も変わらない」と言い返す。彼女は被写体としてマリアンヌと向き合いながら、自分も同様に彼女のことを見ていたのだ。

 シアマ監督は、主人公のふたりを画家と被写体という設定にしたことについて、「肖像画を描くために芸術家がモデルを見つめるのと、恋愛感情も含めて相手を見つめるという2つの構造が欲しかったからです」と語る。また、被写体という“見られる”側の存在であるエロイーズを演じたアデルは、このシーンを普段女優という存在が監督や演出する側の人間から見られるだけの存在と考えられていることに対する問題提起の場面としても捉えていたといい、「この言葉には共感できました。だから、このセリフを言えて嬉しかった」と振り返る。

■“音楽”はたった2曲

 本作では音楽が2曲しか使われておらず、それは登場人物たちが実際に歌い奏で、耳にする音楽。最初の1曲は、オーケストラを聞いたことがないというエロイーズのために、マリアンヌがつたないピアノ演奏で聴かせてあげるヴィヴァルディ協奏曲「夏」。「夏」はのちのシーンでオーケストラによる曲としても登場するが、シアマ監督が最初に脚本に取り掛かったのがこの場面で、同曲を使うことを当初から考えていたという。劇場でその余りに圧倒的なシーンに触れれば、誰もがシアマ監督の圧倒的なビジョンに感嘆するだろう。

 そして2曲目は、夜の原っぱで村の女たちが合唱する「La Jeune Fille en Feu」(意味:燃ゆる女)というオリジナル楽曲(予告編使用楽曲)。暗闇にこの歌が響き渡る中、焚火をはさんで向かい合うマリアンヌとエロイーズの心に大きな変化をもたらす重要なシーンである。

 シアマ監督は本作における音楽について、「脚本を書いているときから、この映画は音楽なしで作ることを考えていました。なぜなら、従来のラブストーリーは感情が音楽で表されることが多いからです。音楽に頼って、2人の関係を結びつけることなどできないからです。この映画には鬼気迫る様子を表現する音楽や、BGMもありません」と狙いを語る。さらに、「この手法は賭けではありましたが、18世紀当時を再現したいという理由で、特別な挑戦だったとは思いません。彼女たちの人生において、音楽は求めながらも遠い存在のものとして描きたかったし、その感覚を観客の皆さんにも共有してほしかったのです」と解説する。

■ふたりを永遠に繋ぐ数字“28”

 エロイーズの絵を描いているマリアンヌに、エロイーズは自分もマリアンヌの絵がほしいと頼む。手元にあった本の余白に描くことにしたマリアンヌに対してエロイーズが指定したのは28ページだった。のちのシーンでマリアンヌは、思わぬ形でこの“28ページ”と再会することになる。

 細部に渡るまで行き届いた演出のほんの一例だが、エネルは昨年のカンヌのフォトコールでなんと左手甲に“p.28”と書いて登場。彼女にとってこの数字がどんな意味を持つのか気になるところだ。ちなみに今年、エネル自身が起こしたとあるアクションが日本でもSNSなどで話題になったが、それは奇しくも“28”日(現地時間)のことだった。気になる人はチェックしてほしい。

■“夜の朗読”が示すもの

 ある夜、マリアンヌとエロイーズと召使のソフィは、ギリシャ神話の吟遊詩人オルフェと死んだ妻を巡るくだりを読みながら、その解釈について対等に議論を交わす。修道院で規律やしきたりなどの教育を受けてきたエロイーズは、マリアンヌとともに島を散策し、文学や音楽をはじめ様々なことを語り合う中でそれまで自分の知らなかった自分を知るようになる。

 シアマ監督は、「この映画は、美術や文学や音楽などのアートこそが、私たちの感情を完全に解放してくれることを描きました」と語り、さらに「ソフィとの友情は階級を越えたものです。役柄同士に連帯感と誠実さを求めました」と愛の物語以外にも様々な思いが込められていることを明かす。ちなみに、エロイーズが朗読するオルフェと妻の物語は映画の重要なモチーフにもなっているので、劇中物語を読むシーンにもぜひ注目を。

 映画『燃ゆる女の肖像』は12月4日より全国順次公開。

映画『燃ゆる女の肖像』場面写真 (C) Lilies Films.