(山田敏弘:国際ジャーナリスト)

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 11月3日大統領選が行われたアメリカ。実はアメリカの選挙では、大統領選挙と同時に、一部の上院議員の改選や下院議員選挙、さらに各州で裁判官の人事や地域の公立学校の幹部人事、法案の可否などに関する住民投票も実施されている。

 筆者は今回の米大統領選を米国各地で取材したのだが、例えばカリフォルニア州ロサンゼルス郡では、企業が個人情報の利用を制限するかどうかといった法改正の賛否を問う投票項目もあった(写真参考)。

 アメリカでは地方自治が発展しており、各地域が投票によって自分たちの暮らす地域を作っていくという感覚がある。

 その中で特に今回の選挙では、大統領や議会選挙以外で、各地で「麻薬」に絡む法律の緩和が問われたことも注目されていた。投票終了後には、大統領選の開票速報とともに、地方TV局では住民投票の結果も次々と報じられていた。そして実は、大統領選の混乱の影に隠れてはいるが、今回の選挙で麻薬取り締まりに関して日本では考えにくい驚きの変化が起きていたのである。

オレゴン州ではヘロインやコカインまで「非犯罪化」が決定

 その中でも特に世界的にも驚きを持って取り上げられていたのが、オレゴン州の規制緩和だ。

 オレゴン州では、ハードドラッグと呼ばれる依存度の強い麻薬であるヘロインコカイン、さらに覚醒剤などを含むすべての麻薬が賛成多数で「非犯罪化」されることになったのである。さらに治療目的で、幻覚作用のあるマジックマッシュルームの使用も「合法化」される。

 オレゴン州には非犯罪化する理由があった。というのも、同州はアルコールや薬物に依存する人の数が全米の中でも多く、一方で治療を受けている率が非常に低いことが問題になっていた。そこで同州では、摘発や罰則を強化するのではなく、捕まった際には100ドルの罰金を支払うか、もしくは依存症治療に参加するかを選べるようにしたのである。

 分かりやすく言えば、「スピード違反」のような感覚だ。麻薬摂取は法律違反ではあるが、コカインを使って捕まっても、チケットを切られて罰金を払うか、治療を受ければいいということになる。これは合法化とは違う。あくまで「非犯罪化」である。罰金は治療の費用などに回されることになる。

アメリカ流「麻薬との戦い方」を住民が拒否

 今回の選挙で多くの州が麻薬を非犯罪化させたことについて、米メディアの論調には、「アメリカ人が、これまでのアメリカ当局の『麻薬との戦い』の仕方を拒否したということになる」というものが目立つ。その背景には、現在のように麻薬使用者を逮捕して刑務所に送る麻薬取り締まりが機能していない、と米国人の多くが考えていることがある。

 世界的に見ると、ポルトガルオランダスイスでは麻薬は少量であれば非犯罪化されている。

 特にポルトガルのケースは注目に値する。2000年に非犯罪化されると、当たり前であるが、麻薬使用は急増した。その一方で、麻薬依存症の治療者数は2001~2008年で20%増えた後はそのまま安定しており、死者数も減ったと評価されている。オレゴン州の麻薬との戦いも「ポルトガル型」にシフトすることになる。

 今回の選挙では他の地域でも麻薬の規制緩和が進んだ。アリゾナ州、モンタナ州、ニュージャージー州、サウスダコタ州で、大麻の娯楽目的の使用が合法になった。ミシシッピー州とサウスダコタ州では、医療目的の大麻が合法化された。

 そもそも、アメリカでは麻薬の規制緩和は少し前から活発に行われるようになっている。象徴的な麻薬は大麻だ。ほんの10年前まで、全米すべての州で、医療目的以外の大麻使用は違法だったのだが、急速にその非犯罪化や合法化が進んでいる。

 現在、アメリカでは15州と首都ワシントンDCで大麻は合法。12州ではいまだに医療も娯楽も大麻は完全に違法である。そのほかは非犯罪化されていたり、医療目的だけが合法だったりする。

 筆者が今回、大統領選で長く滞在したワシントンDCでは、少し治安のよくない地下鉄駅の周辺では大麻を吸っている人を多く見かけた。トランプとバイデン、それぞれの支持者が集結していたホワイトハウス正面前でも、選挙前日や当日、さらには「バイデン勝利確実」が発表された日はパーティ状態になっていたが、周囲はアルコールの匂いだけでなく、大麻の匂いもあちらこちらで漂っていた。

 そんなワシントンDCも、今回の選挙で幻覚作用のあるマジックマッシュルームなどを76%の賛成で非犯罪化することになった。もっとも、マジックマッシュルームなどをすでに非犯罪化している地域は、コロラド州デンバー、カリフォルニア州オークランド、サンタクルーズミシガン州アナーバーがあるので珍しいわけではない。

バイデンは大麻合法化に反対だが・・・

 では2021年に発足すると見られるバイデン政権ではこの流れは加速するのだろうか? そもそも、バイデン次期大統領は刑法改革を推し進めてきた人物で、警察強化と厳しい刑罰が犯罪を減らすという考えをもつ政治家としてよく知られていた。1994年の暴力犯罪抑制および法執行法の発案者でもある。そんなことから、今回の大統領選挙でも、一部の人権派バイデンを批判する向きもあった。

 実際バイデンは、民主党候補らとの討論会で、大麻合法化に反対の姿勢を示していたが、選挙戦の終盤では非犯罪化については理解を示す発言もしている。次期大統領が確実視されるカマラ・ハリスは「大麻の合法化を進めるべき」との持論の持ち主だ。ハリスはリベラルカリフォルニア州選出ということもあり、麻薬合法化には理解がある。彼女の意見がバイデンにどの程度影響を及ぼすのか。それがバイデンの態度に作用する可能性がある。

 また国民の意思にバイデン政権がどう対応するのかも、新政権が発足してから話題になりそうだ。というのも、大麻の合法化については、国民の66%が賛成しているという事実もあるからだ。

 実は来月には、米下院で、大麻を連邦政府として非犯罪化するための法案の賛否が投票される。この法案についてはハリス氏も支持を表明しており、その行方が注目されている、この法案が施行されれば、大麻の罰則がなくなるだけでなく、国民の大麻使用による犯歴が消され、それによって就職などこれまで社会生活に支障が出ていた人たちは救われることになる。

 ここまでアメリカの薬物規制の状況が変わっていくと、日本にも少なからず影響を与える可能性もある。時代は移り変わっており、麻薬に対する感覚も変化していくかもしれない。バイデン政権になったときのアメリカの薬物規制がどうなるのか、注意する必要がある。

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11月16日、デラウェア州ウィルミントンで、カマラ・ハリス氏を伴って記者会見するジョー・バイデン氏(写真:AP/アフロ)