横浜市内を貫く市営地下鉄ブルーライン」が、市の北端を超え、さらに川崎市の新百合ヶ丘まで延伸される見込みです。周囲は起伏の多い住宅街。既存のバス路線よりも所要時間は短縮されますが、新しい地下鉄には課題も存在します。

「ハマの地下鉄」川崎市に延伸、所要時間イッキに3分の1?

横浜市営地下鉄・高速3号線(ブルーライン)が、あざみ野駅横浜市青葉区)から市域を越えて新百合ヶ丘(川崎市麻生区)まで延伸される見通しです。2020年12月現在は途中駅の場所も、あざみ野側から「嶮山(けんざん)」「すすき野」「王禅寺」各地区におおむね決まり、2030年度の開業を目指して認可に向けた環境の評価などが進められています。

あざみ野~新百合ヶ丘間は約6.5km、路線バスで30分から35分程度を要しますが、地下鉄ができれば所要時間は約10分程度にまで短縮されます。両端の駅はそれぞれ東急田園都市線小田急線に接続しており、2、30分ほどで都心に向かえるため、地域住民の通勤先は都内が多く、いずれも「実質東京都」とさえ言われるほど。ブルーラインの延伸で、この地域は東京だけでなく新横浜や横浜ベイエリアへの通勤・移動がグッと楽になることが期待されます。

川崎市は新百合ケ丘~川崎駅間を南北に結ぶ「川崎高速縦貫鉄道」の構想を廃し、一部区間で予定線の近くを走るブルーライン延伸に協力を申し出た経緯があるため、横浜市を経由するとはいえ、この区間の移動が改善されることは、数十年越しの悲願とも言えるでしょう。

現在のあざみ野~新百合ケ丘間は、メインとなるバス路線「新23」系統(東急バス小田急バス共同運行)以外に幾筋もの路線が運行され、昭和初期には地元新聞に「都筑のアルプス」(一帯はかつての都筑郡)と紹介されたほどの山岳地帯をカバーしています。新しく地下鉄沿線となる地域の特徴的なバス路線網を眺めながら、ブルーライン延伸後の課題を見てみましょう。

あざみ野のバス路線網は地下鉄で替えがきかない?:あざみ野~嶮山

東急田園都市線あざみ野駅の開業は1977(昭和52)年と比較的近年(ブルーラインの駅は1993年開業)で、昭和40年代に宅地の造成が始まるまでは、定住人口もごくわずかだったそうです。延伸区間であざみの駅の隣駅となる嶮山地区では、近くにあった「兎峠」(うとうげ)で、背中から降ろした竹かごが山の下まで転がり落ちたという、むかし話のようなエピソードも残っています。

現在、あざみ野駅前通りの左右には戸建住宅や集合住宅がびっしりと立ち並び、マンションならば4LDK以上のファミリー向け物件がかなりの比率を占めています。一帯の開発からすでに50年近く経過している現在においても、2016年に閉校となったカリタス女子短期大学の跡地に総戸数280戸以上のマンションが建設されるなど、街の新陳代謝が進んでいます。

そしてブルーラインが導入される駅前通り周辺のバス路線網は、その系統の多さ、きめの細かさが特徴的です。新百合ヶ丘まで最短距離で走る前出した新23系統の沿線には、新駅候補地近くにある商業施設「あざみ野ガーデンズ」からあざみ野駅へ向かう「あ71」「あ72」系統が設定され、新23系統の沿道より500mから1km圏内で並行・交差するようなコースを辿りつつ、住宅街の端までを綺麗にカバーしています。

1kmほど北側の荏子田(えこだ)・元石川を経由する系統も複数あり、路線図はまるでセーターの編み目を見ているかのようです。運転本数もそれぞれの系統で多く、この地区では半径1km内のエリアで何台もバスが走っていることも珍しくありません。

このようにバスが多い背景には、横浜の丘陵地ならではの起伏の激しさがあります。600mほどしか離れていないバス停で15mほどの高低差が生じているところもあり、このような地形が影響して、停留所2、3か所分の短距離利用も少なくないのです。

これらの移動需要をまかなうには、単に地下鉄を通し駅をつくるだけでは難しいのではないでしょうか。開業の際には、乗客を駅に集める役割を担うバス路線の再編も課題となるかもしれません。

地域の志向はあざみ野より「たまプラ」:すすき野新駅周辺

あざみ野ガーデンズから1kmほど北西の「すすき野」(すすき野2丁目交差点付近)にも新駅設置が予定されています。ここは交差点を横切るように市境が走っており、珍しい「政令指定都市の境界をまたぐ地下鉄駅」となる可能性があります。地上は、市境を挟んで横浜市側に「すすき野団地」、川崎市側に「虹ヶ丘団地」と、高層住宅街が視界の向こうまでズラリと続くさまは壮観です。

この地域のバス路線は、街の西側を通過する新23系統のほか、すすき野団地~あざみ野間を走る区間便なども設定されており、平日朝は1時間にあわせて30本以上のバスがあざみ野駅方面に向かっています。一方で、東急田園都市線 たまプラーザ駅に向かうバスも、平日日中の1時間で10本程度と多く、あざみ野行き同様に存在感を放っています。

実はこの地域に限らず、田園都市線沿線の広い範囲で通称「たまプラ」ことたまプラーザ地区が地域の中心の役割を保っています。横浜市田園都市線の利用者に行った意識調査では、あざみ野、江田、鷺沼、市が尾駅の利用者において、ショッピング・娯楽などで「たまプラーザへの移動が多い」との回答がトップを独占しました。しかも駅周辺での消費金額も平均2000円以上と、他の地域を大きく引き離しています。

たまプラーザは、もともと東急の「多摩田園都市」構想における中核都市として開発され、かつては周辺で唯一の急行停車駅だったこともあって、長らくバス路線の中心でもありました(現在はあざみ野も急行が停車)。ブルーライン新横浜から延伸される際も、あざみ野ではなくたまプラーザでの接続が要望されていたほどです。あざみ野~新百合ヶ丘の延伸区間からは外れる「たまプラ需要」を取り込むためには、徐々に再開発が進むあざみ野がいかに魅力のある街を作れるかも課題となってくるのではないでしょうか。

「シンユリネーゼ」の街はどう変わる?:王禅寺~新百合ヶ丘

川崎市内の新駅予定地をめぐっては長らく協議が続いていましたが、王禅寺地区の東端にあたる田園調布学園大学の近くにある川崎市の施設「ヨネッティー王禅寺」付近に決定しました。この周辺は、新23系統などのルートからは外れています。

そして、王禅寺の新駅から2kmほど東に、終点となる新百合ヶ丘があります。このあいだの地域は郊外住宅地でありながら、開発前からの雑木林を取り込んだ緑地公園が点在し、メインストリートを中心に並木で彩る東急とはまた違った開発業者の個性を伺わせます。

周囲に住む人々は「シンユリネーゼ」とも呼ばれ、小田急沿線の中では成城学園と並ぶハイソなエリアでもあります。住宅街は「あざみ野ガーデンズ」のような大きな集客施設もなく閑静ですが、賑わうとすればザッハトルテフィナンシェが絶品な洋菓子店(漫画『美味しんぼ』にも登場)にできる行列くらいでしょうか。

一方で、商業施設が集中する新百合ヶ丘駅周辺では渋滞が発生しています。あざみ野から新百合ヶ丘まで30分で走る新23系統のダイヤは、時間帯により5分程度の余裕をもって設定されていますが、それでも10分から20分の遅れが生じることもしばしばです。

新百合ヶ丘周辺では地下鉄整備の動きとは別に、狭隘だった駅ロータリーを拡張するほか、小田急バスも長距離の車両送り込みを解消すべく新たな営業所を開設(2021年に運用開始見込み)するなど、渋滞対策が少しづつ進められています。また王禅寺の新駅にバス乗り継ぎの拠点が整備されるため、新百合ヶ丘に集中しているバスの渋滞もある程度、解消が期待されます。

2020年現在は新型コロナウィルスの影響もあり、郊外の住宅地に注目が集まりつつあります。そうしたなかで進められるブルーラインの延伸は、あざみ野~新百合ヶ丘、ひいては横浜~川崎という都市への移動だけでなく、山が入り組んで短距離移動が困難な地域における移動手段としても価値が大きく、近場の移動だけで仕事や所用を済ませるという新しい生活様式の手助けとなるかもしれません。

ブルーライン延伸予定地は起伏の多い住宅街(2020年11月、宮武和多哉撮影)。