森山未來主演の映画「アンダードッグ」が11月27日より公開中。「百円の恋」(2014年)の監督・武正晴と脚本・足立紳ら、制作チームが6年ぶりに集結し、再びボクシングを題材に不屈の負け犬たち(アンダードッグ)たちに捧げる物語を作り上げた。「前編」「後編」が同日公開され、合わせると約4時間半に及ぶ超大作だ。

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森山は、一度つかみかけた日本チャンピオンの道から外れ、どん底に落ちながらもボクシングにしがみつく主人公・末永晃を演じる。

ライバルの一人、児童養護施設でのある出会いからボクシングに目覚めた大村龍太を演じるのは北村匠海。もう一人のライバル、大物俳優の二世タレントで、泣かず飛ばずの芸人ボクサー・宮木瞬を勝地涼が演じている。

いろんなものを背負った3人がそれぞれの思いをリングの上でぶつけ合う。今回、主演の森山と武監督に対談形式でインタビューを行い、作品に込めた思いなどを語ってもらった。

――臨場感のあるボクシングシーンが印象的でしたが、役作りはかなり時間をかけられたようですね。

森山:今回はプロボクサー役だったので。

武監督:しかも新人とかじゃなくてベテランのボクサーだからね。元日本ランカー1位という。

森山:どこまで説得力を持たせられたか分からないですけど、気概は確かにあったかもしれないです。

これまでボクシングはおろか格闘技そのものをやったことがなかったので、できるだけ早めに始めようと思って、ボクシング指導担当の松浦(慎一郎)さんにも早めに関わっていただいて、基礎的なところから、映画的な見せ方からいろいろ教えてもらって、あとはボクシング関連の映画とかを紹介してもらったので、とにかく見ていった感じでした。

武監督:そういう準備期間が必要だったので、今回はスタッフよりも俳優の方がかなり先行して準備していました。

――以前にもボクシングを題材にされていましたが。

武監督:もともと映画とスポーツって相性が良くないんです。僕はできるだけ題材としてスポーツを選びたくないんですよ。

森山:そうなんですね。

武監督:それは“本当”にできないから。スポーツ以外のことだと、演技で“本当の世界”に持っていくこともできるんですけど、“実際にやらないでやってるように見せる”っていうのはギミックだからできるだけ避けたいんです。

でも、その中でどうやったら本物に見えてくるかというチャレンジは面白いと思います。そういう理由で、スポーツっていうのはあまり選ばない。

森山:なるほど。

武監督:でも、それでうまくいった時は傑作になるから、ボクシングを題材にした名作も残ってるんです。ボクシング映画自体はたくさんあるんですけど、怖い題材の一つなんです。

森山:うんうん。

武監督:ただ試合を見せちゃうだけだとダメなんです。ボクシングを知らない人が映画を見るわけで、ボクシングが好きな人はボクシングを見る。ボクシングを知らない人にどう見せるかというのも一つのテーマですね。

今日(11月2日に「第33回東京国際映画祭」のオープニング作品として上映され、森山と勝地、武監督が登壇)、すごくたくさん女性の方が来てくださっていましたが、そういう方たちが見たときにちゃんと伝わるように。

――森山さんから見た“末永晃”はどういう人物ですか?

森山:元日本ランカー1位ですけど、タイトルマッチの試合でダウンしてしまったことによって、ボクシング人生も実生活もうまくいかなくなって。そこからもう一度立ち上がりたい、もう一度向き合いたいって思ってるんだけど、それは彼自身だけの問題じゃなくて、いろんな、悪い意味でスパイラルというか、つながりが重なって、なかなか向き合えないまま何年もたってしまっていて、気が付いたらロートルボクサーになっているんですよね。

35、36歳。チャンピオンだったらまだやれる年齢ですけど、そうじゃなければ現役引退しなきゃいけないぐらいの年齢。それぐらいまで引きずってしまってるわけです。

――監督としては、スポーツが難しいということですが、見せ方としてこだわった部分は?

武監督:末永はリングの上で一番輝くんですよ。だから非常に冷たく暗いトーン、普段は撮らないような色調で、冬の冷たさというのもありますけど、そういう色調で日常を撮っています。彼らがボクサーというのもありますけど、リング上で浴びるライト、あれはうらやましいなぁって。

森山:ハハハハ。

武監督:あそこに行けて、熱さを感じるのがうらやましいなと思うんです。なので、見る人にもリングの上の熱さと明るさをうらやましいと思わせたい。そこに立てる人は少なくて、さらにそこでいい思いをする人はもっと少ないわけです。

最初に俯瞰で見せた時に、後楽園ホールのマットの上の血の痕を感じてほしかった。リングの下からだとマットの血は見えないから俯瞰で。あと、観客の無責任な感じ。人間の歴史の暴力性における残酷さみたいなものを。

森山:軍鶏(シャモ)を闘わせてるのを見るのと同じですからね。

武監督:そう。だから、ボクシングっていうスポーツが人間の古い歴史の残酷さを表現していて、“あそこに上がるしかない”、“ここでしか勝負できないんだ”っていう一攫千金を求めてリングに上がっていく。

それが世界中あるっていうことは、世界中に苦しみがあるっていうことなんです。ボクシングの世界では“勝った奴には何もやるな”っていうのがあって、それぐらい負けたら何もない。勝った奴が全部持っていくんです。あのリングの上の明かりというのを、この映画では大切にしています。後楽園ホールで撮影できたこともよかったなって思いますね。

――後楽園ホールはボクシングなど格闘技において聖地みたいな場所ですし。

武監督:その聖地っていうのが一番残酷だったりするんです。リングに上がるまでのボクサーの日常を描きたかったんですよ。試合はもうね、サービス(笑)。リングに向かう花道とか、リングに上がった瞬間っていうのが実は一番のクライマックスなんです。でも、それだと見ているお客さんはお金を払って帰れないから、残酷な試合を見ていただけませんか?って。

■森山「このくすぶりを観客の皆さんはどこまで我慢してくれるんだろう?って」

――出来上がったものを見た感想は?

森山:監督が仰ったようにボクサーの日常ではありますけど、ボクサーの日常と言うにはあまりにも暗澹(あんたん)たる生活というか(笑)。ボクシングもやり切れてないような生活ですからね。これが例えば、勝地の演じる宮木とか、匠海くん演じる龍太とかだと、人生の機微が見やすいんですが。

主人公ではありますけど、末永晃という人物のトーンっていうか、ちっちゃく頑張ろうと思ったり、ちっちゃく落ち込んだり、その感情の機微はできるだけ表に出さず、ボクシングで感情をなんとか発しようと思うけど、そこはたたき潰されて(笑)。

このくすぶりを観客の皆さんはどこまで我慢してくれるんだろう?っていうのは、最初見た時、素直に思いました(笑)。主人公の目線で見るわけですから、我慢を強いるものだなぁって。

武監督:女性に受けがいいのはどういう理由なのかな?

森山:“後半になってくると晃が愛おしく見えてくる”って言われましたよ。

武監督:母性本能をくすぐるのかな?

森山:そっちですよね。ヒモ的な(笑)。

武監督:あまりにもダメダメなので、そんなところが(笑)。

森山:いたたまれない感じがします。

武監督:映画を見てもらえれば分かるんですけど、晃の親父もダメなんです。

森山:ハハハハ。

武監督:親父は奥さんが亡くなって、ちょっと嫌になっちゃったんでしょうね。

森山:アキラめ(笑)。

武監督:そうそう、もう一人のアキラ(末永晃の父親・作郎役の柄本明)。

――男性目線と女性目線と違う印象があるかもしれない作品ですね。

森山:そうですね。晃は落ちぶれてしまって、そこから少しずつ少しずつさらに落ちぶれていくんですけど、「なんで落ちぶれてしまったのか」ということに関しては晃自体にはそんなに非があるわけではないんです。本人が何かやってしまって谷底に突き落とされたとか、分かりやすい原因があったわけではなく、何かちっちゃなチョイスを間違えたとか、ボクシングに勝てないとか、「えぇ〜…」って感じで落ちていくので、見ていてツラかったです(笑)。

武監督:「こいつ、まだまだ何か出すつもりだ」って、本性を出すところがあるんですけど、全部は出してないんです。ちょっと見せてる感じなので、晃をのぞき見してる感覚。

森山:渋い(笑)。

武監督:晃がのぞきをしているのを防犯カメラでバレてたのが分かるシーンがあって、本人は「そんなわけないだろ!!」ってうろたえるんですが、われわれも防犯カメラを通して、晃が時々ちょっと変なことをするのを見ている。それが映画なんですね。

なので、見てる側は「早くボクシングをやらせないと何するか分からないぞ!」って気持ちになるんです。それを言ったら、われわれの世界と一緒なんです。映画を作ってるとか、俳優をやってるとか。

森山:うん。それをやってなかったらただの社会不適合者ですから。

武監督:だから晃に気持ちが乗ったり、アンダードッグの話は意外と俳優の話だったり、映画の話だったり。

森山:リングの上というか、ステージ上でしか自分の存在意義を示せない、確認できない。

武監督:家にいる時は何をしてるか分からない。謎めいてるでしょう。

森山:それはあるかもしれないですね。

――最後に、あらためてこの作品の見どころと読者へのメッセージをお願いします。

森山:ボクシング映画で、ボクシングという題材を使ってはいるけれど、人っていうのが「もうええ加減、向き合わなあかん」っていうタイミングとか、どうやっても立ち上がれない困難なタイミングっていうのは必ずあると思うんです。

そこを見つけることも、見つけたきっかけをつかむことも容易なことではないけれども、それを“つかまなきゃ”って思わせる、そういう背中を押す映画になってると思います。勝った、負けたっていう明確な映画ではないけれど、勝ち負けではない、その先に何かある映画だと思うので触れてもらいたいなと思います。

武監督:俳優たちの全身全霊をどうか劇場で浴びて頂けたらと。僕はこの映画に力をもらえました。どうか皆さまにも届けば幸せです。よろしくお願いいたします。

◆取材・文・撮影=田中隆信

映画「アンダードッグ」で主演を務める森山未來(左)と監督・武正晴(右)にインタビューを行った/ヘアメーク:須賀元子/スタイリング : 杉山まゆみ