昨年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した後、各国で高い評価を受けたセリーヌ・シアマ監督の新作『燃ゆる女の肖像』(公開中)。18世紀、ブルターニュ地方に浮かぶ孤島で、画家マリアンヌとそのモデルとなるエロイーズの情感あふれる恋愛を描いた本作は、タブーを超えた自由な恋愛で、社会の足枷からの解放を謳い、世界の映画人たちに大きな反響をもたらした。

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カンヌでは同じコンペティションに参加していたグザヴィエ・ドランが、「こんなにも繊細な作品を観たことがない」と絶賛。審査員のなかには、パルムドールに推す声もあったという。時代ものでありながら様式にとらわれず、現代の空気と強く呼応するテーマで、観客に訴えかけてくる。

そんな本作は、まっさらな状態で観ても十分おもしろいのだが、作品のバックグラウンドを知るとなおさら、味わい深くなるに違いない。というのも、エロイーズを演じたアデルエネルはシアマ監督の元恋人で、この役は監督がエネルに向けて書いたものであるから。マリアンヌがエロイーズに注ぐ視線はまさに、監督の視線でもあるのだ。撮影時には、ふたりはすでに別れていたものの、ラストシーンのおよそ3分にわたる長回しのズームは、監督からエネルに向けた最高のオマージュと言っていい。

そもそも子役だったエネルを、女優として脱皮させたのもシアマ監督だった。ふたりが出会うきっかけとなった、シアマ監督の初長編『水の中つぼみ』(07)は、シンクロナイズド・スイミングの世界を舞台に、2人の思春期の女子に芽生える恋を扱ったものだ。エネルは本作で、フランスアカデミー賞にあたるセザール賞の有望新人女優賞にノミネートされた。

また、2014年に『スザンヌ(13)という映画で、エネルセザール賞助演女優賞に輝いたときには、その受賞スピーチで、女優として大きな影響を受けたシアマ監督に感謝を捧げるとともに、愛の告白をしてフランス映画界を驚かせた。

もっとも、本作の素晴らしさはエネルのみならず、女優たちのアンサンブルにある。マリアンヌに扮したのは、フランスで新進女優として注目を集めているノエミ・メルラン。まだキャリアは浅いながら、その強い眼差しとともに、エネルに勝るとも劣らぬ存在感を発揮している。

我々は画家としての彼女の視線に導かれ、彼女とともに、ミステリアスなエロイーズの全貌を発見することになるのだ。マリアンヌは彼女を見つめることで恋に落ち、一方、修道院から出て来たばかりのエロイーズも、マリアンヌによってそれまで経験したことのない感情を味わう。シアマ監督は、こうしたふたりの関係と女優たちについて、こうコメントしている。

「アーティストを通して、社会の慣習に左右されない、対等で純粋な愛の形を描きたかったのです。それはまた、芸術へと私たちを導く愛でもあります。こうしたふたりの関係を描くために、マリアンヌ役にはアデルと同様の個性を持った女優が必要でした。ノエミはアデルよりもやや若いですが、強さと勇気があり、成熟した女優です。また、彼女を前にして、アデル自身も本作でこれまでに観たことのない側面を発揮している。ふたりの信頼関係が化学反応を起こし、この映画にモダーンでダイナミックな魅力をもたらしてくれていると思います」。

さらにふたりの世話をする若い女性(ルアナ・バイラミ)もまた、使用人というよりは女性同士の絆を育む友人のような存在として描かれ、独特な連帯感を醸し出している。

ブルターニュの荒々しい海、強い風が吹き付ける海岸のまぶしい光、ふたりの息づかいが聞こえてくるような、静寂に満ちた空間で交わされる眼差しによる会話。すべてが計算された演出による、美しい映像に彩られた彼女たちの物語に、鮮烈な洗礼を受けずにはいられない。

文/佐藤久理子

すべてのシーンが鮮烈に胸に迫る『燃ゆる女の肖像』/[c] Lilies Films.