(藤谷 昌敏:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長)

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 中国国営中央テレビによると、習近平国家主席は12月3日共産党政治局常務委員会の会議で、「現行基準下で貧困県がなくなり、絶対的貧困が解消した」と述べ、2020年を期限とする「貧困ゼロ」目標の達成を宣言した。習氏は、党総書記に就任した2012年以降の8年間で「1億人近い貧困脱却を実現し、全世界が注目する重大な勝利を得た」と強調した。

 中国は2020年に10年比で国内総生産(GDP)を2倍にする目標も掲げていたが、新型コロナウイルスに伴う経済減速で達成が困難となっており、具体的な成果として貧困脱却をアピールした(時事通信12月3日)。

 ここで言う「貧困ゼロ」とは、1人当たりの年間可処分所得が2020年時点で約4000元(約6万3000円)以下の「絶対貧困人口」をゼロにすることである。

習近平の「脱貧困」実現計画

 これに先立つ2015年10月、第13次5カ年計画(2016~2020年)の説明の中で、習近平は、2020年に小康社会を「全面的」に実現しなければならないとして、
(1)「経済の中高速成長を維持する」
(2)「人民の生活の質・水準を普遍的に向上させる」
(3)「国民の素質と社会の文明程度を顕著に向上させる」
(4)「生態環境の質を総体として改善する」
(5)「各方面の制度をより成熟させ、定型化する」
など5つの目標・要求を提起していた。

 (1)では、2020年に、GDPと都市・農村平均個人所得を2010年比で倍増することが要求されている。これを実現するため、習近平は、党5中全会(党中央委員会第5回全体会議)において「2016~2020年の経済の年平均成長率は6.5%以上が最低ラインである」と述べた。

 (2)では、習近平は、「一方で小康社会の全面的実現を宣言しながら、他方でなお数千万の人口の生活水準が貧困基準ライン以下にあることは許されない。農村貧困人口の脱貧困は、小康社会の全面的実現の最も困難な任務である」として、特に農村の脱貧困を強調した。

 当時の中国の貧困基準によれば、全国でなお7017万の農村貧困人口がいたとされる。これを、産業支援や転職支援、他の土地への移転などによって、毎年1000万人ずつ減らし、2020年までに2000万人余りの人々を、労働能力を完全にもしくは部分的に喪失した者として貧困人口として残すこととする。これらの貧困者を最低生活保障の対象に全部組み入れることで、最終的に脱貧困を実現する計画だった。

 習近平主席が宣言したように絶対的貧困は本当に無くなったのだろうか。

「貧困ゼロ」宣言にもかかわらず

 2020年5月28日、全国人民代表大会閉幕後の記者会見で、李克強首相は「中国は人口が多い発展途上国であり、年間の可処分所得は平均で3万元(45万円)だが、平均月収が1000元(1万5000円)前後の中低所得層も6億人いる。月1000元では中規模都市で部屋を借りることすらできない」と発言した。この6億人という数字は、全人口の4割にもあたる大きな数字だ。

 中国政府は1人当たりの可処分所得を基準に、全人口を5等分して調査している。2月に国家統計局が発表した2019年のデータでは、最も所得が低い20%の「低所得層」の平均年収は7380元(約11万700円)、次に所得が低い20%の「低所得よりの中間層」は平均年収1万5777元(23万6655円)だった。この点から、「4割が月収1000元=年収1万2000元」前後という首相発言と辻褄が合わない、という指摘が中国メディアなどから相次いでいた。

 これを受けて、国家統計局は5月の経済統計の「解説」の中で、「下から4割にあたる計6.1億人の年平均収入は1万1485元(17万2275円)だった。月当たりにすれば1000元弱だ」と説明した。つまり6億人全部が月収1000元前後というわけではなくあくまで平均だと強調した。国家統計局は、李克強首相の発言との整合性を保つため、苦しい言い訳をしたのだ。

統計不正に成果水増し、脱貧困は見せかけなのか

 2020年末、習近平国家主席が掲げる国家目標「脱貧困」の達成期限を控え、地方政府は貢献度をアピールしようと躍起になっていた。地方政府では、「貧困人口=ゼロ」の目標を実現するため、経済振興に過剰な投資をして負債を抱えたり、成果を水増しして報告したりする事例が複数出ていた。地方政府幹部は、対外的には目標達成に向けた他地域との争いがあり、対内的にはライバルとの出世争いという2つの強い重圧を受けていた。

 中国メディアによると、7月、貴州省の独山県は脱貧困のために高さ約100メートルの巨大建築物や、大学が10校集まる文教地区の整備計画を進めたが、新型コロナウイルス禍による中国経済の減速に伴って資金調達が難航し、負債が歳入の40倍に当たる400億元(約6300億円)に達した。また、貴州省の別の県では、生活水準向上のために計画した貧困地域住民の移住が3割しか実現していないのに、完了したと報告していた事実が露呈した。広西チワン族自治区では、貧困対策関連の統計データを現場レベルで不正に操作していたことが発覚した。

 こうした無理な資金調達や統計不正、成果の水増しが横行していたとすれば、習近平の言う「貧困ゼロ」の目標達成は極めて疑わしくなる。

 例えば、2016年、中国政府は「社会における所得分配の不平等さを測る指数」であるジニ係数について、0.465と報告した。ジニ係数は1に近いほど不平等を意味する。ジニ係数は0.2~0.3が望ましく、0.4は社会騒乱多発の警戒ライン、0.5は深刻な不平等、0.6は暴動発生必至とされている。以降、ジニ係数を中国政府は発表していないが、2019年3月、中国人民大学副校長の呉暁求は、中国の貧富格差は深刻であると述べた上で、「中国のジニ係数は0.46から0.75の間にあり、実際上0.4を超えれば貧富格差は深刻であり、0.6を超えれば社会は不穏になる」と明言した。これが本当ならば、たとえ習近平が貧困の撲滅を宣言したとしても、それは建前だけの話であって、本来の小康社会が実現したとは言えないのではないだろうか。

[筆者プロフィール] 藤谷 昌敏(ふじたに・まさとし
 1954(昭和29)年、北海道生れ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。

◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  絶対貧困層、富裕層の人数は? 中国人の収入の実態

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