
ガソリン車、新車販売禁止の「混乱」
「政府、2030年代半ばにガソリン車新車販売禁止へ 欧米中の動きに対抗」
【画像】2020年に発表 大きな注目あつめた日本製EV【3選】 全128枚
12月3日に某全国紙が発信したこの記事は、菅首相の所信表明演説に盛り込まれた、2050年カーボンニュートラル実現の意向を踏まえて検討されていた事項の1つがスクープされたものだ。
この報道が直後から大きな反響を呼ぶことになったのはご存知の通りだ。
いや、僕のようなクルマ屋の端くれ側からみれば、混乱といった方が適切にみえる。
混乱の一番の原因は「ガソリン車」という形容にあるだろう。
ネタ元のお役所かお役人かがそう言ったか否かは知る由もないが、これでは一般の読者が疑問を抱き、不安を煽られても仕方がない。
自動車業界的には電動化車両を「electrified」、それに対して純内燃機関車両を「internal combustion engine」などと表現し、その中の識別子として前者の側にPHEV(プラグインハイブリッド車)やHEV(ハイブリッド車)、後者の側にICEが用いられている。
確かにこれを一般的に理解してもらうのは難しい。
が、この報道に関しては何よりそこを明確化する必要があった。
メディアもとより政治「落ち着いて」
ざっくりとガソリン車禁止と片付けられては、ディーゼル車はどうなるの? ハイブリッドもガソリン使ってるからガソリン車? と、一般の読者が戸惑うことになる。
或いは先読み的に捉えて、「もう30年代以降はBEVしか買えなくなる」と思い込んだ読者も少なからずいたはずだ。
僕がみるに、この雑な第一報に多くのメディアのみならず、閣僚や首長までもが安易に乗っかっていったフシがある。
小泉環境大臣が「30年半ばなどと曖昧にせず35年と断言すべき」と言えば、小池都知事は「東京は30年までに達成しますよ」と被せてくる始末で、そこに何をどうするという詳報や解説はなされぬままだ。
果たして、30年だか35年にはBEVしか買えなくなるというのなら、充電施設のないうちのマンションの資産価値は一体どうなるのよ?
購入補助やインフラ整備に税金使われるわけ?
と、ミスリードはあらぬ方向へと膨らんでいくわけである。
ゆえにトランプvsグレタの舌戦ではないが、メディアはもとより政治家にはことのほか「落ち着け」と申し上げたくもなる。
そもそもこの話の胴元である内閣官房や経産省は、カーボンニュートラル宣言の機を冷静に見計らっていたはずだ。
自動車メーカーの目標に対する現在地
国内では政権交代を迎える中、国際論調や環境投資の活発化、米国での政権交代を見据えながら、菅首相の所信表明演説にそれが織り込まれたのは10月末のこと。
結果的に米国がバイデン政権となり、脱炭素化が世界的な既定路線となりつつある中で、後ろ向きのレッテルを貼られないように、というデリケートなタイミングだったことはこちらにも伝わってくる。
そのカーボンニュートラル化へのロードマップのいち要素となるのが報道の件となるわけだが、そもそもこの目標は日本の自動車メーカーにとって、無理筋どころか既定路線でもある。
数えるほどしかEVが販売されていない現時点でさえ、日本の乗用車市場においてハイブリッドを筆頭とした電動化車の販売比率は約4割に達しており、日産やホンダにおいては5割をゆうに超えている。
また、直近の1〜2年においてはディーゼルの急速な逆風に晒された欧州市場でもハイブリッドの存在感は高まっている。
こういった市況を踏まえてトヨタは全世界販売台数の半分強にあたる550万台を電動化車とする年間販売目標達成を30年から25年に前倒ししているほどだ。
加えて、現状のハイブリッドモデルの環境性能は、既に30年のCAFE(企業別平均燃費基準)規制クリアを見据えたものとなっている。
電動化に向けあらゆる手 一方で……
たとえば20年に投入されたヤリス・ハイブリッドは、公称/実燃費ともにもはや他メーカーの追随は不可能かと思わせる領域にいる。
石炭火力発電比率の高い電力構成のエリアであれば、WtoWでみてもLCAでみても、BEVと同等以上のCO2排出量に到達しているはずだ。
しかもその性能は求められれば世界のどの地域でも現状のインフラで発揮できる。
テスラのようなBEV専業メーカーを除けば、各国CAFE規制の達成率や電動車の普及目標に関して、最も慌てる必要がないのが日本の主要自動車メーカーだと言い切ってもいいだろう。
が、他の追従を許さないということは勝敗の論法を変えることにも繋がるわけで、ディーゼルの屋台骨が揺らいだEUは、偏った優遇措置を盾にPHEVの推進に乗り出した。
当然その向こうにはBEVがあり、欧州自工会のイニシアチブを握るドイツの向こうには、利害が一致する中国の自動車産業がある。
ゲームチェンジではなくルールチェンジで試合のの主導権を握るのは、何もクルマの環境性能競争だけではないことはご存知のとおりだ。
30年半ばに純内燃機車の販売をストップする。
これは政治家が簡単にポピュリズムを煽り自らの糧にするための道具ではない。省庁間を横断する国益にまつわる競争の一端だということだ。
そしてバイデン政権の誕生で流れはいよいよ固まった。
トヨタ・アライアンス、日産三菱そしてホンダは、満を持して電動化に向けてあらゆる手を講じていく段階に入ったといえる。
が、それでも日本のメーカーが内燃機関の効率向上の手を緩めることはないだろう。
なぜなら、それなくしてコストや航続距離と言ったモビリティの基本価値を満たすには、まだ膨大な時間を要するからだ。
パワートレインのベストアンサーは1つではないと、トヨタが機会あるごとに繰り返し発言していることを、影響力のあるメディアの方々は、もう一度リマインドした方がよろしいかと思う。
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