(福島 香織:ジャーナリスト)

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 12月に入った。中国湖北省武漢市で新型コロナウイルス感染症の最初の患者が確認されてからこれで1年がたったことになる。

 世界で最も感染者が多い米国は、新規感染者だけで1日20万人以上を数える。欧州最多の感染者が出ているフランスでは、中国人を「コロナ感染源」とみなしてSNSで暴行を呼びかける者が現れるなど、日本人を含むアジア系全体へのヘイトクライムが増大している。日本でも感染者が急増中でこのままではクリスマスや正月に緊急事態宣言が再び出るかもしれないと不安が広がっている。

中国の感染コントロールは「信じがたい」

 こういう中で、中国は感染をほとんど制圧しコントロールできている、というのが中国自身を含め世界の専門家たちの認識であろう。

 だが先日、長年、仕事や報道で中国と関わってきた“中国通”の人たちとの会合の席で「中国は本当に感染をコントロールできていると思うか」という話になったとき、ほとんどの人が「信じがたい」と声を揃えていた。

 彼らの指摘は“印象”でしかなく、根拠らしい根拠を挙げることはできない。だが、たとえば10月に新疆ウイグル自治区カシュガルで集団感染者が急増し、最終的に80人近い入院者、約350人の無症状感染者の存在が公表されたが、現地にいる何人かの友人から聞いた「親戚に〇〇人の感染者が出た」「△△人の友人が入院した」というような話を総合すると、公表された人数よりもずっと深刻な感染状況が起きているのではないか、と思われる。

 中国の地方の医療システムや医療資源の配置、人々の暮らしの習慣や衛生観念、官僚の仕事に対する基本姿勢、中国のプロパガンダ政策やその歴史、「虚偽情報」を事実として発表する共産党政治の情報コントロール能力、世論誘導力、そしてこれまで何度も中国共産党が発してきた嘘、などを深く知り、経験している人ほど、1月、2月の武漢の状況と春節移動による影響などを踏まえて、いくら徹底的なPCR検査と非人道的とさえ言えるような移動制限を実施したとしても、そんなにたやすく感染を制圧してコントロールできるわけがない、という疑いを持つようになる。

 これは理屈ではなく、長らく中国と関わって仕事をしてきた人たちならではの肌感覚であり危機管理能力の1つである。そして実は、ある一定の立場以上の中国人、つまり中国の知識人や官僚自身がこういう「疑う」感覚を一番持っている。そうした知識人や官僚と友だち付き合いをして、本音に近い部分で情報交換ができる一部外国人がそういう感覚を共有するようになるというわけだ。

世界への感染拡大はいつ始まったのか

 なので、12月1日に米CNNが「2月の段階で中国当局が国内感染者数を大幅に隠蔽していたことが内部文書からわかった」と報じても、まったく意外感はなく、「やっぱり」という感想しか出てこない。

 CNNが入手した内部文書は117ページにわたるもので、この文書によれば、新型コロナ感染症発生当初、感染の確診判定が出るまで平均23日の時間がかかっており、公表されている数字と医療現場が把握している数字に大きな差があったことが明らかにされている。

 たとえば、2月10日、中国の公式発表では新たな新型コロナ感染確診数は2478例で、うち2097例が湖北省となっていた。しかし湖北省の現場で実際に把握されていた数字は5918例で、うち1772例が臨床診断、1776例が感染疑い例と記録されていた。

 また中国当局は3月7日の湖北省内の累計死亡数は2986人と発表していたが、CNNが入手した文書によれば実際は3456人であるという。

 さらに当初、診断に時間がかかり、発症から確診にいたるまで平均23.3日の時間がかかっていたことも明らかにされた。

 個別の症例の追跡や公共衛生措置の推進にも深刻な障害があった。たとえば2019年12月2日、湖北でインフルエンザが前年同期比で2059%増という異常な増加率を示したが、現地の医療人員はインフルエンザ新型コロナ感染症との判別がつかず、また当時は検査薬も不足していた上、検査薬の精度も50%以下の低さであり、実際の状況を把握できていなかったという。

 湖北省の医療体制は、これだけの患者の急増によって、12月の段階ですでにぎりぎりであったか、あるいは崩壊が始まっていたと考えられる。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、米疾病コントロールセンター(CDC)の専門家が11月30日にある研究リポートを発表しているが、それによれば2019年12月中旬、米国にはすでに新型コロナウイルス感染者が現れていたという。つまり中国が正式に新型コロナ感染確診を発表するより数週間早く、そして米国の公衆衛生当局が米国発の感染例を発表するより1カ月早く、米国内で感染例が出ていた、ということになる。

 米誌「臨床感染疾病雑誌」(Clinical Infectious Diseases)に寄稿された論文では、米国赤十字が米国9つの州から集めた住民7398人分の血液サンプル中、106人から感染の痕跡が見つかり、最初の米国における感染は米国西海岸だという。つまり、中国が感染を確認するかなり以前から、実は世界に感染拡大が始まっていた。フランスイタリアでも2019年末にすでに感染が発生していたという指摘があるのも、こう考えると納得できるのだ。

素直に信じてはいけない中国の公式発表

 さてこのCNNの特ダネから改めて言えることは、中国の公式発表というのはまず鵜呑みにはできない、ということである。

 その背景には、中国共産党(中共)官僚システムの構造自体に問題が多いということもある。悪意ある隠蔽や陰謀などもあるが、そもそも問題が発生したときに現場の判断で正確、的確な対応をとって上に報告するというシステムが機能しない。官僚システムが厳密なヒエラルキー構造の独裁体制に基づいているので、上から下への一方通行だけであり、下から上への報告や現場のフィードバックによる上層部の計画や方針の修正、改変が事実上不可能なのだ。この体制である限り、中国から出てくる情報は素直に信じてはならない。

 残念なことに、日本人の中には、中国当局が発表する数字に対して、少なくとも今の時点で隠蔽はない、ウソはないと信じて疑わない人が多く、そういった人たちが日本の感染症対策への発言権や影響力を持っていたりする。

 しかし、中国は習近平政権になってから恐怖政治的な「(習近平を核心とする)共産党中央が一切を指導する」(逆らったら失脚、冤罪逮捕)という方針が徹底され、「下部組織は上部組織に絶対逆らえない」という中国共産党のトップダウン構造がさらに強固なものになっている。世論やメディアが正確な情報が精査することが許されない社会では、公式発表は最初から信じられないという前提を持たねばならない。中国通のほとんどの人は「中国の公式発表はとりあえず疑う」という習性が身についているが、今の日本の政権担当者や専門家にはそういう感覚がなさそうで心配である。

「犯人は輸入冷凍品」世論誘導を目論む中国

 経済が切迫しているという理由もあるのだろうが、たとえば日中ビジネス関係者の往来について早々に再開してよかったのかどうか。

 中国は日本からの渡航者に対し二重の陰性証明(登場前2日以内のPCR検査陰性証明と血清特異性IgM抗体検査)を求めているが、日本は中国からの渡航者に対する検査は求めていない。これは、日本政府が「中国はほぼ完全にウイルスを制圧できている」と信じ切って安心しているからだろうが、本当に安心しきっていいのか?

 上海の浦東国際空港周辺で発生している感染者数も公式発表通りでない可能性があると疑うべきだろう。11月22日に空港の職員1万6000人にPCR検査を一斉実施し大混乱になった様子の写真などがメディアで取り上げられていたが、なぜこんなに慌てて措置をとるかというと、上海当局者自身が慌てているからだ。おそらく現状を把握できておらず、ひょっとすると上海市中感染も疑っているからこその慌てぶりではないか。

 中国はこうした感染再発生の理由をこれまでは「海外から持ち込まれた」と説明してきたが、上海の感染はそういう説明ができなくなってきた。そこで、感染者が冷凍物流チェーン周辺に集中していたり、大連、天津、青島などの輸入冷凍食品の包装から新型コロナが検出されたことなどを根拠に、「海外からの輸入冷凍品から人が感染した」可能性を主張し始めている。冷凍食品輸出国のドイツニュージーランドはこの見方を否定している。

 もし、本当に「モノ→人」感染の可能性があるとしたら、それこそ予防対策のあり方の根本的な見直しが必要な事態である。この中国の主張は無視してはいけないが、鵜呑みにしてもいけないだろう。

 独立系華字ニュースサイト「明鏡」が掲載した「中国最新版新型コロナ神話」という記事によると、中国共産党新型コロナの起源が中国以外の外国であるという印象を国内外に喧伝しようとしているという。そして、その最新の世論誘導策が、海外から輸入した冷凍品によって武漢に持ち込まれたウイルスが新型コロナウイルス感染症を発生させたというストーリーの定着を図るということらしい。

 いずれにしても、中国の公表する情報をそのまま受け止めて政策決定の基準にしてはならない、ということだ。

 2021年の春節(2月12日)は、中国で「民族大移動」が解禁されるのかどうか。中国としては大々的に春節旅行を推進して、「ポストコロナ」をアピールするかもしれない。世界のなかで比較的感染規模の小さい日本の観光地は、中国人観光客の来訪を心待ちにしているかもしれないが、ここで誤った対応をすると、東京五輪が吹っ飛ぶくらいの後悔では済まないかもしれない。

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