佐々木蔵之介がたったひとりでシェイクスピア『マクベス』の登場人物20役を演じ、観客を熱狂の渦に巻き込んだ伝説の舞台『マクベス(スコットランドナショナルシアター版) with 佐々木蔵之介が2020年12月5日(土)にWOWOWで放送される。このたび、佐々木が当時の心境を語ったロングインタビューが到着した。

登場⼈物のほとんどをひとりで演じ切るというコンセプトのもとに作られたナショナル・シアター・オブ・スコットランド(NTS)版『マクベス』は、精神科病院を舞台に、病室に隔離された患者の動きを監視カメラが捉え、病棟のモニターに映し出す。⼥性医師と看護師が登場するが、佐々⽊がマクベスだけでなくマクベス夫⼈、同輩のバンクォー、国王ダンカン、その忠⾂マクダフ、3⼈の魔⼥など合計20役をひとりで演じ、⼤好評のうちに幕を閉じた傑作だ。

NTS版『マクベス』は、俳優のアラン・カミング主演で2012年6⽉にスコットランドで初上演。⽇本初演となる今作はオリジナル版の演出家アンドリュー・ゴールドバーグを招き、美術、⾐装、映像、⾳響デザインもNTSの全⾯協力のもと、⽇本語版として作られている。

佐々木蔵之介 インタビュー

ーー色んなマクベスがありますが、このオファーが来た時、率直にどう思われましたか?

なんで僕にオファーしてきたんだろうって思って。これ(大変すぎて)オファーされて、「あ、やります!」って言うわけないじゃないですか。言うわけないっていうのも変ですけど(笑)、エライのがきたなーと思いましたね。だから、中々僕は返事をしなかったんですよね。でも最終的に、プロデューサーがわざわざ大阪の舞台の千秋楽にまで足を運んでくださって。で、なんか執拗(しつよう)に口説かれて(笑)。自分の中でこれができるとは全く思ってなかったんで、でもそこまで仰ってくださるのは、僕の中に出来そうな何かが(あるのかもしれない)、と思ったくらいで。でも、最終的にやりますっていう返事をした自覚がないんです。だから、「どうやら(公演を)やることになった様なので、やるからには面白くやろう」と思い込むようにしました。ただ、取材では、「いつでも逃げる覚悟はできてます」とは伝えていました(笑)。

ーースコットランドに行ってみていかがでしたか?

戯曲で読んでるだけではなかなか情景っていうのは具体的に浮かんでこないんですが、現地を旅したことによって、グラームズ城、マクダフの城、魔女がいたと言われている丘、そして、ダンシネインの丘を肌で体感出来きました。だからその後、台詞を覚えたり演じたりする時に、その情景が浮かんでくるというのはとても力になったし、もっと大きいのは、シェイクスピアの台詞っていうのが、大地に向かって、空に向かって、宇宙に向かって叫んでいるように、もう、自然がスゴイんですね(笑)。日本では森と言ったらピクニックに行くような癒し系の森なんですけども、戯曲に出てくるバーナムの森とか、ちょっと魔界な怪しい感じなんです。やっぱりそういう超自然な状況に自分の身を置いて、シェイクスピアの世界観を感じれたのは大きかったです。

ーーすごい台詞量ですよね。

半年くらい前から、なんとなくなじませようと思ってたんです。でもなじませようと思っても中々なじまないんです、これが。いよいよもう3カ月前に、これはもう本気で(台詞を)入れておかないと、と思ったんですけど、何回やっても入ってこないんですよ。毎日毎日やっても入ってこなくて。もう逃げたいと思いましたね。

『マクベス』より 撮影:引地信彦

『マクベス』より 撮影:引地信彦

ーー一人の心情で貫くわけではないですからね。

誰かの台詞を受けて返すわけではなくて、台詞を全部、出して出して出していかなきゃいけないから、それは中々やったことがない。一人で稽古する時に対象物がない、台詞を当てる人もいない、返してくれる人もいない、それを見てくれる人もいない、何もない状況が苦しかった。公園で一人稽古している時、もう、そこにいる鳩でもいい、犬でもいい、「オレの台詞を聞いてくれ」みたいな感じでした。自分の家だったら怠けるというかなかなかできないから、区とかの集会室みたいなところを借りて稽古しに行ったりもしていましたね。そういう場を持たないと多分できないと思って。無理矢理作ってやってました。

ーーいつ頃台詞を覚えられたんですか?

スコットランド行って、向こうでそのお城とか色々見ながら、写真を撮ってもらった時に台詞を返したりしながら、最後、ロンドン行ってグローブ座見て、ホテルにプールがあったんですけど、プールで浮かびながらぶつぶつぶつぶつ台詞返したんですよ。まぁ気味が悪いと思うんですけど。なんや東洋人がプールでぶつぶつずーっと言ってるんですよ、浮かびながら。そしたら何となくまわりだしてきて。帰りの飛行機ずーっと13時間(台詞)返してたんですよね、その時すごく入っていって、で、演出家が来日する時には何となく、7~8割入って。稽古場に演出家がいてくれて、そこでやっと、見てくれる人がいるんだぁ〜、ってすごく安心しました。

ーーアンドリューさんびっくりしたんじゃないですか?

アンドリューはすごく優しくて、僕に対しては最初からそんなにガチガチにやらなくていい、セットも置かず、まずは平場でやりたいようにやろうって言って。なんとなくぬるーっと入っていこう、これが大変なのは分かっているからって。稽古は1時間でも2時間でも3時間でもいいと。途中で止めてもいい、長時間は集中力もたないんだからって。じゃぁ、夕方前には終わりたい、明るい時間から飲みたいからっていう風にして、(それで)いいよって。その時の状況で臨機応変に稽古時間を決めてくれて。彼のサポートは大きかったな。

ーーどうやってアプローチして作りあげていったんですか?

多重構造にもなっていて。言ったら僕が演じたのは患者一人だけなんです。彼がどういうわけか病院に入って、監視されながら、胸に傷がある、と思いながら、マクベスという戯曲を一人で演じてしまっている、演じ続けてしまっている、そして何かにおびえている、っていうことなんですよね。だから演じるのは一役なんです。でもマクベス、マクダフ、他にも色々あるんですけど、そのつなぎ目を、ひとつ芯である患者を(心に)持ちながら動かしていくっていう風にはやっていきましたね。

ーー20役やられてましたね。

20役って謳ってましたかね。殺し屋とか、亡霊とか色んなものを含めるとね。まぁでも(患者という)一個の役ですけどね。面白かったです。

ーー小道具の使い方など、見ていて何の役か分かるのが驚きました。

それぞれの役に愛着を持ちたかったので。僕はダンカン王は好きで、助演男優賞あげたいなって思って演じてたんですよ。ちょっとダジャレを言って笑っているそんな優しいおじいちゃんにしようかなとか。あと、やっぱりマクベス夫人の台詞って最高に面白い、カッコイイんですよね。ダンカン王が来るぞって時に、「頭のてっぺんからつま先まで…」っていうあの台詞とか、あれを演じれたのは楽しかったなぁ。だからマクベス夫人は主演女優賞をあげるためにどうしようとか考えてましたね。

ーー過酷な現場だったって伺ってますけど…

同じシーンでの役の出入りがものすごく大変なんですよ。観客もよう分からんやろうなって(笑)。一人でやることか、これは。出捌け(舞台への出入り)多すぎやで、こんなん通常の登場人物が演じてても人が多過ぎで交通整理が大変やのにって、ね。

ーー当時の自分に声をかけるとしたら何てかけますか?

一人で稽古期間に台詞を覚えていた時は、「投げるなよ」と自分に声掛けしたい。稽古が始まってから本番にかけては割と安心していました。幕が開く前はなんか怖かったですけどね。台詞を忘れたらどうしようっていう恐怖感がずっとあって、まぁ年中舞台に立ってて、「 わ、次の台詞が出てこないぞ」っていう時がまぁ年中あるんですよ(笑)。でも、このマクベスをやってる時は、もう喋ってる時に出てこないのは分かる。じゃあその先の台詞で上手いこと繋げようってことができるんですね。全部一人なので。

『マクベス』より 撮影:引地信彦

『マクベス』より 撮影:引地信彦

ーー誰も助けてくれないですもんね。

そうそう、だから演技している最中に3つ先の台詞を忘れたことに気付くんですが、芝居を進行させながら、5つ先の台詞を頭の中で組み立ててるんですよ。だからあの時は本当に、視野はバーっとこれくらい見えてたんですよね。客席もその袖周りも、袖奥も見えてました。誰がどう動いているかみたいな。その感覚は面白かったですね。

ーーアンドリューさんから言われたことで今も印象的な言葉などはありますか?

常に柔らかく返してくれるっていうか、切羽詰まらせない。大丈夫いけるよっていう風にしてくれた。いつも褒めてくれてたし。(オリジナル版を演じた)アラン・カミングさんが、「日本にマクベスをやろうというようなクレイジーな奴がいるんだ、自分の中で一番苦しかった舞台なんで、終わったらどんだけ大変だったか分かち合おうって。グッドラック」って(笑)。「毎日、アラン・カミングは戦場に行って帰ってくる感じだったよ」って。それは始まる前に聞いていたので。

ーーこの作品をやってみてどういう点がよかったですか?

今までやった全ての舞台は全て自分の血肉になってると思うんですけど、この作品はちょっと違うところがあるんです。このマクベスっていうのは、例えばこれを演じている僕が一人で頭からお尻まで演じましたよっていう、その生き様みたいなものも観ていかれると思うんですよね。ひとつのパフォーマンスという、役だけではないところもお客さんは観られるんだろうなって感じていたし、実際劇場で観たらそうだと思うんですよね。それを100分経験できたことは大きかったですね。役を掘るだけではない。なんか、一人の人間がこうやってやり続けていくことを体感する。一人芝居ってちょっとそういう傾向があるかもしれないですけど、それは大きいですね。

ーー出捌けが忙しいシーンや、毛布ひとつの使い方もそうですよね。

ブランケットをどう纏うのかとか、どのタイミングでリンゴしまうかとか、常に2歩先、3歩先のことを考えながらやってました。今、バンクォーの役やってるけど、もう3つ先の役の感情とかも考えてやってるところあるんですよね、特殊な感覚です。

ーー初日は緊張しましたか?

僕は初日は緊張しなくて、2日目が緊張するんですよね。初日は失敗してもちょっと許してくれそうな気がするんですけど、2日目から許してくれなさそうなんで。なんですけど、皆さん、難しいでしょ、分かりにくいでしょって思いながら、一人でやってるから分かりにくいのに、食らいついて観てくださってありがとうございますって思いながらやってたなぁ。

ーー絶賛でしたよね。

いや絶賛かどうかはあれなんですけど。これはやっぱりお客さんが想像力たくましく観てくださっているからだと思いますけどね。

ーーこれから見る方へみどころを教えてください。

できたらストーリーは何となく知っておいたほうがいいと思いますけど(笑)。まぁ色々その、魔女が3人いる、それがこれだ(モニター)とか、なぜこのひっかき傷がついたのかとかっていう風に見ていくのが楽しいかもしれません。

ーー映像化されて視聴者は大喜びだと思いますよ。

よく残していただいたなと思います。

ーー公演中は普通に楽しく過ごされてたんですか?

怪我はしないようにしようとずっと思ってました。バスタブから出てマクベス夫人とマクベスを演じる際、バスタオル1枚なんですけど、びっしょびしょなんで、こけそうになるんですよ。これ絶対こけたらあかんと思って(笑)。舞台裏は色々ありました。皆さんいつ血が手についたん?とか考えると思うんですけど、結構手に血つけるの大変ですからね。めちゃくちゃ忙しいんですけどね。

『マクベス』より 撮影:引地信彦

『マクベス』より 撮影:引地信彦

ーーそういえばベッドシーンも…

ベッドシーンもありましたね。どうなってるんだろうね。でも、本当に、綺麗で汚いし、凶暴でありエロティックであり、色々なシーンができましたね。

ーーなぜこの男は精神病院でマクベスを物語ったんですかね?

病院の中で彼は、何かを取り戻したいとか、自分が何をやったのか確認したいとか、それを知ってしまうのも怖がってたりとか、っていうのを、実は繰り返している。「いつまた会おう3人で」で始まり、「いつまた会おう3人で」で終わるので、あれずっと毎日やってるんだと思うんですよね。何かを取り戻したいと思ってるのかもしれない、でも抜けれず毎日やってるんです、きっと。不思議なもので僕もいつもなら千秋楽終わってしばらくしたら台詞忘れるんですけど、これに関しては半年くらいはずっと喋れてましたね。彼はいまだに喋ってるかもしれません。

ーーコロナ禍で演劇が大変な状況になりましたが、この期間はどんなことを感じていましたか?

この新しくなったパルコ劇場で公演をさせていただく予定ではあったんですけど、残念ながらそれはできなくなってしまいまして。なんか方法はないのかなとその時は思ったんですけど、それはそれで気持ちを切り替えて、お客様が安全に安心して観れる状況になってからまた何かできればなと思っていました。今こうやって観客が入れるようになったのでよかったなと思っています。演劇が社会にとってどう大事かとかは全く分からないです。でも、僕は大学の演劇部から始まって今その仕事をやらせていただいているので、舞台に立った時に、大袈裟だけど生きていることを実感するというのはある。やっぱり舞台に立ってる時っていうのは何かある覚悟を感じるんですよね。昨日落語を聴きに行ったんですけど、聴く側、客席側の立場にいた時に、その時も生きてる感じがしたんですよ。言葉の振動であるとか、劇場にいる感覚であるとか、隣の人の呼吸であるとか、笑い声であるとか、なんかそういうものを感じつつ、それが自分の想像の中で絵となって、立体感をもって、あー楽しいと。心が豊かな感じになったんですね。生きてる感じがするなと思って。だから演劇で何ができるかは分からないんですけど、ちょっと日常の生活が豊かになるのかなって思うんですよね。

ーー生身の人間を見るわけですからね、マクベスもそうですけど。

こればっかりはね、なんかもう、雰囲気、空気なんでね。いいですよね、それは。

佐々⽊蔵之介