中国の宇宙開発はめざましい進展を遂げている。

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 例えば、2020年6月23日には中国版GPSである「北斗」衛星測位システムを完成させ、11月24日には無人月面探査機「嫦娥(じょうが)5号」を搭載した大型ロケット長征5号を打ち上げ、月の石や土を地球に持ち帰る「サンプルリターン」に挑んでいる。

 もしもこの試みが成功すれば、米国と旧ソ連に続いて3カ国目、44年ぶりの快挙となる。

 この嫦娥5号のプロジェクトは、将来の有人月面探査、月面基地(月の南極に中国人民解放軍(=解放軍)が関与する軍事基地の可能性がある)の建設につながるであろう。

 また、米国の宇宙ステーションは2024年にその任務を終えるが、中国は2022年を目標に宇宙ステーションの打ち上げを計画し、着々と実績を積み上げている。

 その結果、2025年以降は中国のみが宇宙ステーションを保有する可能性が高い状況だ。

 以上のような中国の野心的な宇宙開発の背景には、拙著「自衛隊は中国人民解放軍に敗北する!?」で指摘したように、習近平国家主席の「宇宙強国の夢」と宇宙の支配権である「制宙権」を確保しようという野望がある。

中国の「宇宙強国の夢」と背景にある「制宙権」をめぐる争い

 中国は、毛沢東の時代から「両弾一星」を国家にとって不可欠な戦略的技術として重視してきた。

「両弾」とは核爆弾と誘導弾(ミサイル)のことで、「一星」とは人工衛星のことだ。

 多くの中国人民が餓死するような厳しい時代においても開発を継続してきたのが「両弾一星」だ。習近平国家主席は、毛沢東の路線を踏襲して、宇宙開発を重視している。

 習近平主席は多くの夢を語っている。例えば、「中華民族の偉大なる復興」「海洋強国の夢」「航空強国の夢」「技術強国の夢」、そして「宇宙強国の夢」である。

 多くの夢のなかでも「両弾一星」につながる「宇宙強国の夢」は優先度の高い夢であり、中国の宇宙白書『2016中国的航天(2016年の中国の宇宙開発)』は2030年にそれを達成すると宣言している。

「宇宙を制する者が世界を制する」「宇宙を制する者が現代戦を制する」という格言がある。

 宇宙開発における三大国家である米中露は、現代戦における宇宙の重要性を深く認識していて、宇宙を「戦闘領域」と見なしている。

 そして、米中露は、宇宙の軍事的支配を意味する「制宙権」をめぐる熾烈な争いを展開しているが、我が国には「制宙権」という概念を知る者はほとんどいない。

 一方、中国は「制宙権」を確保した宇宙強国を目指し、急速な宇宙能力向上を目指している。

 仮に米中間に紛争が起こった場合、中国は米国の人工衛星などに対する先制攻撃を行う公算が大きい。宇宙戦においては先手必勝で、先に相手の衛星などを破壊した国の勝ちだ。

 中国は、まともに米軍と戦ったら負けると思っている。

 そこで米軍の弱点を探し、その弱点を衝く作戦を採用している。米軍の弱点は、人工衛星とそれを支える衛星関係インフラの脆弱性だ。

 万が一、米国の衛星が破壊されるか機能低下に陥れば、米軍は致命的な打撃を受ける。例えば、通信衛星や偵察衛星が破壊されれば、作戦の中枢機能であるC4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)が機能しない状態になる。

 また、GPS衛星が破壊されると、GPSを活用する兵器(弾道ミサイル、艦艇、航空機など)は自己位置情報が使えなくなり、射撃精度に決定的な悪影響を受ける。

 つまり、解放軍の狙いとする「米軍を盲目にし、無力にする」ことが可能になるのだ。

中国の宇宙開発は解放軍主導

 中国の宇宙開発体制は、共産党の指導の下に、軍事、政治、国防産業、商業の各部門からなる複雑な構造になっている。

 しかし、解放軍は、歴史的に中国の宇宙計画を管理していて、宇宙を舞台としたISR(情報、監視、偵察)、衛星通信、衛星航法、有人宇宙飛行、無人宇宙探査における中核になっている。

図1「中国の宇宙開発体制」

 衛星の打ち上げなどの実務面を担当しているのは解放軍(有人宇宙計画は装備発展部、無人宇宙計画は戦略支援部隊)だ。

 つまり、中国の宇宙開発は、一部の民生分野や科学研究を除き、ほとんどが軍の統制下にある。この点が宇宙開発自衛隊がほとんど参画していない日本との大きな違いである。

 中国の宇宙開発と宇宙戦でぜひ知っておいてもらいたい組織がある。解放軍の「戦略支援部隊」と、その指揮下にある「宇宙システム部」だ。

 2015年の年末から2020年末を目途に解放軍の大きな改革が進行中で、この改革により戦略支援部隊が誕生した。

 戦略支援部隊は、情報戦、宇宙戦、サイバー戦、電子戦を担当する世界でも類を見ない部隊で、解放軍が現代戦を遂行する際に不可欠な部隊だ。

 そして、中国の宇宙開発には解放軍が深く関与しているが、その主役が戦略支援部隊である。

 戦略支援部隊は、宇宙戦を担当し宇宙関連部隊を指揮する「宇宙システム部」と情報戦を担当しサイバー部隊を指揮する「ネットワークシステム部」という、2つの同格の半独立部門を指揮下におく(図1参照)。

「宇宙システム部」は、衛星打ち上げ(作戦上即応性の高い移動式の発射装置の打ち上げを含む)、宇宙遠隔計測(テレメトリ)・追跡・制御、戦略情報支援、対宇宙(英語では「カウンター・スペース」と表現され、敵の衛星などの破壊や機能妨害を意味する)など、解放軍の宇宙作戦のほぼすべての機能を統制している。

 宇宙システム部が中国宇宙開発の現場における主役だ。

 解放軍以外の宇宙開発関連の機関としては、国務院(日本の内閣に相当)の工業・情報化部に所属する「国防科技工業局(SASTIND)」が非常に重要な組織だ(図1参照)。

 国防科技工業局は、①中国の宇宙計画の策定・実施、②宇宙関連機関・企業の管理・監督、③宇宙研究開発費の割り当てなど、中国の宇宙活動の調整・管理、④軍事調達を監督する解放軍組織との実務的関係の維持、⑤中国の宇宙活動を行う国有企業の政策的指導を担当している*1

*1=Defense Intelligence Agency,“Challenges to Security in Space”

 そして、国防科技工業局は解放軍の指導を受ける立場にあるとされている。

 また、中国国家航天局(CNSA)は国防科技工業局の管理下で、中国の民間宇宙開発の公の顔として、世界各国との関係を強化している。例えば、CNSAは今回の嫦娥5号のミッションなどをホームページで紹介している。

 そして、ロケット人工衛星、宇宙船などを開発・製造しているのは中国航天科技集団公司と中国航天科工集団公司という2つの巨大企業だ。

中国の宇宙戦

中国は米国の宇宙への依存を最大の弱点だと見なしている

 中国の戦略家は、「米国が軍事作戦の際に、衛星に依存しすぎていて、これらを『機能低下させるか破壊する』と脅すことは、米国を屈服させるのに効果的だ。

 必要に応じて、宇宙の先制攻撃を実施することが必要」と考えている。つまり、相手の衛星などを攻撃するシステムは、「国家レベルで米国を抑止し、抑止が失敗した場合は攻撃を行い目的を達成する」ことを意図している。

 中国軍事科学アカデミーの『軍事戦略』(2013年版)は、敵が宇宙での衝突を意識的にエスカレートするのを防ぐために、警告と懲罰を伴う限定的な宇宙作戦を行うことを推奨している。

 また、「宇宙システムは『攻撃が容易で防御が困難』なものであり、『敵の宇宙システムの重要な結節点(ノード)』はとくに価値のある攻撃目標になる。また、作戦遂行のための指揮統制システムは重要な攻撃目標であり、宇宙情報システムは最重要なターゲットである」と主張している。

 中国の宇宙攻撃能力の開発は、米国の防御能力を上回っている。

 中国は、対宇宙兵器を開発し、テストし運用しているが、米国がこれらの脅威から宇宙システムを防護する努力よりも速いペースで行っている。

 中国は、宇宙とサイバー空間を「支配するドメイン(領域)。敵を拒否するドメイン」と見なし、商業的な民間の資産を含む宇宙ベースの資産に対するサイバー攻撃電磁波攻撃を平素から行い、とくにそれを紛争初期に行う可能性が高い。

主要な宇宙における攻撃能力

 中国は10年以上にわたって、対衛星(ASAT)ミサイル、サイバー攻撃電磁波攻撃、および同一軌道宇宙攻撃兵器の開発に多額の投資を行い、これらのシステムの信頼性を向上してきた。

 中国に限らず、宇宙先進諸国の宇宙における攻撃能力(対宇宙能力)は図2の通りだ。

図2「宇宙における脅威」

●指向性エネルギー兵器(DEW:Directed Energy Weapons)は、敵の装備や施設を破壊、損傷、破壊するために指向性エネルギーを使用する。

 これらの兵器には、レーザー兵器、高出力マイクロ波兵器(電子レンジと同じ原理を使う。高出力マイクロ波を照射し、目標のアンテナなどから侵入させ、電子機器を焼いて故障させ、破壊する兵器)および高周波ジャマー兵器(1~300MHzの高周波を使った電波妨害装置)などがある。

 DEWによる攻撃は、電磁波を使う攻撃であり、デブリを発生しにくいので、攻撃を探知することが難しい特色がある。

 パトリック・シャナハン米国防長官(当時)は、「解放軍は2020年までに低軌道(LEO)衛星を標的とする地上ベースのレーザーシステムを配備する可能性が高い」と証言している。

●キネティックエネルギー兵器:ASATミサイルは、固定式または移動式の発射システム、ミサイルから構成され、標的である衛星を破壊するように設計されている。これらの兵器は航空機から発射することもできる。

「体当たり破壊兵器」は、搭載されたシーカー(目標捜索装置)を使用して標的衛星を捕捉し、体当たり攻撃を実施する。

 中国は2007年における衛星撃墜(ASATミサイルを使い、機能不全の気象衛星を破壊し、それが大量の危険な宇宙ゴミを生み出した)以来、衛星を撃墜していない。

 しかし、ほぼ毎年、キネティック(物理的)な宇宙攻撃システムのテストを続けている。そのテストは時に宇宙を通過するミッドコース(中間軌道)における弾道ミサイルの迎撃テストの形をとっている。

 米空軍宇宙コマンド司令官(当時)のジョン・レイモンド大将は2015年、「中国の衛星攻撃兵器(ASAT)研究への投資は、すべての軌道のすべての衛星に脅威を与える可能性がある」と述べている。

 さらに米国の国立航空宇宙情報センターは、「中国の戦略支援部隊は、低軌道目標を打撃することができるASAT兵器で訓練を実施した」と証言している。

サイバー攻撃:多くの宇宙活動はサイバー空間に依存し、その逆もまた同様だ。

 衛星による指揮・統制(C2)およびデータ配信ネットワークに関する高度な知識を有するサイバー関係者は、攻撃的なサイバー戦を使い、宇宙システム、関連する地上インフラ、それらのユーザーおよびそれらを接続するリンクに対して影響を与えることができる。

 解放軍は、「ソフト」なサイバー攻撃も行う。

 キネティックな打撃よりもエスカレートする可能性が少ないため、とくに攻撃された側が何が起こったのかすぐに判断できないか、報復する意思を持たせないため、「ソフト」なサイバー攻撃がより魅力的になる。

 中国は、2007年以来少なくとも4回、米国の宇宙システムに対するサイバー攻撃を実施したかその関与が疑われている。

●電子戦(EW)兵器:EWは、妨害およびスプーフィング(誤った情報を含む、偽の信号を受信者に送信すること)技術を使用して、電磁波領域(電磁スペクトラム)を制御することだ。

 アップリンク妨害は衛星に向けられ、衛星受信エリアの全ユーザに対するサービスを損なう。ダウンリンク妨害は、地上ユーザ(例えば、衛星ナビゲーションを使用して自己位置を決定する地上部隊)に向けられるため、局所的な影響がある。

●同一軌道上での攻撃兵器:同一軌道にある衛星などは、相手の宇宙船を故障させるか破壊することができる兵器となる。

 これらの衛星は、高出力マイクロ波兵器、高周波ジャマー、レーザー、相手の衛星に衝突し破壊する「体当たり破壊兵器」、相手の衛星を破壊するロボットアームなどを搭載している(図2参照)。

 これらのシステムの中には、衛星の整備や修理、デブリ除去のためのロボット技術のように、平和的に利用できるものもあるが、軍事目的にも利用できる。

 解放軍が中国の宇宙計画に深く関与していることを考えると、軍民両用の機能を備えたプラットフォームが必要に応じて攻撃目的に使用される可能性はある。

 たとえば、宇宙デブリ除去実験衛星と呼ばれている「遊龍1」には、他の衛星をつかむためのロボットアームがあり、兵器にすることも容易だ。

 一部のアナリストは、中国の衛星「SJ-17」(新しい推進技術、監視技術、太陽パネル技術に関する試験衛星)の静止軌道における同一軌道攻撃にとくに懸念を抱いている。

 それによると、SJ-17は静止軌道を通過しており、その動きは軌道を変更する能力を含む、かなりの機動性がある攻撃兵器としても使えることを示唆している。

 一方で、これらの機能は、有害な宇宙デブリの除去や衛星の修復などの平和的目的にも使用できる。

おわりに

 以上記述してきたように、中国の宇宙開発計画は「制宙権」の確保を目指して、めざましい進展を遂げている。

 これに対して、日本は、宇宙の民間利用の分野では世界の一流国家の仲間入りをしているが、宇宙戦の分野では米中露に比して大きく出遅れている。

 これは日本には「制宙権」の確保という発想がないからである。

 そのために、宇宙の軍事利用に関して我が国は中国に比して遅れ、日中の宇宙戦の能力を比較すると、明らかに解放軍を中心とする国家ぐるみの体制を構築している中国側が優勢だ。

 もっと安全保障の観点から宇宙開発を見直す必要があるのではないだろうか。

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