ナチス軍は対戦車犬を「犬地雷」と呼んで恐れていたという。

 

 スターリン率いる旧ソ連・赤軍で第二次世界大戦中に配備され、その後は1990年代まで採用されていた究極の動物兵器「対戦車犬」をご存じだろうか。軍用犬の中でも優秀な犬からなる対戦車犬は、背中に爆薬と起爆スイッチとなる木製レバーを背負わされ、木製レバーを垂直に立てたまま戦車を目指して突撃した。爆薬を背負った犬が戦車の下に潜り込んだところで木製の起爆レバーが倒れ、敵の戦車を破壊するという玉砕戦法を担っていたのだ。

 この悲しい生体兵器がスターリンに承認されたのは、1924年のことだ。勢力を拡大していたナチスに対抗する苦肉の策として考えられた。当初は敵軍の武器庫や燃料倉庫に爆弾を置きに行く役割を期待されていたが、6か月間にも及ぶ訓練を重ねたにも関わらず、戦場ではほとんどの犬が混乱して任務をまとも行えなかったようだ。そこで赤軍が下した結論は、犬を使い捨てにするということ。つまり動物爆弾として訓練するということだった。それ以降、赤軍に集められた優秀な軍用犬は「対戦車犬」として、戦車や装甲車の下に餌を置き、空腹の犬が餌を目当てに戦車の下に潜り込むように教え込まれたのだ。

 その後、対戦車犬は1941年に実戦デビューを果たした。赤軍は新たにサーカスの犬トレーナーを40人ほど集め、30頭以上の対戦車犬を育て上げていたのだ。しかし、戦場での対戦車犬は前回同様、思い通りにはいかなかった。訓練された対戦車犬も銃弾が飛び交い、敵戦車が走行する戦場では普通でいられるわけがない。激しい騒音に怯えて逃げ去ったり、戻ってきて自爆するなど自陣に甚大な被害をもたらせてしまう。

 また当初、訓練に赤軍の戦車を用いたため、それに対する条件反射が成立してしまい、ナチス戦車は無視して、味方の赤軍戦車に向かって突っ込んでしまうという大失敗も起きた。その後訓練法が改善され、赤軍戦車のディーゼルと違い、ナチス戦車はガソリンエンジンだったため、ガソリンの臭いには反応するよう訓練された。

 しかし、その後、すぐにナチス軍が火炎放射器で対抗したことで、またしても対戦車犬が自陣に舞い戻っての自爆が急増。1942年にはある部隊が対戦車犬の自爆で壊滅状態になったことを受けて実戦配備は見直されるようになった。だが、この対戦車犬は1990年代まで引き継がれ、訓練は続けられていたという。

 多発したという対戦車犬の自陣での自爆だが、果たしてこれは偶然なのか。「対戦車犬」が実質中止になった直接の理由も、自陣での大規模な自爆によるものだった。記録では対戦車犬が撃破した敵戦車は300輌あまりとされているが、彼らが自陣に与えた被害はどれほどだったのか。そして、もしそれが「対戦車犬」にさせられた恨みによる行動だとしたら......。

 戦争は人を狂わせる。我々はこのような悲しい生体兵器があった事実を戒めとしなければいけない。

【関連記事】

金正恩体制の北朝鮮で失脚か? 張成沢に囁かれる怪しい正体 

Written by 内村塩次郎

Photo by Virgin Media Group

【画像】スターリンが実戦配備した究極の生体兵器「対戦車犬」の華麗なる戦歴