(植田統:弁護士、名古屋商科大学経営大学院教授)

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 12月1日に政府の成長戦略会議が開かれ、その場で「実行計画」がまとめられた。その考え方は、日本企業の最大の課題は生産性の向上にあり、特に中小企業の生産性を上げることが必要であるというものだ。そして、中小企業を合併・再編、事業転換などで規模を拡大させれば、日本企業全体の一人当たり生産性も上がるとしている。

 政府・与党はこれを受けて、中小企業の再編を後押しする税制も考えている。だが、この政策は本当に生産性を拡大させるのだろうか。

企業規模拡大論に抱く疑問

 企業規模拡大論は、先進国の統計から、労働者大企業と中堅企業で多く働いている国の方が生産性は高く、中小企業で多くの労働者が働いている国(日本がその一つである)の生産性は低いというところにある。

 確かに、大企業の方が仕事の専門化が進み、生産性が高まるであろうから、大企業中心の国の方が中小企業中心の国より生産性が高いというのは、その通りであろう。しかし、同じ国で無理やり中小企業を合併させ規模を大きくすれば、生産性が高まるかは別問題である。

 それぞれの国では、規制や商慣習等が違い、競争環境が違う。国が自由競争を強力に推進すれば、その国では競争に勝った企業はどんどん売上を伸ばし、競争に敗れた中小企業を飲み込んでいく。その一方で競争に敗れた中小企業は飲み込まれるか消滅していくので、結果的に規模の大きい企業ばかりが生き残り、その国の生産性は高まっていく。

 こうした競争の結果がその国の平均的企業規模なのであり、競争環境の違いこそが企業規模を規定しているのではないか。

 日本の場合には、国が中小企業保護政策を取り、本来消滅していく多くの中小企業を救済してきた。今日存在している日本の中小・零細企業の多くは、戦後まもなく設立され、高度成長の波に乗って成長したが、今では経営者が高齢化し、やっている事業も時代に合わなくなり、かろうじて生き延びている会社である。

 こうした中小企業は、過去30年間、様々な試練に耐え、何とか生き延びている。つまり、1990年代バブル崩壊で痛めつけられ、そこから復活してきたところを2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災で再び痛めつけられた。その後も生き延びられているのは、金融円滑化法のお陰である。

 このような中小・零細企業は売上の低下に苦しみ、不良資産を抱えながらも、銀行からそっぽを向かれないように毎年の決算をやりくりしながら、ぎりぎりの経営を続けている。

 そこへ襲ったのが、この新型コロナ禍である。ぎりぎりの経営を続けてきた中小・零細企業には、もはやこれまでというところが多くなりつつあるというのが経済の実態だ。

 そんな状況下で、中小・零細企業の規模拡大策を政府が推し進めても、それを利用して規模拡大を図るところは出てこないであろうし、また、仮に経営の悪化した中小、零細企業がより集まったとしても、弱者連合にしかならず、とても生産性が向上するとは思えない。

中小企業の再編よりも産業の新陳代謝

 米国の株式市場の時価総額上位5社(2020年12月3日現在)は、アップル(1976年創業)、アマゾン・ドット・コム(1994年創業)、マイクロソフト1975年創業)、フェイスブック(2004年創業)、アルファベットグーグルの親会社、グーグルは1998創業)という顔ぶれで、社歴が長くても40年程度の青年期、壮年期の企業である。

 その一方で、かつての米国のブルーチップ企業だったIBM1911年創業)とゼネラル・エレクトリック(GE、1892年創業)は、既に100歳を超えた超高年期企業である。時価総額で見ると、IBMは62位、GEは72位に沈んでいる。

 これに対して、日本はどうか。時価総額上位5社は、トヨタ自動車1937年創業)、ソフトバンクグループS(ソフトバンク1981年創業)、キーエンス(1974年創業)、ソニー1946年創業)、NTT日本電信電話公社1952年)である。SBGとキーエンスは壮年期の会社であるが、それ以外は相当な高年期企業である。

 5位以下を見ても、財閥系の企業、往年の名門企業が高いランキングを維持し続けていることが日本の特徴だが、それは企業の新陳代謝が進んでいないことの証左でもある。

 日本経済がこうした状況に陥ってしまったのは、政府が既存企業の保護政策を過剰に展開し、時代に合わなくなった企業の延命が図られる一方で、スタートアップが生まれやすい経営環境の整備を怠ってきたからに他ならない。

 この仮説が正しいかどうかを見るために、日本と米国の開業率と廃業率を比べてみよう。

 米国のデータが2011年までのものしか取れないので2011年で比較するが、開業率は日本の4.5%に対し米国は9.3%、廃業率は日本の3.9%に対し、米国は10.0%である。その以前も以後も、日米ともに開業率、廃業率は似たような数字で推移している。

 景気が日本より良かった米国で開業率が高いのはうなずけるとしても、廃業率も米国の方が高いというのは、どうしてなのだろうか。景気の良しあしでは説明がつかない。開業や廃業の起きやすい仕組みがあったかどうか、つまり自由競争の仕組みがあったかどうかがこの違いを左右していると考えざるを得ない。

 また、日本で廃業率が低かったのは、2009年施行の金融円滑化法と、それが2013年に終了して以降も、金融円滑化法施行時と同様の対応を取るように金融機関に政府が指導し続けてきたことの結果と見ることができる。

中小・零細企業の淘汰を阻む連帯保証

 では、時代に合わなくなった中小・零細企業の淘汰を進めることができるだろうか。

 銀行融資に常に経営者の連帯保証がついている現状(経営者ガイドラインで連帯保証を外してもらえたのは、一部の優良な中小・零細企業のみである)を前提とすれば、経営者にとっては自主廃業や破産という選択には痛みを伴う。実質、廃業状態でも、一応営業中という形を維持していった方が連帯保証債務の履行をする必要がなく、経営者個人の資産を取り上げられないで済むというメリットがある。

 だから、こうした経営不振の中小・零細企業の自主廃業や破産処理を進めていくためには、政府が経営者の自宅と生活を守る政策を打ち出していくべきである。

 また、産業構造の新陳代謝を進めていくためには、開業率の向上も必要である。日本では、リスクを取ろうという文化がない、リスクマネーを供給するベンチャーキャピタルが未成熟である等の問題点が指摘されている。

 しかし、筆者の目から見れば、より根本的な問題は、政府の政策が新しい技術や業界の成長よりも既存業界の保護に向いていることにある。そして、その結果、あらゆる業界が規制でがんじがらめになり、新規技術やサービスの開発・導入が進まない。

 今、菅首相がリーダーシップを取る政府のデジタル化の推進は、デジタル技術のスタートアップ企業にチャンスをもたらす。規制緩和の推進は、新しい技術やサービスを開発する企業のビジネス展開を可能とする。脱炭素社会の実現も、そのための新規技術の開発を推進させる。

 政府がこれにとどまらず、一層の規制緩和を進め、スタートアップを容易にする仕組みを作っていけば、開業率は高まっていく。

 ぎりぎりの経営を続けてきた中小・零細企業を無理やり合併させ規模の拡大を図るよりも、企業の廃業と開業を容易にする仕組みを作ることが、日本経済全体の生産性の向上につながっていくのである。

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