「朝から晩まで夫が依頼した探偵に後をつけられることもあり、居場所を隠して過ごしている」。これは夫から日常的にDVを受け、子ども2人を連れて家を出た女性の言葉だ。ひとり親の困りごとを訴える会見で、居場所を知られる怖さについて語った。

DVやストーカーの加害者が、探偵を使って被害者の居場所を探すことは少なくない。2012年に発生した「逗子ストーカー殺人事件」も、加害者の男は探偵経由で元交際相手の女性の住所を割り出し、女性が自宅に帰宅したところを殺害した。

その翌年に発生した「伊勢原DV殺人未遂事件」でも、加害者の男性が探偵に元妻の居場所を探してほしいと依頼していたことが発覚している。

ただ、探偵からDVやストーカーの被害者を守る仕組みは、今も整っていない。探偵は依頼者との間で「(依頼者が)DV防止法の保護命令などに違反していない」と示した書面契約を結ばなければならないが、加害者が「お金を貸していて逃げられた」などとウソをついて依頼することもある。

探偵協会からは、依頼者について自治体や警察署に対して照会ができるような法整備を求める声も上がっている。

●加害者から依頼「恩人を探しています」

東京都内で探偵業をいとなむ宮岡大さんは2018年、全国の調査会社でDVやストーカー被害者の情報を共有するサイト「SAVE ME」を立ち上げた。

転居先を知られたくない被害者をサイトで募集し、探偵の間で共有して加害者からの依頼かどうか調べる際に役立てるというものだ。

宮岡さんが「SAVE ME」を立ち上げるきっかけとなった出来事がある。それが冒頭でも触れた「逗子ストーカー殺人事件」だった。驚くことに、宮岡さんが当時勤めていた事務所にも加害者から依頼のメールがあった。

「数年前に、入院生活を送っていた時の恩人を探しています。●●市に住む●●さんを探してください」

そのメールから1カ月ほど後のこと。ニュースで流れた殺人事件の被害者の名前に見覚えがあった。急いでメールボックスを開くと、テレビで見た被害者の名前がこのメールに書かれていた調査対象者の名前と同じだった。

「もしかして依頼を受けてしまったのではないか」。宮岡さんは震えながら上司に電話すると、上司は依頼をキャンセルしていた。加害者のメールアドレスを入れ替えると「クソ女●●」と被害者の名前になったことから、ただならぬ様子を察知し依頼を断っていたのだ。

「この出来事が起きたとき、『もっと何かできたんじゃないか』『犯人だった依頼者を調べていれば、人が亡くならずに済んだんじゃないか』と罪悪感や後悔に襲われました。それから殺人事件などの悲惨なニュースを見るたび、『探偵として何かできたんじゃないか』と思うようになったんです」

そうして立ち上げた「SAVE ME」は現在約50社が登録しているが、探偵業の営業所は年々増え続け6000件以上もある(2019年末時点)。宮岡さんは「全ての業者に協力を得ないと完全には防げないのが実情」と話す。

宮岡さんは「尾行や張り込みなど行動調査をするには、探偵業者としての届出が必要となっていますが、記録などから対象者を見つけるデータ調査については何の規制もない。誰でも探偵に依頼できる仕組みも問題ではないか」と法規制の必要性を訴えている。

●「彼女」と言いながら下の名前しか知らず

社団法人「探偵協会」も同様の問題意識をもち、署名活動をおこなっている。群馬県探偵協会の担当者は「依頼者のうそに騙されてしまう可能性があるが、依頼者について調べる術もない」と難しさを語る。

担当者によると、DVやストーカーの加害者からの依頼で、一番多い理由は「お金を貸しているけど返してもらえず逃げられた」というもの。新型コロナウイルスが流行り始めた最近は、「自分の奥さんが何やっているかわからない」「彼女がお店に出勤しなくなって居場所が分からない」といった理由を述べる人もいるそうだ。

ただ、調査にあたり対象者の個人情報を書いてもらうと、「自分の妻」と言いながら名前以外の情報を書けなかったり、「彼女」としながら連絡先をLINEしか知らず、分かるのは下の名前だけだったりしたケースもあった。

このように分かりやすく怪しいケースでは依頼を断ることができるが、探偵は職務上の照会権がないため、依頼者がDV防止法の適用を受けている人なのか、判明した住所がDVシェルターなのか知る方法がない。

群馬県探偵協会の担当者は「依頼者にウソをつかれて、DVシェルターの住所などを報告してしまう事例もある。今は怪しいなと思った時点で受けるかどうかの判断をするしかないので、速やかに市区町村長に対して照会できるような法整備が必要」と話した。

DV被害者、逃げたら「探偵に後をつけられるように…」加害者の依頼、見極めに苦慮する業界