『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中央公論社) 著者:櫻井 よしこ


千人超す被害、実証的に追及

エイズウィルスに汚染された血液がアメリカから輸入され、日本の血友病患者のじつに四割強、一千八百人が罹病(りびょう)した。厚生省と製薬会社が危険を承知で血友病の患者に輸入血液製剤を供給していたとなれば、どうしてその罪が許されようか。その責任を追及する患者らは長引く裁判の間につぎつぎと倒れていく。切ない話である。世界にも例をみない特異な感染の実態が、なぜ、日本にのみ生じたのだろう?

役人の無責任な意思決定の実情が明らかにされる法廷のこんなシーン。汚れた血液製剤を廃棄せずに使用すれば感染者が出るのは当然ではないかとの問いに、役人は「何人か出るかもしれないと思っていた」と、ぬけぬけと答える。日本での加熱製剤の認可がアメリカより二年四カ月も遅れたのは製薬会社の都合に合わせたからで、そのため感染しなくてよいはずの多くの患者を感染させたのだ。本書は、小気味よいほど実証的かつ断定的に結論へ向かって突き進んで行く。

加熱製剤の治験の開始時期を遅らせたのは厚生省のエイズ研究班の班長だった安部英・帝京大学副学長である。裁判で証拠資料として提出されている、非加熱の血液製剤を患者に投与して陰性から陽性へと変化する時期を観察した女性助手の研究論文を示したとき、インタビューで追い詰められた安部が、思わず「私がなぜ、こういうものを書いたかと言いますとね」とホンネを述べてしまうシーンは圧巻である。彼は「ウフフフ……」と意味不明の笑い声を漏らしたり、「あなたは!」と甲高い声を出したり、動転しながらもついに自分の犯罪を認めないが、これを読めば明らかだ。もし身内に、友人に血友病患者がいたら、腹わたが煮えくり返るだろう。

最後に。ニュースは一種の危険物だと思う。慎重に運搬しなければいけない。キャスターにもその技術が求められるのは当然だ。現場で取材して、一冊にまとめる姿勢を評価したい。

【書き手】
猪瀬 直樹
1946年長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞、2002年小泉首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授など歴任。2007年東京都副知事に、12年から13年、東京都知事。現在、大阪府市特別顧問。2015年より一般財団法人・日本文明研究所所長。主著に『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』(文春文庫)『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(12巻・小学館)。近著に『救出 3・11気仙沼に取り残された446人』(河出書房新社)『民警』(扶桑社)、『東京の敵』(角川新書)、三浦瑠麗との共著『国民国家のリアリズム』(角川新書)。磯田道史との共著『明治維新で変わらなかった日本の核心』(PHP新書)。

【初出メディア
読売新聞 1994.11.07

【書誌情報】

エイズ犯罪 血友病患者の悲劇

著者:櫻井 よしこ
出版社:中央公論社
装丁:文庫(342ページ)
発売日:1998-08-01
ISBN-10:4122032148
ISBN-13:978-4122032149
エイズ犯罪 血友病患者の悲劇 / 櫻井 よしこ
世界にも例をみない特異な感染の実態が、なぜ、日本にのみ生じたのか