弁護士太田啓子さんは、仕事で関わった離婚やセクハラ・性暴力の案件などの中で、女性を下に見ないではいられない「有害な男らしさ」の呪縛にとらわれた男性を多く見てきました。なぜ彼らは、こうした呪縛から逃れられないのでしょうか。

※本稿は太田啓子これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)の一部を再編集したものです。

■男子の権力抗争は幼児期から始まっている

「有害な男らしさ」と「ホモソーシャル」、このふたつのキーワードを念頭に置くと、男の子の育ちにおけるさまざまな問題を、よりクリアに見ることができるようになります。

片田孫(かただそん)朝日さんという、現在は灘中学校高等学校の先生をされている方が、学童保育でのフィールドワークを通じて、低学年の子どもたちの遊び方やふるまいをつぶさに観察し分析した『男子の権力』(京都大学学術出版会)という本があります(この本については、『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』で対談した小学校教師の星野俊樹さんに教えていただきました)。

そこから見えるのは、小学1、2年生、あるいは保育園幼稚園の時代から、男の子のあいだには「有害な男らしさ」や「ホモソーシャル」の萌芽がすでにあるということです。集団の中で、男子どうしで勝ち負けを競って序列関係をつくったり、女子の遊びを邪魔したりといった行動を通じて「男子」としての優位性を築き上げ、互いの序列を確認するといったことが観察されています。

■「女らしさ」「男らしさ」は自然に生まれるのか

片田孫さんの指摘で重要なのは、周囲の大人たちが、そうした男子たちの行動に対してとる態度についてです。子どもの個性を尊重し、主体性を支援するという「児童中心主義」は、教師からの「女らしさ」「男らしさ」の押しつけには抑制的であろうという姿勢をうながすので、基本的には望ましいものの、そこに落とし穴があるというのです。

どんな落とし穴かというと、「子ども自身が早期から男女に関する知を学び、自発的に性別の仲間関係をつくり、ジェンダー化された遊びを行う場合に、保育者がこれを無批判に受容し、促進する傾向が考えられる。子ども自身がこだわりをもち、望んでいるようにみえるからだ」(同書30ページ)。つまり、子どもが自分の希望として大人に伝える内容が、すでに社会の中にある固定観念に影響されたものであるにもかかわらず、「児童の主体性」を尊重する教育の中ではそれも「子どもの主体的意思」と捉えられ、受容されてしまう傾向があるということですね。

たとえば男子集団が女子の遊びを邪魔するといった侵害行為は、男子集団による、女子への尊重と敬意を欠いた行動であるにもかかわらず、「生徒一人ひとり個人を見よう」という児童中心主義の保育の中では、個々の男子の「腕白さ」を「個人のもの」「その子自身の成長の問題」と捉えがちで、子どもたちの関係性の中にすでにあるジェンダー問題には関心が向かいません。

■子どもたちの性差別的ふるまいには介入を

片田孫さんは、「ジェンダーの問題を、子どもの人権と公共性の観点から真剣に取り組もうとするならば、教育者や保育者は、子どもたちを『個人』としてだけ見るわけにいかない。というのも、子どもの現実は、大人が望もうが望むまいが、多かれ少なかれジェンダー化されているからであり、これがしばしば男女間に権力関係を生み出すからである。したがって、教育的な介入は避けられないだろう」(271ページ)と書いて、性差別的な価値観を是正していくためには、周囲の大人が積極的に介入する必要性を指摘しています。

これは、一見すると教師による「教え込み」を肯定し、子どもの自主性尊重から後退してしまうようにも見えるかもしれません。でも、片田孫さんはそうではなく、子どもの自主性を尊重することと、人権や多様性を否定する価値観に与しないことを、どのように両立すればいいかという問いかけをしているのです。

■「女子は弱い」「男子のほうが偉い」という刷り込み

私もこの問題意識に深く頷きます。子どもたちは、ほうっておいてもメディアや周囲の大人の会話からジェンダー規範を受け取り、内面化していきます。「女子は弱い」「男子のほうが偉い」「泣き虫なんて男らしくない」などなど。それを子どもの「ありのまま」だと許容してしまうと、子どもたちはそれが「自然」だと思い込んだまま大人になってしまうかもしれません。

性差別がある社会に生まれ落ちた子どもたちは、ただそのままのびのびとさせていれば自由に生きられるとは限らない、ということなのでしょう。むしろ、社会がかぶせてくる固定観念を、大人の適切な手助けや介入によって相対化し、学び落とすことができてこそ、より自由に生きることができるのであって、それこそがほんとうに児童の主体性を尊重するということではないか、と深く納得させられる本でした。

その適切な介入の方法をこそ、まわりにいる大人が意識的に身につけなくてはいけないと強く思います。私が知りたいのはその方法だと、この本を通じてはっきり認識させられたのですが、しかし具体的にどうすればいいのかは、私もまだ日々試行錯誤の渦中です。

■「有害な男らしさ」を勘違いしたまま大人になった人たち

私には、こうした子どものころからの「有害な男らしさ」の刷り込みが誰からも是正されないまま、そして自分で問題に気づくこともないまま大人になってしまった例が、日本中にたくさんあるように感じられてなりません。

たとえば、私が担当する離婚事案では、「自分に口答えした」という理由で妻を殴ったり、「誰のおかげで生活できてるんだ」「文句があるなら俺と同じだけ稼いでこい」などと暴言を吐く男性をしばしば見ます。口答えされてかっとなるというのは相手を下に見ているからです。収入を得ていることで相手より上にいると知らしめようとするのは、上に見られたいという欲求。こういう男性は、妻と対等な関係性では我慢できず、常に上にいると感じたくて仕方がないのですね。彼らの主張を裁判所で聞いていると、つくづく「ああ、有害な男らしさ……」と感じます。

そのような事案で、いろいろと証拠を出したり、妻側の陳述書を丁寧に書いたりして、「それはひどい暴力なのだ」「こちらは大変傷ついた」「離婚意思は変わらない」と主張するわけですが、どんなに証拠を出しても「暴力なんてふるっていない。夫婦げんかの中でつかみあいのようになったことはあるかもしれず、自分も妻にひっかかれた。でも妻のことをいまでも愛しているから戻ってほしい」などと、すらすら述べるDV加害者はめずらしくありません。法廷で、目の前で妻本人が震えて涙ぐみながら「夫が怖くて仕方ない。お願いだから離婚してほしい」と言っているのに、とにかく噛みあわなさがすさまじいのです。

■女性差別・暴力事件の背景にある「有害な男らしさ」

また、近年立て続けに問題となった深刻な性差別事件、性暴力事件の報道を見ると、その背景に「有害な男らしさ」の影響を色濃く感じざるをえません。

たとえば、最近大きな話題になったものとしては、2017年ジャーナリスト伊藤詩織さんが、安倍首相と親しい記者の山口敬之氏から受けた性暴力を実名で告発した事件。2018年には、財務省福田淳一事務次官(当時)によるテレビ記者へのセクハラ事件や、雑誌『DAYS JAPAN』元編集長でフォトジャーナリスト広河隆一氏による複数の女性に対するセクハラ・性暴力が告発された問題がありました。どの件でも、加害男性はまったく反省しているようには見えず、それどころか自分のことを被害者であると感じているようにさえ見えます。

また、2018年に発覚した、複数の大学医学部の入試において女子受験生が性別を理由に得点を低く調整されていた事件も、これ以上ないほど明白で露骨な性差別であったにもかかわらず、ネット上には「結婚や出産で仕事をやめてしまう女性がいる以上、減点は合理的」などと擁護する意見がみられました。

■息子たちを加害者にしないために

こうした性差別的な言動をする人や組織を減らすにはどうすればいいのかと考えると、やっぱり大人になってからの教育だけでは遅いと思うのです。

もちろん、企業や役所等の職場で、セクハラ研修を義務づけたり、性差別的な言動をする人は人事上マイナスに評価して要職に就かせない、といったことは大切です。ただ、それによって「こうした行為や発言がなぜ許されないのか」という根本的なことを、内心まで浸透させ、納得させられるかというと、やはり非常に時間がかかるし、限界もあるのではないかと思います。

それよりも、可能な限り若い──むしろ幼いうちから、性差別的な価値観をもたせないための教育をすることに、もっと力を注ぐべきではないでしょうか。

私は、近い将来、息子たちがひとりの男性として生きていくときに、パートナーや周囲の女性に対し、意図せず性差別的な言動をして傷つけたり、抑圧したりするようになってほしくはありません。もちろん、意図的な差別やセクシャルハラスメント、性暴力、DVの加害者になることなど論外ですし、アルコールギャンブルに依存して、自他を傷つけるような男性にもなってほしくありません。

そのために必要なことを教えはじめるのは、おそらく思春期よりもっともっと前から必要で、成長のできるだけ早い段階からであるべきではないか、というのが実感です。子どもの成長はほんとうに、ほんとうに早いので。

----------

太田 啓子(おおた・けいこ)
弁護士
2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN広河隆一元編集長のセクハラパワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった! 超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)。

----------

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreyPopov