「学術会議問題が明るみに出て以降、60%を超えていた内閣支持率は10%近く下落。6人の学者を“排除”したことで『人柄が信用できない』という不支持理由が急増した。安倍晋三前首相がそうだったように、一度不誠実だと見られると信頼の回復は難しい。菅義偉首相は、対応を誤ったと言わざるを得ません」(政治部デスク

 菅首相はなぜ、どこで間違ったのか。学術会議問題を「総合的、俯瞰的に」徹底検証した――。

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 任命拒否の理由について当初、「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断をした」と説明していた菅首相。だが、10月28日の衆院本会議で“新たな理由”に踏み込んだ。「民間出身者や若手が少なく出身や大学に偏りが見られることを踏まえ、多様性を念頭に判断した」と述べたのだ。

「6人のうち、小沢隆一教授の東京慈恵会医科大からは、他に会員は出ていません。会員候補では若手の53歳の宇野重規教授や、女性の加藤陽子教授も外された。任命拒否の理由としては無理がある。この『偏り』発言から、首相の答弁は一層迷走を重ねていきます」(同前)

 11月2日に始まった衆院予算委員会。首相は「“全集中の呼吸”で答弁させて頂きます」と『鬼滅の刃』のセリフ切り出した。

「首相は『鬼滅』を観ていませんが、『これをやればウケます』とメディア関係者に言われ、答弁に盛り込んだ。議場は白けていたものの、『ネットでウケがいい。上手くいった』と得意気でした」(首相周辺)

 だが、肝心の質疑は噛み合わないまま。「宇野教授は名簿の中で若手ということは認めますね」と問われ、菅首相は「認めない」と“迷答弁”を繰り出す。

沈黙を守る芦名教授の妻が……

 党から首相を支える森山裕国対委員長が語る。

「(国会では)大臣がみんな手を挙げないので、総理が『自分で答弁しないといけないのか』と手を挙げているように見えましたね」

 首相が特に警戒していたのが、女性の質問者だ。

「以前から『小池(百合子都知事)や望月(衣塑子記者)の話になるとカッとなる』とこぼしており、今回も辻元清美氏らの質問には『ペーパーを淡々と読み上げる』という対策を取っていた」(前出・首相周辺)

 ただ、それにも限界があった。11月4日の予算委で、辻元氏から「6人を任命しないという話は聞いたか」と問われると、首相は「聞いていない」。ところがその後、「(内閣府の決裁が)上がってくる前に聞いていた」と修正し、伝えてきた相手が「杉田和博官房副長官」と認めてしまう。

共産党の思想を忌避する杉田氏

「首相は“守り”を固めたつもりでしたが、任命しないという話を『聞いていない』と、明らかな嘘まで口にしてしまった。なぜ、ズサンな答弁を繰り返す羽目になったのか。元を辿ると、任命を拒否した『本当の理由』を説明できないからです」(同前)

 今回の人事を取りまとめていたのは、杉田氏。安倍政権では官房長官、副長官として8年近くタッグを組み、首相も「有能な人」と全幅の信頼を置く。

「警備・公安部門が長い杉田氏は共産党の思想を忌避しています。番記者にもオフレコでは『今回どこから報道が始まったかといったら(共産党機関紙の)赤旗、それで分かるでしょ』などと、共産党と近い学者を排除したことを示唆していました」(官邸関係者)

 確かに、排除された6人のうち、松宮孝明教授、岡田正則教授、小沢氏ら3人は共産党系の「民主主義科学者協会法律部会」の理事経験者。実際、小沢氏は16年2月の京都市長選でも共産推薦候補を支援している。また、宇野氏も昨年8月、赤旗に「共産党を含む形で連立政権」を期待するコメントを寄せていた。

「加藤氏も特定秘密保護法に反対するなど、政権批判の言動がありました。しかし『思想信条で排除した』とは、口が裂けても表では認められない。そこにこの問題が抱える苦しさがあるのです」(同前)

 残る一人、キリスト教学が専門の芦名定道教授は宇野氏が呼びかけ人の「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者。ただ、共産党との親密な関係は窺えない。松宮氏らと異なり、本人は沈黙を守るが、妻で大東文化大非常勤講師の裕子氏が小誌にこう訴える。

ネット上で主人が『準共産党員』といったデマが流れていますが、全く違います。安保法に反対する会の賛同者となったのも、聞かれたから『反対』と答えた程度。朝研究室に行き、夕方帰宅後は勉強、日曜午前は教会に行くような生活です。任命拒否後、事実無根の中傷が寄せられるようになり、心配しています」

 今回の予算委でも「任命拒否された研究者本人が中傷されたり、教え子の中には就職を不安に思う学生もいる」と指摘されたが、菅首相は「国民の期待に応えるためには、そのあり方を考える必要がある」などと答弁するにとどまった。

「見かねた茂木敏充外相が首相に『まずいですよ。批判された人にも人権があります』と窘(たしな)める一幕もありました」(政府関係者)

秘書官に「国会で説明したい。材料を探せ」と指示

 本当の理由を「説明できない」ゆえに、混迷が深まった学術会議問題。なぜ菅首相はのめり込んだのか。

「首相自身は、もともと学術会議に関心を持っていたわけではありませんでした。ただ、側近中の側近である杉田氏が上げてきた情報が、自身が掲げる『既得権益の打破』にうまくハマった。学術会議の予算は年10億円に過ぎませんが、ピンポイントで斬り込んでいくのが、首相のやり方。携帯値下げのように、国民の支持を得られると考えたのです」(前出・首相周辺)

 ところが、理由を説明しない強引なやり方に支持率も下落。どこかで引き返す選択肢はなかったのか。

「6人を一度任命した上で学術会議のあり方を見直すと発表すれば、これほどのハレーションは出なかったはずです。ところが野党の反発を食らい、首相は頑なになっていった。任命拒否の理由は『説明できない』にもかかわらず、『国会で説明したい。材料を探せ』と財務省出身の大沢元一秘書官らに指示を重ねました。そこで編み出されたのが『出身や世代に偏り』などの理屈。ただ、それも破綻を招き、大沢氏は『一生懸命やっているのに……』とやつれていきました」(同前)

 そうして無理を重ねた結果、浪費した“政治資産”。一連の過程で浮き彫りになったのは、前のめりな菅首相にストップをかける側近がいないということだ。

「安倍政権の今井尚哉秘書官は耳の痛いことも直言できる存在でした。ところが大沢氏ら首相秘書官は95年前後の入省と経験も浅く、首相のイエスマンに過ぎない。そのため、都合の悪い情報が入らないのです。反面、杉田氏ら限られた側近やブレーンの進言だけを鵜吞みにする。さらに言えば、安倍首相には菅官房長官が居て、森友・加計問題では防波堤になっていました。ところが菅首相は、自らが表に出ては答弁に綻びを生じさせてしまう。今回のような事態は今後、必ず繰り返されます」(前出・デスク

 学術会議問題で露呈した「失敗の本質」。それは菅首相が“裸の王様”であるということ。そして“裸の王様”が国の舵取りを担うことほど危ういことはない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年11月19日号)

“全集中の呼吸”で臨んだが……