他国に対して狼のように噛みついていく中国の「戦狼(せんろう)外交」の親玉だった王毅(おうき)国務委員兼外相が、日本では一転して、スマイルを全面に押し出した「パンダ外交」に徹した。11月24日と25日の来日である。

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妙に日本に配慮した発言

 初日の24日夜に行った茂木敏充外相との共同記者会見で、尖閣諸島を巡って、王毅外相の強硬な発言が飛び出したかのような報道を、一部の日本メディアがしていた。だが、これは事実誤認というものだ。王毅外相の女性通訳の日本語がたどたどしくて、「戦狼発言」のように聞こえてしまったのだ。

 約25分に及んだ両外相による記者会見は、始めに茂木外相が、その直前の約1時間半に及んだ外相会談の概要を述べた。続いて王毅外相が、茂木発言をなぞるかのように、自分の口で説明した。その後、最後の3分ほどで、王外相がこう述べたのだった。以下、王外相の言わんとするニュアンスを、なるべく生のまま伝えられるように訳す。

「私は皆さんに、一つの事実をお伝えしたいと思います。このところの一時期、日本の正体不明の漁船が、ひっきりなしに釣魚島(尖閣諸島)の敏感な海域に、入って行きました。そのようなことが続けば、中国側としては、必要な反応を取らざるを得ないのです。

 これが、基本的な状況です。この件に関して、中国の立場は明確です。

 もちろん、今後ともわれわれは、わが国の主権を維持し、保護していきます。そして以下の3点を希望します。

 第一に、双方が『4つの共通認識』(2014年11月の北京APECの日中首脳会談で合意した)を、継続して順守していくことです。第二に、およそ敏感な海域では、事態を複雑化させる行動を取らないことです。第三に、いったん問題が起こった際には、双方が迅速に意思疎通を図って、問題をうまく処理していくことです。

 中国側は東シナ海を、平和の家、友好の家、協力の家にしていきたいのです」

 以上である。「日本に噛みついた」にしては、物言いが婉曲的かつ丁寧で、日本への配慮が込められているのである。

今回の来日、王毅外相にとっては「汚名返上の場」

 私は、2013年3月に王毅外相が誕生して以降、日本に関する発言は、ほぼ逐一、フォローしてきたが、今回は、狼がいつの間にパンダに変身したのだろうと、逆に驚いてしまった。そして、この裏にいったい何があるのだろうと、勘繰ってみた。

 一つ思い当たることがあった。それは、王毅外相にとって、今回の訪日は「汚名返上の場」だったということだ。

 本来は、今年の「桜の咲く頃」(4月6日)に、習近平主席が国賓として来日する予定だった。ところが、日中でコロナ禍が広がったことや、それに伴って日本で反中感情が広がったことなどで、当時の安倍晋三首相は、来日延期を希望した。

 ところが、「絶対に4月の訪日を実現させる」と強硬だった筆頭が、王毅外相だった。それは、王外相に「成功体験」があったからだ。

 1989年6月、北京で天安門事件が起こり、西側諸国が一斉に、中国から引き上げた。中国は経済危機に陥り、翌年の予算も立てられない状況に陥った。その時、日本処長(課長)だった王毅氏が、同年9月に、伊東正義元副総理の訪中団を招聘することに成功する。そこから中国は、孤立化の道を回避し、経済発展が実現したのだ。王毅処長は「救国の外交官」として、その後、異例の出世を遂げていった。

 そんな王毅外相は、「1989年の再現」を目論み、「何としても訪日を実現させるべきです」と、習近平主席に説いた。だが周囲には、反対意見もあったに違いない。それで2月末、習主席は、中国の外交トップで、「王外相のライバル」として知られる楊潔篪(ようけつち)党中央政治局委員兼党中央外事活動委員会弁公室主任(前外相)に訪日させて、様子を探ることにした。

 そして楊主任は、2月28日安倍首相との会談で、「来日延期」を要請されたのである。安倍首相は、「もしも中国側が発表しないのであれば、日本側から来週、延期を発表する」とまで言い放った。まさに最後通牒だった。

 こうして、習近平主席の国賓来日は延期となった。同時に、「訪日強硬派」だった王毅外相の面目は丸潰れとなった。そんな王外相としては、今回の訪日を、失敗させるわけにはいかなかったのである。

アメリカの政権交代による「外交停滞期」を狙い撃ちする中国の戦略

 現在、中国では、「空白の2カ月半を狙う外交戦略」が取られている。11月3日アメリカ大統領選挙から、来年1月20日ジョー・バイデン大統領就任まで、アメリカの外交が「一時停止」する間隙を突いて、外交攻勢をかけようという狙いだ。

 そのため、私は「戦狼内交、パンダ外交」と呼んでいるが、中国国内は強く引き締め、海外にはスマイルの外交を行って、「友達の輪」を増やそうとしているのだ。今回の王毅外相の来日も、その一環である。だから日本に対して、強硬に出るはずもないのだ。

 冒頭の記者会見で、王毅外相は「5つの重要な共通認識」を強調していた。(1)新時代が要求する中日関係の推進、(2)コロナ対策の協力、(3)経済復興の協力、(4)RCEP(地域的な包括的経済連携)の早期発効と中日韓FTA(自由貿易協定)交渉の推進、(5)2021年の東京と、2022年の北京の五輪開催の協力である。

(2)から(5)は、何となく理解できるが、(1)は何のこと? と思われるかもしれない。中国で「新時代」という言葉が出てきたら、それは「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を指す。王毅外相の発言を日本が問題視するなら、尖閣諸島よりも、むしろこちらのほうだったかもしれない。

 王毅外相が、共同記者会見の最後に、唐突に尖閣諸島の話をしだした時、横で聞いていた茂木外相は、ややニヤけたような表情をしていた。そしてこの「表情」も、日本の一部右派論客の批判の対象となった。

 だが、この日は、王毅外相一行が午後に東京に降り立ち、夕方5時半から7時頃まで、日中外相会談を行った。続いて、茂木外相と王外相が、互いの通訳だけを入れたテタテ会談(1対1の会談)を、約30分行っている。

 尖閣諸島問題は当然、その中で俎上に上っただろう。というより、尖閣諸島問題を話し合うためのテタテ会談だった可能性もある。

 何が話し合われたかは不明だが、茂木外相は直後の会見で、「王毅外相とは電話で4回会談したが、やはり直接話をする重要さを感じた」と述べている。つまり、テタテ会談の成果があったということだ。

 というわけで、尖閣諸島近海での今後の中国公船の動きがどうなるのか、注目していきたい。

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来日し、茂木敏充外相と会談した中国の王毅外相。11月24日撮影(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)