約2000万の動画がひしめく国内最大の動画投稿サイトである「ニコニコ動画」を生み、現在も数々の革新的サービスを送り出しているIT界の寵児、川上量生(かわかみ・のぶお)。その胸のうちには、意外な“社会的使命感”が秘められていた!

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国内の代表的なIT企業のひとつに数えられる、株式会社ドワンゴ。この会社を20代で立ち上げ、東証一部上場にまで導いた若き企業家が、川上量生だ。

2011年、彼は突如としてスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫に弟子入り。そして現在、映画プロデューサーとしての第1作となる、ジブリの日常を描いた映画『夢と狂気の王国』が公開されている。まずは、彼のジブリでの仕事ぶりについて聞いた。

■一番仕事ができたのは“中卒の社員”だった

―『夢と狂気の王国』の中で、宮崎吾朗さんと川上さんが“やり合っている”シーンがありますね。

川上 えーっと、それはまだ内容を発表できない案件なんですが(笑)、ほかにもいろんな仕事を進めてますよ。今、僕の仕事の60%はジブリ関連。ただ、僕は宮崎駿さんには“この世の災いを伝える人”みたいに思われてるんです。

ジブリって、僕らの生きてる現実とは違う、異世界のような場所なんですが、そんなところで僕は、悪化する国際情勢だとか、原発の怖さを語ったりしてるので(笑)。

―川上さんは現在、鈴木さんのもとで働いていますが、これまで川上さんがされてきたITの仕事と、ジブリのプロデューサーである鈴木さんの仕事はまったく違うもののように思えます。

川上 それが面白いことに、すごく似てるんです。例えば、鈴木さんはジブリに入る前に『アニメージュ』(徳間書店)というアニメ誌を作っていました。当時の『アニメージュ』という雑誌は、読者交流欄が異常に充実していて、年に1回、武道館でファンイベントをやったりしていた。これって、ユーザーの投稿で成り立っているニコニコ動画が、年に1回「ニコニコ超会議」っていうイベントをやっていることと同じですよね。

―なるほど。紙とネットという違いはあれど、ファンの集まるプラットフォームになっているという意味では、本質的には同じだと。

川上 そうです。だから、鈴木さんからは「俺は何十年も前からそんなことやってたんだ」って言われてます(笑)。それから、プログラマーアニメーターという人種もすごく似てるんですよ。どっちも扱いが難しくて、気分よくさせないとちゃんと働いてくれない(苦笑)。そういう職人的な人たちをマネジメントする方法も、すごく教えられていますね。

ドワンゴでは、「廃ゲーマー」(ゲームにハマりすぎて社会的な生活が送れなくなった人)や、ほぼニートのようなプログラマーも社員として採用されてますよね。

川上 はい。数年前までは、技術職の部長クラスのうち大卒がひとりしかいませんでしたからね。なかでも、一番多かったのが中卒で、一番仕事ができるのも中卒でした。というのも、彼らは若いうちから生活のすべてをプログラミングささげてきたような人間ですからね。

大卒では、知識や生産性という点で太刀打ちできません。一方、彼らは脳のリソースの90%をプログラミングに費やしているので、コミュニケーション能力はまったくない。むしろ、僕は「コミュニケーション能力のあるプログラマーは仕事ができない」と思っているくらいですけどね(笑)。

―そういう、一般企業でははみ出してしまうような才能を積極的に集めているんですか?

川上 いや、うちは別に福祉をやっているわけじゃないので、これは経済合理性を考えた上での判断ですね。僕は、そういう欠点のある人間が、今の社会のなかでは過小評価されすぎていると思っている。その欠点をみんなでカバーする仕組みさえつくれば、きっと会社に貢献してくれる存在になるし、本人にとっても働く場所ができて幸せでしょ。ただ、うちも会社が大きくなるに従って、マネジメントする側の人間も増え、普通の社員が多くなっていますけどね。

―なるほど。ニコニコ動画の話で言えば、ニュースや報道番組を発信する番組が増えたことも気になります。最初にこの流れをつくったのは、07年に小沢一郎氏(当時、民主党代表)がニコニコ生放送リアルタイムでの映像中継サービス)に出演したことですか?

川上 実は、その前に外山恒一(とやまこういち)さん(07年当時、東京都知事選挙に立候補し、政府転覆を主張)に出てもらってるんですよ(笑)。それがけっこう話題になって、「政治とニコ動の組み合わせは“違和感”があって面白い」ということに気づき、報道番組を作り始めたんです。基本的に、僕らがやっているのは“ジャーナリズムごっこ”だし、特定の政治的主張をするつもりもない。最初の頃は、衆議院と参議院の違いがわかってないスタッフもいましたからね(笑)。

ただし、ネットの専門家である僕らが唯一、使命感を持ってやったのが「ネット世論調査」(動画再生中に表示されるアンケート)。ネットの世界では、数は少なくても声の大きい「ノイジーマイノリティ」の存在が目立ちますが、われわれのアンケートではひとり1回しか投票できないようにして、かつ実際の有権者比率と同じ世代比率で数字を取ることで、「ほんとにネットのみんなが思っていること」を明らかにしようとしています。

まあ、ネットで炎上事件を起こす人の少なからぬ部分がうちを活動場所にしているので、当事者として責任を果たすべきかな、と思ってやってるんですが(笑)。

■ネットはリアルの代替物にすぎない

ニコニコ動画のコンテンツは、UGC(user-generated content)と呼ばれる、ユーザー発信の動画や生放送が中心です。そこから「初音ミク」などの文化が育ちましたが、最近は目新しいコンテンツを見かけなくなったといわれることもあります。

川上 まず、UGCにおけるコンテンツの量って、単純にユーザーの数に比例するものなんです。でも、当初のニコ動は、ユーザー数に比してコンテンツの数が圧倒的に少なかったから、なんでも人気になりやすかった。しかし、やがてコンテンツをみんなが作り始めて、そのなかで競争が起きるようになると、内容が均質化されてくるんですね。

その結果、ランキングの上位を占めるのは、プロの作ったものに似ていて、それよりは少し劣っている、というようなものばかりになる。新しいコンテンツが見つからないというのは、そういう状況のことです。それを変えるためには、プラットフォームをもう一回作り替えて、ユーザーの数とコンテンツの量に不均衡を起こすしかないでしょうね。

―その必要があると?

川上 できるんだったらやりたいけど、なかなか難しいんですよ。今考えているのは、ユーザーを支援する仕組みをつくって、コンテンツの水準を上げることができないかということ。要するに、作家に対する編集者のような役割を作り出すことですね。

例えば、当初のテレビには独立した面白い人が出ていたけど、やがて芸能プロダクションが人を育てるようになるっていうのと、同じような歴史をたどるということです。ニコ動もそういうことが必要なフェーズに入ったんだと思います。少し残念ですが。

―なるほど。ユーザーの層という点で言うと、最近の「超会議」などに参加している人々を見ると、オタクっぽくない、いわゆる“リア充”が多いですよね。

川上 実は、サービスを始めた当初からそうなんですよ。僕自身は、パソコン通信の時代から非リア充的な文化圏にいた人間ですから、コンピューターを使っている知的水準の高い人間たちを見て「将来、日本の中心になるのはこいつらだ」って思ってたんです。

しかし、現実には一般的なリア充がネットの主流派になって、僕が日本を担うエリートだと思ってた人たちは片隅に追いやられてしまった。しかも、非リア充な彼らは繁殖力が低いので、そもそも生物として絶滅する可能性がある(笑)。もうこれからは、繁殖力があって、かつITのリテラシーが高いような、新しい世代のオタクを育てていくしかないですね。







―いきなり繁殖力という言葉が出ました。これからはリア充文化に加担するということですか?

川上 いや、「リア充か、非リア充か」っていうことじゃないんです。今の日本で最も重要な問題は何かと言えば、「出生率」の低さですよね。だから僕は、健全な“出会いの場”をつくりたいんですよ。出会い系が問題になるのは、そこに犯罪性が絡んでくる場合であって、本来この少子化の時代においては、出会い系はむしろ国策で推進すべきもの。

そしてニコニコ動画は、リアルな関係性を超えて匿名で新たな出会いを提供できる広場です。コミュニケーションの不足している現代に、そのための場を提供することは、僕らの大事な役割だと思っています。

―一般的に、ニコニコ動画はバーチャルなコミュニケーションを提供するサービスだというイメージがありますが。

川上 僕は、あえてバーチャルな世界だけに特化するつもりはまったくありません。ネットでのコミュニケーションって、しょせんはリアルなコミュニケーションの代替物なんですよ。たばこの代わりに禁煙パイポを吸ったり、バターの代わりに安いマーガリンでパンを食べるのと一緒。

人間という動物は、本来、現実的な触れ合いを求めている。だから、僕らは「ニコニコ超会議」をやってるんだし、できることならネットでもリアルでも全部やりたい。これからも、なるべく多様なコミュニケーションの手段を若い人のために提供していきたいですね。

(取材・文/西中賢治 撮影/本田雄士)

川上量生(かわかみ・のぶお)



1968年生まれ、大阪府出身。1997年株式会社ドワンゴを設立。「着メロ」や「ニコニコ動画」の事業で同社を急成長させた。株式会社KADOKAWA株式会社カラーの取締役。スタジオジブリにも所属している。現在、初の単著となる『ルールを変える思考法』(角川EPUB選書)が発売中

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夢と狂気の王国



『エンディングノート』の砂田麻美監督によるスタジオジブリを題材にしたドキュメンタリー。宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデューサー、高畑勲監督などジブリに関わる人たちの思いを描く

ITとコンテ ンツ業界を牽 引する川上氏 は「日本のエ ンタメ界の未 来」をどのよ うな姿にする のだろうか