弁護士ドットコムニュースでは、「アナウンサーの働き方」を継続して取り上げていきます。

メディアの表側で華やかそうに見える仕事ですが、会社員とフリー、男性と女性、アナを取り巻く労働の課題は、一般的な仕事の課題に通じるものがあるのではないでしょうか。

フジテレビから2018年にフリー転身し、アナの活動だけでなく、スポーツ選手のセカンドキャリア支援をはじめスポーツビジネスにも精力的に取り組む田中大貴さん(40)。15年働いた局のアナウンサーを辞めた理由を聞きました。

彼はこのインタビューで、「アナウンサーという言葉をなくしたい」とまで言いました。(編集部・塚田賢慎)

●局内での男女格差は?

ーー男女でアナウンサーのキャリアは異なるのでしょうか?

局のアナウンサーは、比較的安定的していて、将来設計がしやすくて、「ステップアップ」という言葉が、特に男性には似合う。

男性の局アナは典型的な会社員で、ある程度のスキルや人間性、認知度があって、素敵なかたであれば、わかりやすく階段をのぼっていけます。

ーー局の女性アナは「典型的な会社員」ではないのでしょうか

女性アナは、若さや清廉性が魅力になり、元アイドルがいるなど、アナになるまでに注目が集まります。早くにしのぎを削り合って、タレントが椅子を取り合う構図と似ています。対して、男性アナはゆっくり上がっていく。

ーー女性アナは出産などで降板することもある。男性に比べて不利は?

結婚、出産したとしても、現場や視聴者が求めれば、ポストに戻れます。ですので、出産しても、ただちにそれがキャリアとして大きな足かせになるという風にはなっていないと思います。

共働きが多い時代なので、結婚や出産を経験しているアナウンサーが共感を呼ぶ部分もある。テレビは今、新しい層を取り入れるのに苦戦していて、視聴者が高齢化していますから、必ずしも出演者が若ければ良いとはなっていません。

ただ、それだけ競争が熾烈ということでもあるので、どうすれば現場で必要とされるかを常に考えて働く必要があるのだと思います。

●フジのアナウンス室トップは女性

ーー女性が社内で出世をしていく難しさはありますか

現在のフジのアナウンス室のトップは女性(佐藤里佳さん)です。アナウンサーの比率は基本的に男性が3〜4割、女性が6〜7割です。女性が各セクションをまとめたほうがいいとも思います。女性の管理職は増えていくでしょう。

これまで、男性が管理することが多かった理由として、女性が出産、結婚、独立などを理由に辞めてしまうことがありました。

アナの仕事は男女に変わりがなく、早朝や深夜の仕事もありえる。妊娠期間や子育て中の仕事は周囲のサポートがなければ難しいのが現実だと思います。

働き方の問題だけでなく、育児などに仕事以上の魅力を感じる部分もあると思います。女性アナは結婚相手のサポートがどれだけあるかによって働き方が変わります。やはり、これまでは40代半ば、50代後半まで結婚相手のサポートを受けながらアナウンサーを続ける女性アナが多くはなかったので、登用したくてもできなかった。

今のフジテレビは、育休や産休が素晴らしく充実している会社だと思います。ただ、僕は様々なサポートシステムがあることを多くは把握できていませんでした。会社を辞めるときに、人事と話して、産休育休だけでなく、様々な福利厚生があるんだと知りました。

●常に競争…男性育休「ポジション取られるかも」の不安も

ーー産休育休の制度の存在を知っていたとして、休むのを選ぶのは怖いですか

怖くないというのは嘘になります。たとえば、1カ月休む僕の代わりのアナウンサーが、世間からも現場からも評価され、視聴率も良くなれば、番組はそのアナウンサーを使います。仕方のないことです。そういう不安は感じたことはあります。

ーー社会の風潮からすると、制度を利用するアナが評価されることもあるのでは?

アナというより、会社(局)の評価は上がるでしょう。しかし、制作現場からすると、4番バッターやエースピッチャーがいなくなるのは戦力ダウンです。なかなか踏み切ることは難しいです。

一方で、フジテレビもだんだん変わってきていて、MCのアナウンサーに休みを取らせるようにしています。その際、「彼・彼女に落ち度はなく、会社のシステムとして休ませるのであって、評価には関係ない」という流れになってきています。

会社員アナの肉体的・精神的負担がなくなるようにしているんですね。ただ、考え方に個人差はあるかもしれません。昔から夏休みは1週間取れたけど、若い頃の僕は取っていませんでした。仕事が楽しいという理由と、休むものじゃないと思っていたので。

●働き方改革とアナウンサー

ーーフジテレビでは管理職も経験している。働き方はどうでしたか?

労働時間ですが、働き方改革によって、テレビ局員はとても難しい状況にあります。

10時〜18時までデスクに座っていても、良い実況は生まれません。街を歩いたり、現場に行ったり、違う環境の人と話したり、無駄話をする中で、クリエイティブなものが生まれ、仕事に生きると思います。

選手と食事をする貴重な時間が、最終的にキャスターのコメントや実況に生きることもある。後輩たちにも「どうぞ行ってください」と外に送り出していました。

アナウンサーに限りませんが、メディアの働き方って、仕事といえばずっと仕事だし、休みといえばずっと休みみたいなところがありますよね。

だけど、テレビ局も世の流れとともに勤務時間をきっちりと守らないといけなくなった。そうすると、今までのやり方では、面白いものは生まれづらくなるでしょうね。

ーー会社員なので配置転換もありますよね

毎年、アナウンス室から何人かは広報、営業、制作現場などに異動します。異動が決まって、中には会社を辞めるアナウンサーもいます。

管理職を命じられても、「プレイヤーに専念したいので、管理職にはなりません」と宣言するかたもいる。ただ、アナウンサーも会社員ですから会社からの命令は受け入れないといけない…。評価としては非常に厳しい部分かもしれません。

アナウンサーの活躍は数字化しづらい。ニュースにバリューがあれば、視聴率が良いのは当たり前。番組に起用されることは素晴らしいけど、どこまでがそのアナウンサーの貢献かは査定が難しい。

だから、社内で役職が上がるか、アナウンサーとして公の場に居続けるかを選択しなければいけない。「会社員なんだから、ここはぐっと堪えて我慢しなさい」と諭されることもあります。エキスパートとして、違う「昇進」の道があることがベストです。

●アナウンサーのスキャンダル対応で局とフリーに違いがある

ーー先ほど、局の男性アナは極めて「会社員的」とありましたが、男女問わず、人気者は芸能人と同じく、「私生活を週刊誌などから報じられる立場」にあるのは特異な点です。どのように対応すべきだと思いますか

会社員の方がもしその報道に対して納得できず、勝手に動いてしまえば、レギュレーション違反となります。

フリーの方であれば、この事態に素早く反応し、自らの発信をすることが出来る時代にはなりました。ただ独立するとすべてが自分に降りかかってくるんだという覚悟は必要です。

ーーSNSを駆使して、考えを発信しているように見える局アナもいます

おそらく、ほとんどが会社管理のものだと思うので、組織の範疇においての発信になります

●フリーになって「現場から評価してもらえないと仕事がない」

ーーフリーになってから給与や労働時間に変化は

フリーは働くのも、休むのも、仕事を選ぶのもすべて自己判断。現場から「また一緒に仕事をしたい」と思ってもらえなければ、次の仕事はありません。苦しく大変だけど、刺激的で楽しい。

会社員は年功序列という風土がまだ残っている部分もあり、なかなか評価・考課に差は生まれづらいという印象はあります。一方で、働けば働くほど、得られる対価が上がる可能性があるところにも、独立の魅力があります。

ただ、フリーになってわかったのは、得る分だけ、出ていくものが多い。会社が負担してくれていた経費など、本当に貴重でありがたいものだとわかりました。会社員時代に見えてなかったものが見えてきました。

●アナウンサーの今後は?

ーーこれから求められるアナウンサー像とは

退職するころ、アナウンス室長と意見が一致したのは、「アナウンサーです」と名乗ることで、仕事領域を絞ってしまう可能性があるということでした。

キャスターやナレーションは、アナウンサーじゃなくても良い時代になった。芸能人、女優、アイドルがその仕事をしています。今は、マルチに活動しながら、アナウンスメントもできますというアナウンサーであったほうがいいのかもしれません。

だから、もうアナウンサーという言葉はなくなってもいい時代になったのかもしれません。喋り手、表現者でいいかな。女性アナウンサーが、働く女性や母親という視点からコメンテーターをやってもいいじゃないですか。

アナウンサーになると、バランスを取ること、自分の意見よりも出演者の意見を優先させることが求められる。局アナ以外の方にMCの座が流れていく時代にどう生きていくか、自分の場所を確保するか…。自らの特徴を強く出さなければいけない時代になりました。アナウンサーの概念を変えていかないといけないと思います。

【プロフィール】田中 大貴(たなか だいき)。1980年兵庫県生まれ。慶応大の野球部に所属し、春の東京六大学リーグホームラン王を獲得。2003年、フジテレビ入社。「とくダネ!」や「すぽると」など情報番組、スポーツ番組などのリポーターや総合司会を担当。2018年、退社。スポーツアンカー、フリーアナとして活動。また、スポーツチーム・団体・企業とのビジネスコーディネーション、YouTube事業、メディア制作、CSR活動イベントの企画・運営にも取り組む。

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