(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 政府は年内にも20兆円規模の第3次補正予算を編成する方針だという。これは来年(2021年)1月からの「15カ月予算」になる見通しだが、問題はその中身だ。Go Toのように特定の業者を対象にする補助金は消費を喚起する効果は大きいが、政治的なバイアスが強く、今回のように「感染を拡大した」という批判も受ける。

 感染に中立な経済対策としては、今年の「特別定額給付金」10万円のような直接給付が望ましいが、これは消費と結びついていないので、貯蓄に回ってしまう。この問題を解決する方法として、政府が全国民に期限つき電子マネーを給付してはどうだろうか。

期限つき電子マネーで消費が増える

 これは技術的には今でも可能である。2019年10月から行われた「キャッシュレス・消費還元事業」のように、政府が消費の一定率をポイントとして消費者に還元すればいいのだ。これはキャッシュレス決済額の5%を政府がポイントとして消費者に還元するもので、今年6月末で終わり、還元額は約3000億円だった。

 いま行われているマイナンバーカードの申請にポイントをつける「マイナポイント」は還元率25%で、限度額は5000円。申請の期限は来年3月末だが、還元されたポイントの有効期限はカード会社ごとに違う。これに一律に期限をつけ、政府の還元したポイントは一定期間で無効になるようにすれば、期限つき電子マネーになる。

 たとえば政府が毎月1万円をポイント還元し、その有効期限を1年とすると、消費者は1年以内にポイントを使い切るだろう。これは金利マイナス100%の政府紙幣を発行するのと同じである。

 こういう提案は、新しいものではない。今から100年前にシルビオ・ゲゼルがスタンプつき貨幣として提案した。これは紙幣に毎月スタンプ(切手)を貼らないと価値が保てず、そのスタンプは郵便局で買うというものだ。

 ケインズはこれを『一般理論』で高く評価したが、すべての紙幣にスタンプを貼るという提案は荒唐無稽な話として相手にされなかった。それが今、電子マネー技術的には可能になったのだ。

「デジタル政府紙幣」は可能だ

 日銀券とは別の期限つき通貨を政府が発行することはデジタル政府紙幣を発行するに等しいが、それほど奇抜な政策ではない。日銀の量的緩和の行き詰まりを打開するために政府紙幣を発行すべきだという提案は昔からあり、現行法でも可能である。

 2003年にスティグリッツ財務省に提案したときは「輪転機を回して紙幣をいくらでも印刷できる」というイメージが批判を呼んだが、実際にはポイント還元のような地味な形でよい。

 期限つき電子マネーはマイナス金利と同じで、今のように自然利子率(実体経済に中立な実質金利)がマイナスになっている時期には合理的である。理論的には可能で、多くの経済学者が提案してきたが、最大の難点は銀行が経営危機に陥ることだ。

 今は市中銀行が預ける日銀当座預金の金利はマイナス0.1%だが、銀行の預金金利はゼロなので逆鞘になっている。これが(たとえば)マイナス1%になると、銀行は逆鞘が負担できなくなるので、預金金利をマイナスにせざるをえない。こうなると大口定期預金が引き出され、取り付けが起こるので、世界的にも預金金利をマイナスにした国はない。日本でも今は地方銀行の経営危機が問題になっているので、日銀は一部の地銀の当座預金の金利をプラス0.1%に引き上げた。

 デジタル政府紙幣だと、そういう問題は起こらない。政府の支給するポイントは銀行を通さないので預金金利と無関係だからである。「ポイントで消費しても現金で貯蓄するので同じことだ」という批判もあるが、月収30万円の人が毎月1万円のポイントをもらって月収31万円になり、それが1年後に30万円に減るとすれば金利はマイナス3%。貯蓄しないで投資するインセンティブにはなるだろう。

 全国民に毎月1万円の電子マネーを供給すると財源は15兆円必要だが、これは3次補正で十分まかなえる。今は貯蓄率が45%に上がっているので、マクロ経済的にはこの程度の財政赤字は貯蓄で十分吸収できる。

 デジタル政府紙幣は償還する必要がないので、政府が無利子の永久国債を発行して日銀が買えばよい。市中に流通する国債とは別に、政府が電子的な「1兆円札」のようなものを発行して日銀が買い取る手もある。

 これは日銀にある政府口座で電子的にできる。政府と日銀を合わせた統合政府で考えると政府紙幣も日銀券も政府債務としては同じで、金利はつかず返済の必要もない。

 このように銀行貸し出しを通さないで直接給付するヘリコプターマネーは半世紀以上前からミルトン・フリードマンなどが提案しており、銀行を通じた金融政策がきかなくなった時代には合理的な財政政策である。

財政と金融の役割の見直しが必要だ

 しかし中央銀行のコントロールがきかない政府紙幣ヘリマネは、財政規律を失わせてハイパーインフレが起こるという批判が強い。

 これは一般論としては正しいが、日本の財務省の緊縮バイアスから考えると、南米のようなハイパーインフレが起こると予想する投資家はいないだろう。この予想が変わらない限り、物価が上がってもゆるやかなインフレにとどまる。

 他方、新型コロナの騒ぎで発生した大幅な需要不足が、このまま続くことも危険である。いま需給ギャップはマイナス30兆円(GDPのマイナス6%)ぐらいあるので、今は毎月1万円程度のヘリマネで大インフレになることは考えられない。

 しかし長期的には、インフレをどうコントロールするのか。財政がフリーランチになると、毎月1万円で大丈夫なら2万円、3万円・・・というように政治家が際限なくヘリコプターを飛ばして財政支出を増やし、財政インフレが起こるおそれがある。

 その歯止めとして、日銀を使ってはどうだろうか。政府はインフレが起こるまで直接給付を続け、日銀はその財源となる国債(あるいは1兆円札)を買い取るが、インフレ率が2%を超えたら買い取りをやめ、政策金利を上げる。

 今はコロナ不況という大義名分もあるので、とりあえず3次補正でマイナポイントを来年4月以降も延長し、同じ方式で期限つきで毎月ポイント還元する「定期給付金」を創設してはどうか。その「ポイント還元額の上限と期限は日銀政策委員会が決定する」と法律で歯止めをかければいい。

 これは給付つき税額控除(ポイントを使った税の還付)にもなるが、最大の問題は日銀が財政支出を事実上コントロールすることだ。予算編成権を一部奪われる財務省は反対し、自由にバラマキをやりたい自民党も日銀に抵抗するだろう。

 だがマイナス金利が恒常化した現状では、財政と金融の役割分担も見直しが必要だ。日銀の独立性は必要だが、財政との整合性も重要である。菅政権が指導力を発揮して新たな財務省と日銀の協定を結び、財政と金融の協調を再定義してはどうだろうか。

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