(姫田 小夏:ジャーナリスト)

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 中国が、日本、米国、オーストラリアインドの4カ国による安全保障メカニズム「日米豪印4カ国戦略対話」(通称「Quad(クアッド)」)の動向を注視している。

 そのクアッドが今月(2020年11月)、軍事レベルの動きを見せた。11月3日から始まったインド・ベンガル湾における軍事演習「マラバール2020」である。この演習にはインド海軍、アメリカ海軍海上自衛隊オーストラリア海軍が参加した。

 米海軍インド海軍は1992年からベンガル湾で合同軍事演習を行っており、2015年に海上自衛隊が加わった。今年はインドに招かれたオーストラリア海軍が2007年以来の参加となり、4カ国海軍による初の合同軍事演習が実現した。

 インドで最も権威ある英字紙「ザ・ヒンドゥー」は、オーストラリア国防大臣のリンダ・レイノルズ氏の「マラバールでの演習は、志を同じくする国々と協力して、安全で開かれた、包括的なインド太平洋地域を支援する重要な機会である」というコメントを紹介している。

 演習はベンガル湾での演習と、11月17日から始まったアラビア海北部での演習の2段階で構成されている。ザ・ヒンドゥー紙は、「4つの海軍は、防空および対潜水艦演習、航空、通信、船間の海上補給など、さまざまな高度な演習を実施する」というオーストラリア国防省の声明を伝えている。

安倍元首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋構想」

 中国はクアッドを「4カ国メカニズム」(四国機制)と呼び、その動向を注視している。中国共産党系のメディア「環球時報」は、「(マラバール2020は)『4カ国同盟』という概念の最新の動向である」として、開始以前からこの軍事演習を報じていた。

 環球時報が「『4カ国同盟』という概念」を持ち出すのは、「自由で開かれたインド太平洋構想」の存在を念頭に置いてのことである。

「自由で開かれたインド太平洋構想」を提唱したのは安倍晋三元首相だ。2016年にケニアで開催されたアフリカ開発会議での基調講演において発表した。「一帯一路」に対抗する概念とみられがちだが、その源流は、「一帯一路」の発表よりはるか以前、安倍首相(当時)による2007年のインド国会での演説にたどることができる。安倍首相はその演説で、インド洋と太平洋の合流地点の重要性を強調した。

「自由で開かれたインド太平洋構想」は、インド太平洋地域で最も強力な4つの民主主義国家である日米豪印が、国際公共財として自由で開かれた海事秩序を発展させ、国や地域に安定、平和、繁栄をもたらし、法による支配を促進し、航行の自由と自由貿易を確立、また安全保障面においても平和と安定に向けた取り組みを行うもの、とされている。

 しかし、この構想には、インド太平洋地域における中国の影響力を弱めようとする狙いも含まれるとの見方が一般的だ。そのため、近年、中国はこの構想に警戒心を抱くようになっている。

「一帯一路」に食いつかないインド

 インドが「インド太平洋」という概念を重視するようになったのは近年になってからのことだ。中国・北京大学の研究者である王麗娜氏の論文「インドのモディ政府の『インド太平洋』戦略への評価」によれば、「インド政府は2011年に『インド太平洋』の概念を公式に言及するようになった」という。

 2013年に中国が発表した「一帯一路」構想はインドを重要な沿線国に含んでいるが、翌2014年に発足したインドのモディ政権は、インド太平洋地域の平和と安定を維持させるための独自の動きを活発化させた。

 2014年11月、モディ首相は28年ぶりにオーストラリアを訪問すると、オーストラリア軍との合同海事軍事演習の開催を含む国防関係強化のための契約に署名をした。さらに2015年、インドは新たな海事戦略「インド海上安全保障戦略(Indian MARITIME Security Strategy)」を発表する。王氏によれば、「インド政府が公式文書で海上安全保障における『インド太平洋』の重要性を公式に認めたのはこれが初めて」だという。

 その一方で、中印関係は冷え込んでいく。2014年5月のモディ新政権の発足後、同年9月に習近平国家主席がインドを訪問した。このとき習氏は、一帯一路にインドを参加させる思惑で訪印したが、共同声明に「一帯一路」の文言は盛り込まれなかった。その後、2017年に中国・北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」も、インドは欠席した。

 そのまま中印関係は冷却化の一途をたどり、今年(2020年)5月にはついに中印国境地帯で軍事衝突が起きる。

 衝突エリアであるラダック地方は、冬期はマイナス40度以下になる。すでに9月からは雪が降り始め、今は辺り一面を白い氷壁が覆い尽くしている。もとより酸素が薄い高地だが、加えて過酷な寒さのために、中印双方の「一歩も譲らない」とする対峙も限界に近付いている。11月6日に行われた第8回目の軍事司令官レベルの交渉では、「いかに最前線の軍隊を減らすか」が焦点となった。第6回の交渉では、兵力増強をやめ、一方的な現状変更を行わない、ということで一致を見ている。

中印国境紛争の裏に米国の影

 中印交渉は膠着状態に陥りながら妥協点を模索しているが、中国・清華大学の国家戦略研究院主任の銭峰氏は「持久戦にもつれ込む」と予測する。「中印の交渉に米国の影がはっきり見える」と、米国の関与を確認したからだった。

 10月27日インドと米国の間で「2+2」の外務・防衛閣僚会談が行われた。会談を前に、ニューデリーを訪れたポンペオ米国務長官とエスパー国防長官は、ギャルワン渓谷で命を落とした兵士が慰霊されているインド国立戦争記念館を訪れ、「インドが主権と自由の脅威に直面したとき、米国はインドと協力する」と述べた。この訪問と発言は「環球時報」でも報じられた。

 米国の「ミリタリータイムズ」によれば、会談では軍事衛星情報の共有拡大への署名が行われ、中国に対抗することを目的としたワシントンとニューデリー間の戦略的協力が強調された。その後、11月4日には、ラダック地区で中国と対峙するインド兵に米国から防寒服が届けられた。

 銭峰氏はこの「2+2」会談について、米国とインドが「準軍事同盟の関係を示した」とし、「4カ国メカニズムの形成をさらにプッシュするもの」だと警戒する。「環球時報」も「4カ国メカニズム」を米国中心の軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)に重ね、「4カ国同盟」だと例えた。

 4カ国は緊密な連携を見せ始め、11月17日には菅首相が、訪日したオーストラリアのモリソン首相と安全保障面での連携強化について確認した。

「環球時報」(10月20日付)は「中国が外交圧力をかけて4カ国の結集を阻止するのは難しい」としており、同紙社説は「4カ国メカニズム」の動きに対して「避けられない衝突は成り行きに任せるしかない」と紛争の可能性すらほのめかしている。

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日米印豪共同訓練「マラバール2020」の様子(海上自衛隊のツイッターより)