
飲食店で注文したものと全然違う食べ物が出てきたら、食べるかどうかはともかく「注文したものと違う」と言うだろう。しかし、店員から「いいえ、確かに注文されたとおりの品です」と返されることもあるようだ。
都内の企業に勤めるカズキさん(20代)は、友人の結婚式に出席するため、前日の昼から大阪に来ていた。昼食は手早く済まそうと駅近くのそば屋に入り、「たぬきそば」を注文した。
ところが、そばに入っていた具材は「油揚げ」。カズキさんは、店側が「きつねそば」と勘違いしたのかと思い、「自分が注文したのは『たぬきそば』です」と伝えたところ、店員に「これが『たぬきそば』ですけど…」と言われたという。
●「たぬき」に化かされた?どういうことなのかあらためて店側に尋ねたら、「大阪で『たぬき』といえば、甘い油揚げがのったものです」と説明された。
東京で生まれ育ったカズキさんは「たぬき=天かす(揚げ玉)」「きつね=油揚げ」と思っていたので、「たぬき」の意味するものが違うことに驚くとともに、なぜこうなったのか合点がいった。
油揚げが好きではないカズキさんは「キャンセルして、天かすがのったそばを出してもらえますか」とお願いした。しかし、店員に「『たぬき』を注文されて『たぬき』を出したので、キャンセルはできません」と言われてしまった。
その場はあきらめ、そばだけを食べて店を出たカズキさん。「自分が悪かったのだろうか」とキャンセルできなかったことにモヤモヤしているようだ。
食べ物の呼び名が異なったため、思っていた品と違う料理が出てきた場合はキャンセルできないのだろうか。大橋賢也弁護士に聞いた。
●大阪のそば屋に「天かすがのったたぬきそば」を求めるのは分が悪い——「たぬきそば」をめぐり、思わぬできごとがあったようです。
実際の対応としては、大阪の文化を勉強することができたと考え、出されたものを食べるのが良いのではないでしょうか。
しかし、数百円の「たぬきそば」とは異なり、桁が異なる商取引で同じようなことが起きた場合、そんな簡単に済ませるわけにもいきません。
そこで、今回の「たぬきそば問題」を題材に、そば屋と客との間ではどのような契約が成立していたと考えられるのかという点から検討してみたいと思います。
契約は、一般的に、当事者の意思が合致した場合に成立します。
たとえば、そば屋が、「たぬきそば500円」という掲示をしていた場合(契約の申込み)、客が「たぬきそば一杯ください」と伝えると(契約の承諾)、当事者間では、500円のたぬきそば一杯の売買契約が成立します。
ところが、今回のケースでは、500円のたぬきそば一杯という表示内容に食い違いはなかったのですが、たぬきそばの内容につき、そば屋は「油揚げがのったもの」と考え、客は「天かすがのったもの」と考えているように、当事者の内心の意思が異なっています。
このような場合、当事者間では、そもそもたぬきそば一杯の売買契約が成立したと考えられるのでしょうか。
——それぞれ想定していた「たぬきそば」が違う以上、成立していないように思えます。
そうですね。当事者の内心の意思を基準に判断すると、今回のケースでは、当事者の意思が合致していたとはいえず、そもそも売買契約は成立していなかったということになります。
しかし、内心で思っていることは他人にはわかりません。当事者の内心の意思が合致していない場合は常に契約不成立となると、あまりに取引の安全を害することになってしまいます。
そこで、慣習や取引慣行を参考にして、当事者が目的物についてどのように理解するのが合理的かを判断していくべきだと考えます。
——今回のケースではどう判断されるのでしょうか。
今回は、大阪のそば屋が舞台ですから、慣習や取引慣行を参考にすると、「たぬきそばとは、油揚げがのったそば」と解釈するのが合理的であると考えます。したがって、今回の当事者間では、「油揚げがのったたぬきそば」の売買契約が成立しています。
●「錯誤」があった場合は取り消すことができることも——思っていたものと違う「たぬきそば」が出されても、契約は成立しているのですね。
次に、天かすがのったそばが出てくると思っていた客が、どのような主張をできるのかにつき検討してみましょう。
先ほど述べたように、客の意思表示を慣習や取引慣行を参考にして判断すると、客は、「油揚げがのったたぬきそば」を注文したことになります。しかし、客は、天かすがのったたぬきそばが出てくるものと思っています。
このように、客は、油揚げがのったたぬきそばを注文するという意思表示に対応する意思を欠いているので、客の意思表示には「錯誤」があったことになります(民法95条1項1号)。
しかも、そばに油揚げがのっているか天かすがのっているかは、売買契約の目的や取引上の社会通念に照らして重要なものですから、客は錯誤に基づき、売買契約を取り消すことができるように思われます。
——そばの注文客にとって、どんな具材がのっているかは重要でしょうね。
しかし、民法は、錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、取引の相手方を保護するために、原則的に表意者は、意思表示の取消しをすることができないと規定しています(民法95条3項)。
今回のケースで、客が、大阪におけるたぬきそばは、油揚げがのったものであるということを知らなかったことにつき重大な過失があったと言えるでしょうから、客は、売買契約を錯誤に基づき、取り消すことはできないと考えます。
●「たぬきそば」から考える取引の安全——つまり、「たぬきそば」の売買契約は成立していたが、のっている具材は重要な要素なので「錯誤」があったとして契約を取り消すことができるようにも思われる。しかし、今回のケースでは注文した側に重大な過失があったので、「天かすがのったたぬきそば」が食べたいと言って「油揚げがのったたぬきそば」をキャンセルすることはできない、ということですね。
注文した側としては残念な結論かもしれませんが、そういうことになります。
今回は数百円の「たぬきそば」をめぐるやり取りですので、そこまで大きなトラブルにはならないかもしれませんが、同じようなことは他の取引でも生じないとは限りません。
そこで、慣習・取引慣行上、明らかとは言えないようなものについては、念のため、簡単な説明書きを付しておく方が良いと思います。
また、当事者が、自ら用いた言葉に特異な意味を与えるつもりであった場合は、取引の安全を図るために、丁寧な説明書きを付しておくべきでしょう。
【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/

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