最近、「尖閣有事の際に、米国は日本を助けに来ない」という主旨の報道が見受けられる。

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 筆者は、これは中国のプロパガンダが効果を上げている証左であろうと見ている。

 プロパガンダ(宣伝工作)とは、「直接または間接に発信者を利するために、受信者(個人・集団)の考え方や感情、態度、行動などに影響を与えることを目的とした情報発信である」と定義できる。

 プロパガンダは、通常は意図的に実行されるが、時には無意識で実行された行為が思わぬ人々に大きな影響を及ぼすことがある。

プロパガンダの詳細については拙稿「日本にかけている宣伝工作の絶大な効力」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52103を参照されたい)

 以下、初めに中国のプロパガンダと思われる事例について述べ、次に中国のプロパガンダの目的とその手法について述べ、最後に中国のプロパガンダに惑わされないために必要なコモンセンスについて述べる。

 本稿が、我が国のプロパガンダ対策の整備にわずかでも貢献できれば幸甚である。

1.中国のプロパガンダと思われる事例

 2020年5月19日、米国のシンクタンクである「戦略予算評価センター(CSBA)」のシニアフェローであるトシ・ヨシハラ(Toshi Yoshihara)氏は、「Dragon Against the Sun」(筆者訳:日本に敵意を向ける中国)というタイトルリポートを発表した。

 その中で、中国が4日以内に尖閣諸島を奪取するという“中国人が作成した”シナリオが紹介されている。

 シナリオは8つのフェーズで構成されているが、第5フェーズで「米国は安全保障条約の発動を拒否した。ワシントンはこの紛争を死活的利益でないと見ている」といった衝撃的な内容が記載されている。同シナリオの要約は次のとおりである。

中国の尖閣上陸シナリオの要約(筆者作成)

第1フェーズ:日本の侵略行為が危機を引き起した。尖閣諸島周辺の緊迫した対立の最中に、海上保安庁巡視船が、中国海警局の小型船に発砲し、日中の武力衝突が勃発した。このインシデントの後、北京と東京は尖閣諸島への上陸作戦を競った。

第2フェーズ:当時スールー海(フィリピンの南西部)にあった遼寧空母打撃群は、すぐに宮古海峡に向かって北上した。

第3フェーズ:東シナ海上空で航空戦が行われ、日本の「E-2C」と「F-15戦闘機は、中国の「J-20ステルス戦闘機によって撃墜された。

第4フェーズ人民解放軍は、日本の航空戦力の本拠地である那覇基地に対して巡航ミサイル攻撃と弾道ミサイル攻撃を行い那覇基地の機能を麻痺させた。中国は約24時間で制空権を獲得した。

第5フェーズ:米国は、安全保障条約の発動を拒否した。メディアへのリークは、ワシントンは、この紛争が死活的利益(vital interest)でないと見ていることを示唆している。

第6フェーズ人民解放軍の海上攻撃飛行隊は、尖閣に向かう水陸両用の攻撃部隊を護衛する日本の艦隊に対する航空阻止作戦を実施し、「こんごう型」護衛艦を含む2隻の駆逐艦を沈めるなど甚大な被害を与え、日本の上陸作戦を阻止した。

第7フェーズ:紛争のこの段階で米空軍の嘉手納基地に対する攻撃はなかった。これは、米国が紛争に介入しないことの見返りに、中国が嘉手納を攻撃しないことを約束したことを示唆している。

第8フェーズ:日本の潜水艦は、人民解放軍の対潜戦機によって次々と沈められ、日本は中国の上陸部隊を阻止することが出来なかった。戦争の開始から4日で、尖閣諸島人民解放軍に陥落した。

 同リポートが発表されると、米国の防衛戦略に大きな影響力を持つシンクタンクCSBAの上席研究員が執筆した、いわゆる権威あるリポートであることから様々なメディアがこのリポート、なかんずく「尖閣諸島を奪取するというシナリオ」を取り上げ報道した。

 例えば、6月9日には「米国は日本有事に何もしない? 中国が4日以内に尖閣諸島を奪還するシナリオ」と題する記事が報道された。

 続いて、6月13日には、「中国が4日以内に尖閣奪取・・・米シンクタンクが描くシナリオ、8フェーズ」と題する記事が報道された。

 そのほかにも同リポートに関する多くの記事が報道されているが、紙面の都合上割愛する。

 だが、驚くことは、上記の2つの記事を含む筆者が確認した記事のすべてが「尖閣諸島を奪取するというシナリオ」を作成したのが中国人(原文:Chinese analysts)であることに言及していない。

 そればかりか、米国の権威あるシンクタンクが作成したシナリオであるがごとく論評しており、完全に読者をミスリードしている。

 同様の事例が過去にもあったので紹介する。

 若干古くなるが2016年1月15日、米国の権威ある外交誌「フォーリン・ポリシー」(フォーリン・アフェアーズではない)に、尖閣諸島をめぐる日中衝突で「日本は5日間で敗北する」というシミュレーションが掲載された。

 ただし、シミュレーションシの詳細は公表されなかった。

 そのシミュレーションシは、国防総省に近いランド研究所が実施したとの触れ込みであったので、多くの日本人に大きな衝撃を与えた。

 後に分かったことであるが、これはランド研究所の公式シミュレーションではなく、記者とランド研究所の研究員との間で、東シナ海で考えられる可能性を短時間、議論しただけのものであった。

 外交誌の公表から12日後、米太平洋軍のハリー・ハリス司令官が講演で、尖閣防衛について「中国の攻撃を受ければ、米国は間違いなく日本を防衛する」と述べた(産経ニュース2016年2月10日)。

 この記者と研究員に自分たちが中国のプロパガンダに加担しているという認識があったのか、なかったのかは不明である。

2.中国のプロパガンダの目的と手法

(1)日本に対するプロパガンダの目的

「米国からすれば尖閣はどうでもよい無人島である。だから米国は米国人の血を流してまで日本を助けに来ない」

「また、日米安全保障条約(以下、日米安保条約)第5条が尖閣に適用されると米国が言うのは単なるリップサービスにすぎないと日本人に思い込ませる」

「そして、尖閣での対立・紛争を回避させる、あるいは可能ならば尖閣の領有権を諦めさせる」

 これが中国の日本に対するプロパガンダの目的であろう。

(2)米国に対するプロパガンダの目的

「米国にとって何の価値もない無人島にコミットし過ぎると、中国との紛争に巻き込まれる可能性があると米国人に思い込ませる。そして、米国が尖閣にコミットするのを阻止する」

 これが中国の米国に対するプロパガンダの目的であろう。

(3)プロパガンダの手法

 そして、中国はプロパガンダの目的に沿ったリポートなどを多数発表する。すると今回のように著名な米国人などがそのリポートを引用するかもしれない。

 そして、そのリポートを読んだ日本人の考え方に大きな影響を及ぼすことができるのかもしれない。これが中国のプロパガンダの手法である。

3.プロパガンダに惑わされないために

 プロパガンダに惑わされないためにはコモンセンスが必要である。コモンセンスとは、関連分野における正しい知識と正しい判断力のことである。

 筆者は、日米同盟は盤石であり、尖閣有事の際に米軍は手助けしてくれると確信しているが、日本人の中には、米国は本当に日本を守ってくれるのだろうかと不安に思っている人もいるであろう。

 日本人が不安に思っていることは中国のプロパガンダに対して脆弱なポイントとなる。

 日本人が不安に思っているであろうことを次に列挙し、それぞれについて筆者の私見をのべる。

①同盟はしょせん紙切れ一枚である。

 一般に、「同盟は所詮紙切れ一枚である」といわれる。これは、条約はいつでも反故にできるということを意味している。

 特に日本では旧ソ連が「日ソ中立条約」を一方的に破棄して満州に侵攻した事例があるため、そのように思う人が多いかもしれない。

 仲間(同盟国)の裏切りは致命傷となることがある。

 であるからして、日本にとってその動向を最も注意すべき国は、中国や北朝鮮以上に同盟国の米国であるかもしれない。

 そのため、在米国大使として大物外交官を派遣しているのである。

 かつて駐独大使であった大島浩大使の戦争末期(1945年)における「ドイツ有利である」との判断ミスは、日本の戦争指導を誤らせた。それほど大使の判断は重大なものである。

 ちなみに、中国の春秋戦国時代や日本の戦国時代では裏切りが頻繁に行われた。

 しかし、近代国家が成立以降、同盟関係にある一方が相手を裏切ったという事例を、上記した「日ソ中立条約」以外、筆者は寡聞にして知らない。

 近代国家成立に伴い国際社会が形成された。国家はその中で名誉ある地位を占めたいという願望を持つようになった。

 その願望が、同盟相手を裏切るという不名誉かつ卑怯な行為を抑制するようになったのではないか筆者は見ている。

 また、米国が日米安保条約に基づき日本を守ることは、国家間の約束を守る国として世界から信頼・信用を得ることになる。それは米国の利益でもある。

②米国は本当に日本を守ってくれるのか。

 同盟関係には「見捨てられる恐怖と戦争に巻き込まれる恐怖」というジレンマがある。

 見捨てられるリスクを下げるために同盟国との関係を強化すれば、 巻き込まれるリスクが増大する。

 巻き込まれるリスクを下げるために同盟国から独立した政策を採れば、 見捨てられるリスクが増大するというものである。

 日本は、この相克に悩みながら自国の安全保障政策を立案・遂行してきた。

 例えば、日本は冷戦後、安全保障環境の変化に対応して、日米安保条約に基づく日米安全保障体制を強化するために様々な施策を講じてきた。

 主要なものとして、テロ対策特措法、イラク特措法等の時限法を制定して、米軍等の多国籍軍を支援するために自衛隊を海外に派遣した。

 また、わが国周辺で活動する米軍を支援するため周辺事態法を制定するなど有事法制(事態対処法制)を整備した。

 そして、直近では、米国に対する武力攻撃が発生した場合に限定的な集団的自衛権の行使を容認する平和安全法制を整備した。

 その他、在日米軍駐留費負担、相互運用性及び日米の共同対処能力の向上のための共同訓練・演習の実施などがある。

 このように、日本は米国の信頼を得るために弛まぬ努力をしてきたのである。そして、現在の日米関係は極めて良好である。

 一方、米軍は無条件で日本の支援に駆け付けない。

 なぜなら、日米安保条約に基づく防衛協力の具体的なあり方を取り決めた「日米防衛協力のための指針(2015.4.27)」(いわゆるガイドライン)には、「自衛隊は、防勢作戦を主体的に実施する。米軍は、日本を防衛するため、自衛隊を支援し及び補完する」と定められているからである。

 自衛隊(日本)が主体的に戦わない限り、米軍(米国)が支援に来ることはないということを我々は肝に銘じておくべきである。

 付言するが、同盟の信頼性・実効性を高めるには様々な方法がある。

 これを段階的に言えば、第1段階は、日米同盟のように条約を締結する、第2段階は、米韓同盟のように連合軍司令部を設置し指揮系統を一元化する、最も実効性のある第3段階は、北大西洋同盟(NATO)のように、平時から軍団以上の司令部と部隊を多国籍軍編成とし、一部部隊を常設軍(地中海常設海軍部隊、AWACS部隊等)とし、さらに各国は特定の部隊をNATO指揮下に配属することである。

 このように、日米同盟が他の同盟に比べて低い段階にあることを知っておくべきである。

③米国が自国の兵士を犠牲にしてまで、無人の尖閣を守ろうとするのか。

 この問いかけの背後には2つの問題が潜んでいる。一つは日米安保条約の片務性であり、もう一つは米軍にとっての尖閣の価値である。

 まず、日米安保条約の片務性であるが、日米安保条約では、米国と日本は、それぞれ「対日防衛義務」と「施設・区域の提供義務」を負い、その意味で双務的になっているが、「命を懸ける義務」と「命を懸けない義務」の交換であるので片務性または不公平な条約であるともいえる。

 つまり、米国は日本に対して「命を懸ける義務」を負っているに対して、日本は米国に対して「命を懸ける義務」を負っていないのである。

 昨年の夏頃、ドナルド・トランプ大統領が「日米安保条約は不公平であるので見直しが必要だ」などの発言が大きな波紋を呼んだことは記憶に新しい。

 2015年に日本は米国に対する武力攻撃が発生した場合に限定的な集団的自衛権の行使を容認する平和安全法制を整備した。

 しかし、ある意味中途半端である。

 たとえるならば、「風上にある隣の家が火災になったときは消火に当たるが、風下にあった場合は消火に当たらない」というものである。

 早急に現行の日米安保条約を相互防衛条約へ改定すべきである。

 次に、米軍にとっての尖閣の価値であるが、尖閣が米国(米軍)にとって価値あるものであるならば、日本の要請がなくても米軍は援護に駆け付けるであろう。

 在沖縄米軍は、1950年代から、久場島および大正島に射爆撃場を設置し、沖縄返還交渉の際の日米両国政府間の了解に従い、沖縄返還後も日米地位協定第2条1(a)に規定する施設・区域として引き続いて米軍提供施設となっている。

 また、尖閣諸島には現在も在日米海軍の訓練区域が残っているが、1979年以降は使用されていない。

 そこで、政府は、尖閣を米軍の射場として使用させるのである。政府には是非知恵を絞ってこれを実現させてもらいたい。

④米国が、日本に軍隊を派遣するには米議会の承認が必要である。議会の承認は難しいのではないか。

 米国の「戦争権限法」では、大統領が外国への軍隊派遣を決定するときは事前に議会と協議すること、軍の投入後 48時間以内に書面で議会に報告を行なうこと、議会が承認しない場合は60日(必要がある場合は 90日まで延長可)以内に軍事行動を停止することなどが定められている。

 しかし、現実には議会は大統領の要請を積極的に拒否したことはない。

 そもそも議会は、個々の議員が大統領側の行動を批判することはあっても、議会として何らかの法的拘束力のある決議を可決するなどの対抗措置を取ることは極めて稀であるとされる。

 そして、大統領が議会の承認なしで軍隊を投入した場合でも軍事作戦が成功裏に進めば不問に付し、行き詰まったときにはこれを糾弾したり、戦費の支出に対して制約をかけたりといった事後的な対応になりやすいとされる(出典:国立国会図書館外交防衛課栗田真広著「米国における軍隊投入の権限」)。

 また、幸いにも、米国は日本を信頼できる友邦国であると見ている。

 外務省2020年3月に発表した米国における対日世論調査では、米国人の一般人の85%・有識者の89%が「日本を信頼できる友邦国である」と認識しているという結果であった。

 以上のことから、大統領が日本への派遣を決断しさえすれば、議会の承認は得られるであろう。

 ちなみに、日本でも、内閣総理大臣は防衛出動を命じるに当たっては、国会の承認を得なければならない。

 不承認の議決があったときは、内閣総理大臣は、防衛出動を命じた自衛隊に、直ちに撤収を命じなければならないとなっている。

 このように、民主国家においては、例外なく軍隊の派遣については議会の承認が必要となっている。

⑤米国はニューヨークを犠牲にして東京を守るのか。

 これは、米国が中国からの核攻撃を恐れ、同盟国である日本に対する防衛を躊躇するという意味である。

 日本が米国の核の傘を信じられなければ、日本の「独自核武装」しかない。筆者は、尖閣有事は通常戦力による局地戦にとどまると見ている。

⑥米側が、「尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用範囲である」というのはリップサービスにすぎない。

 11月12日菅義偉総理大臣は、ジョー・バイデン次期米国大統領と電話会談を行い、日米同盟の強化で一致し、沖縄県尖閣諸島が米国による防衛義務を定めた安全保障条約第5条の適用範囲であることを確認した。

 リップサービスとは「言うだけ言って行動しない」という意味である。

 次期米国大統領の発言は非常に重い。

大統領選の当確が出た段階でのバイデン氏の言明は異例の早さとなる。政権交代しても中国への圧力を緩めないとの国際社会へのメッセージとなった(日本経済新聞2020/11/12)」というのが正当な評価であろう。

おわりに

 国際社会では国益の対立を背景としてプロパガンダ戦が目に見える形、あるいは目に見えない形で熾烈に繰り返されている。

 そうしたプロパガンダ戦略に乗せられない人間になるにはどうすればよいか。

 それには、メディアが提供する膨大な情報の中から虚偽、誇大な情報を峻別するスキル(情報の出どころを確認する、複数の情報を見比べる、本当なのかと常に疑ってかかるなど)と、プロパガンダに惑わされないために関連分野に関するコモンセンスを身に着けることである。

 最後に、中国を含め諸外国のプロパガンダ(宣伝工作)は、いわゆる諜報機関によって実行されている。

 ところが日本には諜報活動を実施する根拠法律が制定されておらずかつ専門機関が設置されていないことからこのような活動は行われていない。

 そればかりか、相手国のプロパガンダ活動に対して国民に警鐘を鳴らす政府機関が存在していない。

 政府は、早期に宣伝工作専門機関を設置し、専門要員を育成する必要がある。

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