
(山田 敏弘:国際ジャーナリスト)
11月7日に当選を確実とし、第46代の米大統領になることになったジョー・バイデン前副大統領。対するドナルド・トランプ大統領は、今も敗北を認められないようで、選挙結果をさまざまな陰謀のせいにしながら、ゴネ続けている。
だが残念ながら、米メディアが国内のすべての州の選挙当局に取材を行うなどして不正の有無を確認しているが、今のところ選挙結果を左右するような大規模な不正は確認されていない。トランプ大統領自身もそのことは分かっているようで、当初は「最高裁まで戦う」と意気込んでいたが、最近は自ら訴訟を取り下げるなど、厳しい状況にある。しまいには、バイデンに総取りされた州の選挙人に、トランプへ票を投じるよう促そうとするなど米国の選挙制度を根本から破壊しようとさえしている。
だが、そんな状況でも盛んに喧伝されているのが、トランプや支持者らのばら撒く陰謀論だ。いまアメリカでは複数の陰謀論がトランプ支持者を中心に浸透しており、日本でもこれに乗っかって騒ぎ出している人たちが見受けられる。アメリカでは多くはすでに反証されているが、一度人口に膾炙した陰謀論はそんな簡単には消え失せないものだ。現在もあちこちで陰謀論が一人歩きしている。これはあまり健全な状況ではない。
そこで、トランプ支持者らの間で話題になっている陰謀論を、改めて真正面から検証してみたい。
「ドミニオンに票を消された」
まず陰謀論者がこぞって取り上げているのが、「ドミニオン」である。ドミニオンとは、ドミニオン・ボーティング・システムズ社(https://www.dominionvoting.com)が開発した、投票場においてタッチパネルで投票・集計ができるデジタル投票システムのことで、今回の選挙では少なくとも30州で使用された。もともとはカナダで創業されたドミニオン・ボーティング・システムズ社だが、現在はコロラド州に本社を構えている。
極右や陰謀論のサイトやトランプ大統領自身、またトランプの弁護士であるシドニー・パウエルやルディ・ジュリアーニ、熱狂的なトランプ支持者らは、このシステムで票数が不正に操作されて、バイデンの票が多いように変えられていると主張または示唆しているのだ。トランプ大統領は「自分の票がドミニオンで削除された」と主張している。
なぜこのシステムが問題視されるようになったのか。事の発端は、このシステムを投票に使っていたミシガン州とジョージア州の一部の地域で、集計に一部問題があったことだった。その事実がいつのまにか「ドミニオンが不正に票を操作した」という話にすり替わってしまった。
だが実際には、これらの地域の票の問題はすでに詳細に検証されており、ドミニオンとは一切関係ないことがすでに証明されている。そもそも問題があったミシガンの5つの地域のうち2カ所だけでしかドミニオンは使われていなかったことも判明している。
陰謀論が指摘するような事実はなかった
ただし1カ所では、こんな不具合があった。ミシガン州アントリム郡で、ドミニオンの設定のミスで最初の集計で3000票が間違って計算されたケースがあったのである。同郡の発表(https://www.michigan.gov/documents/sos/Antrim_Fact_Check_707197_7.pdf)によれば、その時点で間違いが判明して直ちに修正されている。そして、この郡ではトランプ大統領が勝利している。
ジョージア州ではドミニオンのシステムが集票結果をアップロードするのに少し時間がかかったというトラブルがあったが、それは票数とは関係なかった。他のケースでも有権者の確認時にシステムがスローになったという報告があったが、そこではドミニオンは使われていない。
トランプの弁護士である前出のパウエルやジュリアーニは、こうした話を引き合いに、このドミニオンが、南米ベネズエラで不正選挙に使われた選挙ソフトウェアを提供する企業スマートマチック社(https://www.smartmatic.com)によって所有されているとすら主張している。ベネズエラの不正選挙に関与した企業がドミニオンに関与しているため、アメリカの選挙も不正があったというのだ。だがスマートマチックとドミニオンの間に、そのような関係性は一切ない。それどころか、ドミニオンとスマートマチックは過去に訴訟で争ったほど仲がよくないのである。
ちなみに、今回の米選挙で、スマートマチックの選挙システムを使っていた地域は1カ所だけ存在している。激戦州でもなんでもないゴリゴリの民主党州の主要地域であるカリフォルニア州ロサンゼルス郡だけだった。もちろん、そこではなんら不正は確認されていないし、トランプ陣営もそこには触れることもない。
さらにトランプ支持者の間では、このドミニオンが民主党系の組織とかかわりが深いなどという陰謀論も出ている。
例えばそのうちの一つは、ドミニオンがクリントン・グローバル・イニシアティブ(CGI)と繋がっているという。CGIは、2005年に民主党のビル・クリントン元大統領が立ち上げた組織で、国際会議などの場でグローバルなイシューについて提言をするなどの活動をしている。しかし両者には特筆すべき関係性はない。
また民主党のナンシー・ペロシ下院議長の家族や、民主党の重鎮であるダイアン・ファインスタイン上院議員の家族なども同社との関与が指摘されているが、これも完全なフェイク情報である。
今回のアメリカの選挙で、デジタル化された投票システムを提供しているのはドミニオンだけではない。ネブラスカ州に拠点を置くイレクション・システム&ソフトウェア社(ES&S)(https://www.essvote.com)や、テキサス州のハート・インターシビック社(https://www.hartintercivic.com/)、そしてドミニオンの3社が、米国の選挙システム市場をほぼ支配している。その中で今回は、なぜかドミニオンだけが標的にされている。
ドミニオン・ボーティング・システムズ社によれば、「プログラムに許可されていない変更が行われた」また「選挙直前にプログラムが変更された」などという噂話もトランプ支持者らの間で広まっているが、「いずれも100%嘘である」と断言している。
CIAが登場する陰謀論も
陰謀論のもう一つの中心に据えられているのがCIA(米中央情報局)など情報機関の極秘プログラム「Hammer and Scorecard」だ。
陰謀論者はとかくCIAが大好きだ。それだけに、この根拠のない疑惑もやたらと盛り上がっている。どういう話なのか。
もともとこの陰謀論を言い出したのは、トーマス・マキナニー元空軍中将という人物。彼の主張によれば、CIAは国外の選挙を不正に操作するために開発した「Hammer(ハンマー)」というシステムを持っており、この「ハンマー」はシギント(通信・電波への情報活動)を行うスーパーコンピューターだという。オバマ政権下で、NSA(国家安全保障局)が作ってCIAが導入したらしい。選挙システムの機器などを誰にも知られることなく監視することができるものだという。
そして同じく彼によれば、「Scorecard(スコアカード)」は、CIAが作ったプログラムで、各地の選挙当局から政府などへ選挙結果を送信するところをハッキングして集計結果にわからないように変更を加えることができるものだという。今回の大統領選では、バイデン陣営がこれらのプログラムを使い、本来はトランプが勝利していたが、バイデン勝利に不正操作されたと主張している。
しかも2012年の大統領選挙の段階で、オバマ=バイデン陣営が勝利するためにこのプログラムを使って不正に勝利したとマキナニー氏は語っている。ではなぜ2016年にヒラリー・クリントン陣営が使わなかったのか不思議だが、それはともかく、今回はバイデン側が使って不正に勝利したというのが彼の主張だ。
トランプ政権の元首席戦略官も「陰謀論」拡散に一役
これに反応したのが極右サイトを運営してきたスティーブ・バノン元大統領首席戦略官だ。自身のラジオ番組にマキナニー氏を登場させ、「ブレーキングニュース(速報)」として、インタビューした。その様子を収めた動画(https://video.parler.com/qE/e7/qEe7H844aTxv.mp4)が現在、保守派たち専門のSNSで拡散されている。このマキナニー氏はかなり年配のようだが、どのような人物なのか。バノン氏が件の動画の中で「あなたのキャリアを少し説明してください」と言うと、「35年間、空軍に在籍し、空軍でナンバー3までになった」と語っている。
一方バノン氏のほうはと言えば、トランプ政権を離れ、トランプに毛嫌いされて、「捨て犬のようだ」と嫌味を言われても、なおもトランプを支持する活動を続けてきた。だが今年8月、詐欺や資金洗浄を共謀した罪で起訴され、現在公判を待つ身だ。
このような人物たちを発信源とするこのCIAが絡む陰謀論だが、ハンマーとスコアカードについては、やはり完全に論破されてしまっている。
米国の選挙ではシステム間で集計データがやり取りされるが、同時に印刷・サインされた書類も当局に提出されている。最終的に数字は、デジタルのデータと書類のデータが突き合わされ、ダブルチェックされることになるのである。要するに、マキナニー氏が主張するような不正は、起こり得ない仕組みになっているのだ。
このような荒唐無稽な陰謀論は完全否定されているのだが、それにもかかわらず、トランプ支持者の間ではこの話はまだ生き生きと一人歩きをしている。それが陰謀論の陰謀論たるゆえんでもあるのだが。
もちろん、こうした怪しい主張を主要メディアはいちいち取り上げたりはしない。逆にトランプ支持者らは、そのことを「事実を報じない」「フェイクニュース・メディア」だと指摘し、仲間たちだけでますます価値観を共有していく。
筆者はアメリカやイギリスのメディア企業で編集や記者として働いてきた。その経験から言うと、主要メディアの記者たちも、一応こうした一部で話題になっている話題についても取材は行う。ただ根拠があまりに乏しい、またはなんらかの政治的(主義主張を訴えるための捏造情報など)な思惑などが絡んでいるということになれば、それを報じるまでには至らない。
都合が悪いから報じないということでは断じてないし、極力中立に報じるよう常に記者や編集者が意見を交わすようにしている。だがメディアもすべて、トランプ支持者らに言わせれば「フェイク」ということになってしまう。これはトランプ登場後の世界の特徴とも言える。
「トランプの主張には無理がある」と世論の大勢は気づいているのに
トランプ大統領側が主張しているもう一つの陰謀論は、「11月3日以降に届いた郵便投票は無効」というものだ。特にペンシルベニア州を取り上げて「不正に集計された」という言い方をトランプ側はしているが、11月3日の投票前に米最高裁がその郵便投票の有効性について容認する判断をしているため、これらは正当な投票である。トランプ側がやっているのは、選挙前に決められたルールを、自分が不利になってから「不正だ」とゴネる行為に他ならない。例えて言うならば、3回勝負と決められたじゃんけんで、負けてしまってから「3回というのは不正だ」と言っているようなものだ。
また、ミシガン州などでは「死者が郵便投票などに使われた」という疑惑も主張し、これもメディアが全て検証(https://www.theguardian.com/us-news/2020/nov/18/dead-voter-conspiracy-theory-debunked)し、そんな事実はなかったことを報告している。
また11月3日の選挙の翌日に、ミシガン州でバイデンだけが突然なぜか一晩で「13万8339票」が加算されたという疑惑もあった。ただこれは選挙当局の非公式な集計結果のファイルにタイプミスがあり、それを選挙速報サイトが拾ってしまった結果だった。そして、すぐにそのミスは修正されており、当然のことながら選挙の集計には加算されていないし、結果には何ら影響を及ぼしてもいない。ちなみにこの話は、そもそも共和党員が「怪しい」とツイートして一気に拡散したのだが、当の本人はその後このツイートを削除してしまっている。だが、削除した事実はあまり知られておらず、「怪しい」という話だけが今もトランプ支持者の間を漂っている。
さらに厄介なのは、こうした疑惑を、トランプ自身だけでなく、ジュリアーニなどが記者会見などで取り上げて拡散させていることだ。そのため、情報がさも事実であるかのように信じてしまっている人も少なくない。そして、そんな情報がそのまま日本にも届き、多くの人がよくわからないまま「不正選挙があった」という話に乗せられている。
今回の選挙後の混乱では、特にトランプの弁護士であるジュリアーニが、ここまで検証してきたような陰謀論を焚き付けるのに一役買っている。彼は会見を行うたびに奇行が目立ち、まさに好奇の目に晒されている状態だ。筆者は2001年にニューヨークで発生した9・11同時多発テロの直後にニューヨーク入りして現地取材をしたが、その際のニューヨーク市長としてリーダーシップを発揮したジュリアーニはまさに英雄視されていた。そんなイメージが強かっただけに、現在、声を荒げて陰謀論を撒き散らしている姿は残念でならない。
誤解のないように言っておくが、筆者はトランプ支持者でもバイデン支持者でもない。今回の大統領選では、取材のために米国入りし、各地でどちらの支持者からも話を聞き、ワシントンDCではリベラルや保守に関係なく、専門家や関係者らの話を聞いた。またかつて、米国内のデジタルのシステムから国際情勢にもからむサイバーセキュリティについて、米マサチューセッツ工科大学で研究していたこともあるので、選挙システムやサイバー攻撃についても動きを追っているし、取材を行っている。
そうした取材活動や経験から言わせてもらえば、やはりトランプ大統領の選挙システムを批判する言い分には無理があり、陰謀論の類と指摘せざるを得ないと思っている。
ただ、米国内外のトランプ支持者の中には、それを盲目的に信じてしまっている人たちが少なくない。
「主要メディアはフェイクだらけ」とのトランプの言い分を信じる支持者
では、なぜこうした陰謀論は広がってしまうのだろうか。それは、トランプ支持者たちの多くが、トランプ大統領が主張する「主要メディアはフェイクニュースだらけ」という話を信じているからだ。
ゆえに、そうしたメディアをチェックすることはしないし、主要新聞も読まない。ネット上の扇動的なトランプ支持サイトなどを主な情報源としており、客観的に物事を見ようとはしない。そしてそれを知っていながら、さらにそこに油を注ぐ政治家や著名人などもいて、「煽りのエコシステム」が出来上がってしまっているのだ。そこには保守もリベラルもない。
現在のようなネット時代には、目の前のスクリーンに現れる情報がすべてであると感じてしまう傾向がある。検索サイトもSNSも、アルゴリズムで自分が過去に見た記事などに似た情報をユーザーに自動的に提供するシステムになっており、目の前には自分の見たい記事が現れるようになっている。そんなことから、どんどん視野が狭くなっていく人たちが多い。SNSでも同じような考え方の人たちで繋がっていく。
つまり、そういう中に浸かっている人たちには、例えば11月10日付の米紙「ニューヨーク・タイムズ」の報じたような記事(https://www.nytimes.com/2020/11/10/us/politics/voting-fraud.html)は目に入らない。この記事では、同紙の記者たちは、各地で開票作業が終了した後、2日間をかけてアメリカの全ての州の選挙当局のトップらに、不正や異常がなかったかどうか、電話などで取材を敢行している。すると「大きな不正は誰も発見していなかった」という。
もっとも、筆者がここでこう陰謀論を批判しても、陰謀論信者にはまったく響かないだろう。むしろ、有無を言わさぬような批判が飛んでくることになるはずだ。そして、それもまた陰謀論に傾倒する人たちのエコシステムの一環なのである。
陰謀論は昔からあったが、トランプのお陰で、人目もはばからず大声で主張できるようになった。この傾向は、トランプがホワイトハウスを去った後も続いていくだろう。これもトランプ大統領がアメリカ社会に遺した負のレガシーの一つということになるだろう。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 東京五輪、この状況で本当に開催すべきなのか
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