(藤原 修平:在韓ジャーナリスト)

JBpressですべての写真や図表を見る

 姜昌一(カン・チャンイル)氏が駐日韓国大使に内定したという報道が、11月23日に日韓のメディアで飛び交った。

 姜氏は4期にわたって国会議員を務め、韓国の与党である「共に民主党」のなかでは重鎮にあたる。大学院は東京大学で学び、日本統治下における朝鮮史を研究していた。日本語での意思疎通はもちろん可能であるが、そうした経歴からわかるように、韓国の立場を強く訴える人物だ。

 2003年には「日本の歴史歪曲」をテーマにした学術会議で、「日帝は朝鮮を強制占領に出て『永久にそして完全に』支配するために朝鮮民族抹殺政策を展開した」と発言したほか、2011年に姜氏が韓国国会議員として北方領土の国後島を訪問した際は、日本政府から強く反発を受けた。また、2015年末に交わされたいわゆる慰安婦問題日韓合意については「国家を拘束する条約や協定ではなく、安倍(晋三)政権と朴槿恵政権の約束にすぎない」と述べ、反対している。

 だが、姜氏が韓国政界きっての、いわゆる知日派であることに変わりはない。現在の文在寅ムンジェイン)政権が発足してから1カ月後の2017年6月には韓日議員連盟の会長に就任し、翌月の7月には安倍首相(当時)を表敬訪問している。

 姜氏の大使内定は、底なしに硬直化する日韓関係を、韓国があの手この手で何とか改善させたいという意思の表れと言えるだろう。もちろん、そうした潮目の変化を示す動きは、このほかにもいくつかある。

態度を180度変えて日本にすり寄る

 しかし、今回の人事はあまりにも露骨すぎる。

「NO JAPAN」運動(日本製品不買運動)で日本のものを買わず、売らず、そして日本に行かずと高らかに声を上げていた韓国社会が、なぜ今になって態度を180度変えて日本にすり寄る必要があるだろうか。

 恐らくこの人事は、与党内で極めて計画的に進められてきたと思われる。姜氏は今年の4月に68歳で政界を引退した。政治家としてまだまだ第一線で活躍できる年齢である。それがどこか腑に落ちなかった。

 今年の年末には、元徴用工への賠償問題で差し押さえられている日本企業の財産の現金化をめぐって大きな動きがあると言われている。韓国政府は、その時期に姜氏の大使内定をぶつけてきた。「NO JAPAN」運動たけなわの時期でも、日韓関係の重要性を韓国の立場から絶えず主張してきたその人物を、である。

 とはいえ、これまで何度もゴールポストを動かされた日本からすると、韓国側からの接近はどう見ても信用できるものではない。再びこれまでのように、途中から話が変わって数年後には「ほれ見たことか、また日本が悪いんだ」と言われるような気がしてならない。

 むしろ、対日関係改善の慌ただしさからすると、コロナ禍で相当困っているからこそ、日本との関係改善を求めているとも考えられる。

 そう思える根拠は、地域経済の地盤沈下である。韓国政府の発表では、コロナ禍での経済への影響は他国に比べて圧倒的に小規模であるとされている。世界経済が大打撃を受けた今年第2四半期の経済成長率は-3.3%と下落幅が抑えられた。株価指数であるKOSPI11月23日に最高値を記録した。

 だが、実感としての韓国経済は明らかに悪化している。また、政府の失策による首都圏での不動産価格の高騰は家庭経済を圧迫し、このままでは急激なインフレを引き起こしかねない。

若者の就職難、コロナでますます深刻に

 さらに、もともと若者の就職難が社会問題であったところにコロナ禍が襲いかかり、就職がますます困難になっている。コロナ以前から韓国企業は仕事の技術やノウハウを会得したシニア層を雇用する傾向にあり、その結果、若者は稀に見る就職大氷河期のなかを生き抜かなければならなくなっているのだ。

 知り合いの大学講師に話を聞くと、今年の就職率は例年に増して低迷しており、2020年2月に卒業した学生の現時点での就職率は30%代の学科も珍しくない。なかには20%代のところもあるという。

 また、ここまで落ち込んだ理由としては、自国の企業での求人を増やすことができず、海外就職によりその場しのぎで切り抜けてきた韓国の雇用事情がある。韓国ではワーキングホリデーでの渡航先でアルバイトする学生を“就職”とみなす。政府に就職率を管理される大学側もそれを奨めるため、卒業後にワーキングホリデービザを取得して海外に滞在する若者が多かった。だが、コロナ禍はその道を断ち切ったのだ。

 さらに、英語や日本語を学ぶ学生の場合は、現地の企業に直接雇用してもらうケースもあり、韓国政府もそのためのプログラムをいくつもの大学で実施している。そこには学生1人あたり1000万ウォン(百万円)近くの税金が投入されているという。

 大学では例年であれば11月も終わりに差しかかると、企業と学生の面接の日程調整が行われる。ところが今年は、面接どころか、海外の企業からの打診がほとんどないという。

 日本人の大学講師に聞いてみたところ、就職支援の厳しい状況を次のように説明してくれた。「特にサービス業の打撃が大きすぎます。韓国国内では営業を停止しているホテルや店舗がたくさんあります。日本でも苦境に立たされていますが、そんななかで、わざわざ何の経験も実績もない外国の若者をわざわざ雇うはずがないですよね。多額の税金を投入したのに効果がなければ、泣き面に蜂です」。

 韓国政府としては、1日も早くワクチンや治療薬が開発され、諸外国との間で人々の往来が以前の水準に近づいていくことを強く願っている。そうすれば、渡航先での韓国人の雇用が促進されるからだ。

日本政府はどう対応すべきなのか

 昨年(2019年)の夏あたりから韓国の「NO JAPAN」運動が報じられてきた。だが、ソウル市の中心部から外れた住宅地の大手スーパーに行くと、日本の商品がずっと置かれてきた。昨年の秋くらいからは日本のビールも売られていたし、日本のそうめんやお菓子、ラムネまでも普通に手に入る。

 韓国には日本好きの人たちがかなりいて、彼らがこうした商品を購入するのだ。そして彼らはコロナ禍がある程度終息すれば、間違いなく日本に旅行に行くだろう。

 彼らだけではない。韓国は国土が狭いため、多くの人が海外旅行することを望んでいて、日本好きな人でなくとも、日本は最も近く安全な国として人気が高い旅行先である。

 そうした状況を考えると、文政権の公約である「若者の就職率向上」を実現するためには、日本との関係改善が1つの有効な手段である。もちろん、アメリカの大統領選挙で、国際協調を重視するバイデン氏が当選したことも、そうした流れに拍車をかけている。

 とはいえ、韓国政府は、日本側からすると虫が良すぎると思えるほど掌を返したように日本へすり寄ってきている。それに対して日本政府はどう対応するのだろうか。大使になるには、派遣先の国がそれを受け入れなければならない。日本政府は姜大使にゴーサインを出すのだろうか。

 姜氏は内定を受け、「日韓関係が難しいから政治家である私が行くことになった」と豪語したという。そのターゲットは、日韓議員連盟の常任幹事で、自民党の最大派閥をもつ二階幹事長なのだろう。与党所属で韓国国内でも新北主義者と称される朴智元(パクチウォン)国家情報院院長も、先日来日した際に菅首相のほかに、二階氏にも会っている。

 隣国との友好関係はたしかに大切である。だがその一方で、「またもやゴールポストが動かされた」とならないよう、日本政府も慎重を期してほしいところだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  韓国の新駐日大使「親日派の墓掘り返せ」主張の過去

[関連記事]

「対日強硬派」を駐日大使に、これが文在寅の本音だ

ハンター疑惑の追及本格化でバイデン政権は炎上か

韓国・ソウルの夜景