10月下旬、野球強豪校の東海大学硬式野球部で大麻の所持・使用が発覚し、無期限の活動停止となった。

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「大麻取締法」に違反した行動は、法令に則って厳しく対処するのが法治国家の原点である。なお、取締りの対象は大麻草の葉と花穂の所持・使用および大麻草の栽培(葉・花穂を有するため)である。

 大学生という「甘え」や同僚・同室という「慢心」と、名門という「驕り」などがあったのではないだろうか。

 大学のスポーツ選手ばかりではない。近年は芸能人、医者、高校生、中には中学生もいるなど、20代未満が5倍に上がっている。平成25年の摘発約1500人から29年には3008人と毎年約400人増えている。

 他方で、時代の要請や国民感情から乖離した雁字搦めの法令は、害のみで利をもたらさない。法令といえども時代の産物であり、制定の状況や時代の推移で改変が求められる。

 そこで、違反者の厳罰と共に大麻の活用を提唱するが、反社会的と一蹴しないで検討すべきテーマとして受け取ってほしい。

 大麻取締法は占領軍の意図のもとに制定された。

 占領者は「絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重」しなければならないと定めたハーグ条約に違反するもので、憲法と同じく牽強付会の法令でしかなかった。

「産経抄」(「産経新聞」2020.11.4)は、日本で「大麻擁護論が根強い」のは、海外で解禁の動きが見られる影響だろうという。

 それも一因ではあろうが、海外では40%超の生涯経験率であるのに対し、日本は1%余りでしかないことからも分かるように、日本の大麻草は嗜好性向きでないことがより大きい。

 日本は古来、大麻を神事や日常生活に欠かせない常用品として利用してきたが、米本国の大麻禁止に準じて、GHQ(連合国軍最高司令部)が権力を笠に着て実情を把握することもなく一方的に禁止したものである。

 元来、日本人には大麻を嗜好品とみる意識はない。

 ただ人間の心理で、禁止すればかえって「関心」「興味」「好奇心」をそそられることが大きい。

 1%余の生涯経験率のために、産業や医療活用で数十兆円、また金銭に換算できないSDGs(持続可能な社会)への多大な寄与が見込まれる大麻を取締り、有用活用しない方が問題である。

 ここは、根本に返って、大麻取締法の見直しが必要ではないだろうか。

大学で次々に発覚する大麻の所持・使用

 大麻の使用を認めた東海大学の野球部員たちは、大学当局の聴取に対し「興味本位だった」と説明した。

 10月初めには近畿大学サッカー部員の大麻使用が明らかになり、「新型コロナウイルスで暇になり、興味本位でやった」と告白した。また年初には日本大学ラグビー部員が「興味本位で始め、深みにはまった」と述べていた。

 大麻を所持・使用するのは、興味や暇からである。

「興味」(や「関心」「好奇心」)は人間の成長につながり、行動の原点でもある。他方の「暇」はやるべきことを見いだせず無聊に過ごす処に発生する。

 人間の本性として、禁じられたり制限されたりすれば「関心」「興味」が一段と増すと言われる。心理学者の研究テーマでもあろうし、作家らが好んで描く人間心理の一面でもある。

 メンタル・カウンセラーの根本裕幸氏が公開しているブログで「禁止の心理。タブーの心理」をみると、冒頭部分に次のようなことが書かれている。

《「禁止されると欲しくなる」という心理があります。「見ちゃダメ、と言われると見たくなる」「しちゃダメ、と言われるとしたくなる」という心の動きです。「脳にNOはない」って言われるんですけど、私たちの頭の中では「No」「Not」が理解できないみたいなんですね。だから、「見ちゃダメ」→「見なさい」、「しちゃダメ」→「しなさい」という風に聞こえてしまうようなんです》

 大麻についても、禁止されたゆえの「興味」で「吸ってみたい」となる心理が働いていることを、摘発された大学生たちの発言は示していると言えないだろうか。

酒や煙草の密造は?

 筆者はコメ(水稲)を主要産物とする農家に育ったが、農閑期を活用する副産物は時代とともに養蚕、煙草、ミカンと変遷していった。

 小学生時代は養蚕で、学校から帰ると桑の葉摘みを手伝い、蚕から繭ができ絹糸に仕上がる過程をとくと観察した。

 蚕に葉を与えるとすぐに「サクサク サクサク」という音が納屋中に広がり、しばらくして覗くと、筋以外の柔らかい葉肉はなくなっていた。蚕の旺盛な食欲に脱帽したものである。

 中学から高校時代はたばこ栽培であった。

 茂ったたばこ葉を摘み、ボイラーで温度調節しながら1週間くらい掛けて乾燥する。この乾燥は製品の出来具合(品質)に直結するので、神経を使うし、根性のいる仕事であった。実家ではこの段階で失敗することが多く、苦い思い出しか残らなかった。

 それでも出荷のために乾燥したたばこ葉を伸ばし、決まった高さに束ねる作業では、周辺に得も言われぬ香りを漂わせた。

 たばこ好きであった父であるが、手元の乾燥たばこ葉を「葉巻き」や巻煙草として吸うことはなかった。いつも商品を買ってキセルに詰めて喫煙していた。

 自分の家だけでなく、耕作している近隣においてもほとんど聞いたことはなかったし、新聞が違反者を報道することもなかった。

 同様にコメからは酒ができる。戦後のどん底時代には密造酒が出回ったこともあるが、生活が安定して以降はほとんど聞かれなくなった。

 近代国家は税制度が確立し、密造酒や違反たばこ業者には厳罰が掛けられる。

 このこともあって、手の届く目の前に材料があっても、仕事としてコメやたばこ葉を捌くだけで嗜好心としての「興味」や「関心」はなく、また厳罰を受けてまでも密造しようという気持ちはさらさら沸かないようであった。

 戦前までは日本各地で大麻が生産されていた。

 特に北海道では明治政府が屯田兵に亜麻と大麻草を植えさせ、軍服やロープの原料生産を推進したことから25万ヘクタール東京都の面積22万haより大)も栽培されていたが、これらが嗜好品として蔓延することはなかった。

禁止されているのは何か

 以下は赤星栄志著『ヘンプ読本 麻でエコ生活のススメ』や船井幸雄著『悪法!! 「大麻取締法」の真実』を主として参照する。以下、「ヘンプ」とは植物としての大麻草、「麻」とはヘンプの他に亜麻や苧麻などを含む一般名称である。

 大麻草には茎の形態から大別して日本種(カンナビス・サティバ・エル)とインド大麻(カンナビス・サティバ・インディカ)があり、マリファナ効果(向精神作用)を有するTHC(テトラヒドロカンナビノール)と、THCの作用を打ち消す働きがあるCBD(カンナビジオール)の2つの化合物の割合から、薬用型(THC > CBD)、中間型(THC = CBD)、繊維型(THC

 日本種は繊維型の大麻で吸飲・吸食する風習はなかった。

 従って、大麻草の法規制が初めて実施された1930年の「麻薬取締規則」ではインド大麻とその樹脂などを規制していただけで、大麻農家は全く規制されていなかったという事実を押さえておく必要がある。

 占領軍としてやって来たGHQ1945年10月12日一方的に日本政府に麻薬に関する覚書を発し、11月24日付ポツダム省令「麻薬原料植物の栽培、麻薬の製造、輸入及び輸出等禁止に関する件」によって、大麻草を麻薬原料植物と定義した上で、その栽培、製造、販売、輸出入を全面的に禁止した。

 当時の日本は繊維原料としてばかりでなく、漁網や下駄の鼻緒などの需要が多く、また皇室をはじめとして神事で欠かせない必需品であり、麻の栽培は不可欠であった。

 そこで、農林省(当時)は「大麻草は日本の主要作物である」として再三交渉した結果、禁令は解除され、1947年4月「大麻取締り規則」(厚生・農林省令第1号)が制定され、翌48年7月「(旧)麻薬取締法」とは別に「大麻取締法」として成立した。

 この法律で、都道県知事の免許で大麻草の栽培が可能となった。

 しかし、麻農家が収穫した大麻草を持ち出す際は、マリファナの原料となる「葉」と「花穂」を畑できれいに落とし、「茎」と「種子」の状態にしなければならない。

 以上から分かるように、禁止されているのは大麻草の葉と花穂であり、それからできる鎮痛剤や神経性難病薬などの医療利用とマリファナなどの嗜好品である。

 葉と花穂の所持・使用を禁止するために、葉と花穂をもつ大麻草の「栽培」も禁止するという、言うなれば「風が吹けば桶屋が儲かる」式の発想で、しかも、毎年知事の許可を得る必要がある面倒さから有用な「植物」の栽培が禁止同然になっているわけである。

莫大な外貨ロスにつながっている

 葉と花穂以外の大部を占める「茎と種子」からは、麻織物、衣服、紙、建材、燃料、化粧品、民芸品、神事用品、食品、自動車航空機内装品など、今日の石油から採れるありとあらゆる産業用品や伝統工芸用品が作られている。

 また、炭酸ガスの吸収率が高く、日本全域で栽培可能で3か月で生育し、耕地を荒らさないなどから環境に優しい植物であることなどから、10兆~30兆円の経済効果をもつと見込まれるにもかかわらず、手付かずである。

 実は米国が1930年代に大麻を禁止した一大要因も当時発掘された石油の製品流通を拡大するため、大麻を押さえる必要性があった。

 しかし、環境問題が出てきた今日、再び石油に代わる大麻が注目され、欧米などは解禁に動いている。

 前述のようにかつては北海道だけで25万ヘクタール(ha)栽培されていた。これが許可制となった戦後の1950年には日本全体で約4000ha(東京ドーム約860個分)に激減する。

 それでも栽培者は2万5000人超いたが、25年後の1975年には約1000人で作付面積は120ha、2000年になると102人で11ha、2005年では68人9ha となっていった。

 麻を冠した麻生などの苗字もあれば、大麻(おおあさ、北海道)、色麻町(宮城県)、麻畑(新潟県)、西麻布(東京都)、上鳥羽麻ノ本(京都府)、麻植塚(おえづか・徳島県)、麻那古(佐賀県)など、麻の字が付く地名は全国にある。

 麻は日本で日常的に重用された証左でもあるが、今は「名」を残すのみである。

 しかし、麻の実は七味唐辛子の原料として使われているばかりでなく健康食品として欠かせないものになっており、年間約1500トンが輸入されている。

 また高温多湿の日本では昔から麻の衣類が好まれ、今日ではネックレスやブレスレット携帯電話のストラップなどに多用され、数百トンのヘンプ繊維が輸入されている。

 戦前戦中にかけては至る所で「麻」の栽培が稲穂より日常的に見られる風景であった。

 その麻から採った麻ひもを持ち歩き下駄の鼻緒を修理し、家では麻製の蚊帳を重用したものである。東京郊外でも麻が何の囲いもなく植栽されていた写真を見ることができる。

 麻は生活必需品で、誰一人として「麻」→「大麻」=麻薬の類、などと考える人はいなかった。

おわりに:
文化に密着した麻は米やたばこより安全

 戦後も半世紀も過ぎた頃から日本の「あり様」の見直しが叫ばれるようになった。

 しかし、日常の生活スタイルとして定着していることや、他方では依然として米国の目が光っていることもあり、なかなか表だって言い難かった。

 これを正面に掲げて登場したのが第1次安倍晋三内閣の「戦後レジームからの脱却」であった。その第1弾として首相が「靖国神社参拝」を行うと、駐日米国大使がすかさず「遺憾」の意を表明した。

 大麻問題も米国がもたらしたものである。その米国では33州と首都ワシントンDCで医療用大麻が解禁され、娯楽用も11州で認められている。

 2020年大統領選挙でもいくつかの州で大麻の合法化を巡る住民投票が行われた(上記「産経抄」)。

 ちなみに、中国、北朝鮮ロシアなどは第2次世界大戦後も栽培を禁止しておらず、大麻繊維生産の4割が中国、2割が北朝鮮である。

 英蘭独墺やカナダ1990年代に栽培を認め、豪州・ニュージーランド2002年に認めたが、嗜好品には規制や厳しい罰則を科している。

 米国の言いなりに規制した日本であるが、厚生省(当時)は大麻の成分分析や犯罪性を十分に立証していないとも言われる。

 日本が強制されて致し方なく取り入れた「大麻取締法」が存在するばかりに、「興味本位」で手を染め、前途有為な若者が「犯罪者」の烙印を押され、社会から放逐され抹殺される現実を日本は望んでいるのだろうか。

 台湾でアヘン撲滅の成果を上げたのは後藤新平であった。

 後藤は「人類ノ嗜好ナルモノハ之ヲ止ムルコト難シ。只之ヲシテ他品ニ変更セシムルノ策ハ最モ講究スベキ価値アルモノトス」として、酒・たばこを無税として、アヘン患者を漸減していった。

 若者を育てる文科省、犯罪性や医療効果を検証する厚労省、産業活用で経済効果を期待する経産省、食材として推奨する農水省、環境に優しい植物として着目すべき環境省など、関係省庁は多肢にわたっている。

 縦割り行政や「普通でないこと」を見直すとしている菅義偉政権にとって、「大麻取締法」の見直しや解釈変更は日本を豊かにする「一丁目一番地」ともなり得る。

 摘発が増えていると傍観するだけでなく、省庁横断で「大麻取締法」の見直しと、違反者の厳罰も加味した大麻活用の検討が求められているのではないだろうか。

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