(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 文在寅大統領は23日、新駐日大使に、前国会議員で前韓日議員連盟会長の姜昌一(カン・チャンイル)氏を内定した。今後、日本政府の同意(アグレマン)を取り付けたのち、正式に任命、赴任の運びとなる。

 最近の文在寅政権は、日韓関係の改善に本腰を入れ始めたような兆候が見られる。韓国から朴智元(パク・チウォン)国家情報院長や金振杓(キム・ジンピョウ)韓日議員連盟会長らが訪日し、徴用工問題を棚上げした政治宣言で日韓関係を改善させる案を提示、また、来年の東京オリンピックの成功に日韓が協力し、その機会に日米に南北を入れた首脳会談の開催を提案するなどの働きかけが政治レベルで行われ出したからだ。

 そうした中で新しい駐日大使に内定した姜氏は、東京大学で東洋史学の修士・博士の学位を取得、東大の客員教授も務め、長年にわたり日本について研究してきた「日本通」の学者だ。日本語に堪能で、2004年から国会議員となってからは、韓日議員連盟に長年所属し、会長まで務めた。日本の政界にも人脈があると見られている。

 こうした流れから、この人事は文在寅政権が、日本の政治人脈とつながりのある姜氏を活用して、徴用工問題などで日本側の歩み寄りを促す狙いがあるとも見られている。

在任期間が短い韓国の駐日大使

 一般的に大使の在任期間はある程度長い方が効果的な活動ができる。特に日韓関係のように人間関係、信頼関係が重要なポストでは人脈が重要であり、駐在期間は長いほど好ましい。

 しかし、2017年5月に文政権が発足してからの駐日大使は、姜氏が就任すれば3人目となる。前任者はいずれも1年半ほどで交代している。

 初代は李洙勲(イ・スフン)慶南大学極東問題研究所招聘碩座教授(寄付金により研究活動を行う大学が指定した教授)だった。

 李大使は、盧武鉉政権で大統領の諮問機関である「東北アジア時代委員会」の委員長に抜擢された。そこで「韓国が主導して北東アジア共同体を形成することが朝鮮半島の未来生存戦略である」という構想を提唱した。それ以後、盧武鉉氏の盟友である文在寅陣営に参加、政権引き継ぎでは外交・安保分野の委員長をした。こうしたことから駐日大使に抜擢されたわけだが、実はそれまで日韓関係に携わったことはなく、日本での人間関係も希薄であった。

 そのため、日本の政治家との接触や政策の根回しは、文政権の意向も反映し消極的だった。慰安婦財団を巡る外務次官級協議が東京で開催された際にも出席しなかったほどだ。その後、徴用工訴訟問題、韓国海軍のレーダー照射問題により日韓関係が一気に悪化した。

 2代目は外交部出身で、直前まで青瓦台国家安保室第2次長だった南官杓(ナム・グァンピョ)氏である。南大使には日本勤務の経験もあった。

 だが、南大使も日本での活動が活発であったとは言えなかった。ただ、それは文在寅氏の対日姿勢や韓国国内の対日感情に邪魔された側面もあると思う。

 文政権の歴史重視の対日姿勢によって、大使としての言動や交渉の自由度は大きく制限され、日本で忌憚なく相談し協力を求める人脈の形成が極めて困難であったと思われる。

河野太郎外相に「極めて無礼です」と面罵された現大使

 そんな南大使のエピソードとして日本人の記憶に残っているのが、昨年7月に行われた当時の河野太郎外務大臣との会談であろう。この会談は、徴用工訴訟に関して日本政府が要請していた仲裁委員会の開催を韓国政府が拒否したことを受け、河野外相が韓国側に抗議するため、南大使を呼び出して行われたものだった。

 ところが、報道陣が詰めかけた面前で始まった会談で、南大使は河野外相に対し、徴用工問題の解決手段として日本側がすでに拒否している「日韓双方の企業が賠償相当額を払う」という案を相変わらず繰り返すのみだった。

 これに河野外相はすぐさま不快感を露わにした。南大使の話を遮り、「韓国側の提案は全く受け入れられるものではない、国際法違反の状況を是正するものでないということは、以前に韓国側にお伝えをしております。それを知らないふりをして、改めて提案するのは極めて無礼でございます」と言い放ったのだ。この様子はそのままテレビニュースで流され、この問題に関する日韓の溝の深さを改めて世間に印象づけたのだった。

 また、安倍総理が今年初め、日本に駐在する日本語のできる大使を招いた昼食会を行い、東京オリンピックへの協力を求めたところ、南大使だけが他の所用を理由に不参加であった由である。通常、駐在国の首相が大使を昼食に招いた際に断るようなことはあり得ない。東京オリンピックを「放射能オリンピック」として批判している国内の雰囲気に斟酌せざるを得なかったのであろう。

 このようなスタンスでは、日本で大使としての活動もままならない。

 そこに加えて、新型コロナの流行によって、日本の要人との面会や会食の機会が一段と制約されてしまった。大使として就任後1年半がたった今となって、新しい人脈を開拓することはますます難しくなっている。結局、駐日大使としての役割を十分に果たすことができない状況に追い込まれていた。

 ただし、今回の大使交代は南氏に対する問責的なものではない。外交部長官人事があれば長官に起用するのではないかとの観測も出ているほどだ。南大使は青瓦台国家安保室第2次長を務めていたことから、文在寅大統領の信任は現在も厚いという。

 それでも、南氏の大使としての活動に限界が見えてきていたのも事実である。交代は致し方あるまい。

姜氏は文政権に意見できるのか

 それでは新しい駐日大使に指名された姜氏は、どのような大使になるのか。日本の政治人脈を最大限活用し、日韓の仲介役を果たすことができるのか。文在寅氏の政治姿勢に影響力を行使できるのか。

 姜氏は文在寅政権の中では「非文」派に属している。つまり、必ずしも文在寅氏と考えが一致しているわけではない。

 姜氏は昨年7月、与党「共に民主党」の議員総会で、日韓関係の悪化を巡り政府の対日政策を批判した。徴用工裁判で膠着する日韓関係の中、日本が戦略物資に対する輸出を包括許可から個別許可に切り替えたのに対し、姜氏は「日本の安倍政権は悪賢くて稚拙だ。政治論理を経済問題に広げた」としながらも、「韓国政府も原則と名分に執着するあまりに時期を逃してしまった部分がある」と述べたのだ。

 さらに「これが昨年(18年)12月から続いたのではないか。だとすれば原則と大義名分だけを主張するのではなく、政治的に解決していくべきだったのに、被害者団体と話し合って意見を集約している間に時期が過ぎてしまった」と述べている。当時の李海チャン(イ・へチャン)代表は何度も指で×印を作って発言を止めるよう促すほどだった。

 そのような意見を持つ姜氏を、文在寅大統領が大使に任命しようとしていることに対し、韓国内では驚きの声も上がっているが、姜氏は一貫して体制に流されず独自の主張をする人だったように思う。それだけに、姜氏が大使としてどのような行動を取るのかは予測困難な部分も多い。

 姜氏は大使として内定した後、「中央日報」の取材に対して、徴用工問題に関して「さまざまな方案がありえると話してきたし、私は間違いなく問題を実質的に解決しなければならないという立場だ。ただし、国会議員が出せるアイデアと政府に入ってできることには違いがある。青瓦台をはじめとする政府と緊密に話し合っていきたい」と述べたという。

 姜氏の言うように、徴用工の問題は政治宣言では解決しない。実質的な解決が必要である。しかも、それは日本側が受け入れられるような案でなければならない。姜氏が駐日大使に着任した暁には、青瓦台に対しても、日本の政府、言論、国民の声を正確に伝え、それが政策に反映するよう働きかけてほしいものである。それは政治家の役割でもある。

歴史問題について日本に厳しい新大使候補

 もっとも姜氏は、日本に対して厳しいことを言い続けてきた人でもある。私が駐韓大使として陪席した議員連盟の会合でも、他の議員の発言と違った雰囲気で日本に対し批判的な発言を繰り返していた。

 その後、姜氏が韓日議員連盟の会長に就任したが、はっきり言って同氏の就任は日本側にとって大変な驚きであった。

 姜氏に対する日本政界の反発は、2011年5月にさかのぼる。この時、姜氏は国会独島(竹島)特別調査委員会委員長として、ほかの議員2人とともに韓国の政治家としては初めてロシアが実効支配する国後島を訪問している。もちろん日本の許可を得ていない。これに対し当時の菅直人内閣は深い遺憾の意を表明、日韓議員連盟はこれを問題視して訪韓を延期した。

 こうした経緯もあり、自民党の議員には姜氏に不快感を抱いている人も少なくない。例えば、同氏は昨年7月の日本の輸出規制強化がクローズアップされた時に日本を訪れたが、自民党二階俊博幹事長は同氏に会わなかった(今年1月に来日した際には二階幹事長とも面会した)。

 姜氏に対する警戒の声が上がっているのは政界からだけではない。「朝鮮日報」は、東京の消息筋コメントとして、<「外務省内には『北方領土ロシア領有権を認めた人物にアグレマンを出すのは良くない先例になる』という主張もある」>との談話を紹介している。

 ちなみに、この記事の見出しには、<最近では日本に「毒舌」>の文字が躍っている。

国立墓地から親日派の墓を「移葬」を主張

 長らく東洋の歴史を研究してきた経歴も関係しているのであろう。姜氏は、今年8月に共に民主党の「歴史と正義特別委員会」の委員長に就任した。この当時、韓国政界で注目されていたのが、いわゆる「親日派破墓法」制定を含む国立墓地法改正案だった。

 親日派破墓法とは、国立墓地(顕忠院)に埋葬されている歴代大統領ら功労者の墓を掘り返し、「親日派」の墓を移葬しようという仰天の法律だ。

 この法律に関して、国会で共に民主党の議員らが公聴会を開催した。その席で、同党の「歴史と正義特別委員会」の委員長を務める姜氏は、「国立墓地に仇敵(親日派)がいるため、有功者、愛国烈士たちがあの世に行って落ち着くことができない」、「銅雀墓地(国立ソウル顕忠院)や大田墓地(国立大田顕忠院)にさまよっているのではないか。皆さんが亡くなった後に仇敵が隣で鬼神(幽霊)になって漂っているとすれば、そこにいられるだろうか」と主張し、法案成立を積極的に推進したという。

 先月には雑誌社とのインタビューで日本の菅義偉政権について「安倍の側近たち、特に首相官邸の強硬派を中心に引き続き政権を運営していくだろう」と述べている。

 このように歴史問題や領土問題で、日本へ毒を吐きまくってきた。こうした姿勢、菅政権への見方を持ったままで、姜氏は日本社会、特に政界で受け入れられるのであろうか?

 大使として本国の立場を主張することは大切である。しかし、大使となった後も歴史学者のような主張を繰り返すようならば、日本では反発を受け、溶け込めないであろう。

 大使の発言は、政府の公式見解である。失言は許されない。歴史学者ではないのだとの自覚をお願いしたい。

 まずは、文政権になってから、日本の政界は韓国に対して一層厳しい雰囲気となっていることを感じていただくのが重要である。そうした中で韓国政府の立場を代弁することは容易ではない。

 そのためにも日本の中で幅広い人脈を持ち、様々な意見を吸い上げ、韓国政府の政策立案に主導的な役割を果たしていただければと思う。

大統領の姿勢が変わらなければ日韓関係は改善しない

 外交関係において大使の果たす役割は重要である。赴任国で、本国政府の政策立案過程で説得し、相手国にも受け入れるような政策を促すのは大使の役割である。そのため赴任国の雰囲気を本国政府に伝え、仲介の役割も果たさなければならない。

 ただし、政策を決定するのはあくまでも本国政府である。本国政府の意向が変わらなければ大使が新しい道を切り開くことはできない。

 文在寅政権で趙世瑛(チョ・セヨン)氏が韓国の外交部第1次官に任命されたことがあった。日本では、日本通の趙氏が任命されたことで「文政権も日韓関係の改善を目指すのではないか」との見方が広まった。しかし私は、「文在寅氏は日韓関係について方針は変えないだろう。ただ、日本が勝手なことをしないように趙氏に日本の行動を管理させようとしているのだろう」と書いたことがあった。果たして、結果はその通りであった。

 日韓関係の行方は、ひとえに文在寅氏が対日関係においてどのような姿勢を取るかが基本になる。姜氏が独自に日韓外交をするわけではないからだ。文大統領の姿勢が変われば、姜氏の役割は非常に重要となるだろう。文大統領には、是非とも政治家としての見識で、客観的な立場から日韓関係を見つめ直し、あるべき姿に戻れるよう取り組んでいただきたい。

 そんなことを言うのも、もしかしたら、これが文在寅政権の下で日韓関係を立て直す最後の機会となるかもしれないからだ。この機会を逃せば、今は見えない日韓関係改善に続くスタートラインはさらに遠のくことになるだろう。

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韓国の文在寅大統領(写真:YONHAP NEWS/アフロ)