(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役)

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 世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって今年(2020年)7月末に急遽リアル開催から完全デジタル開催へと方向転換された世界最大規模の民生技術の展示会「CES」(シーイーエス)。

 年明けの1月11日から1月14日までの会期(ただし例年通り、会期初日はメディアのみ)を控え、すでに12月3日から主催者であるCTA(Consumer Technology Association)のウェブサイト上でレジストレーション(参加登録)が開始されている。

(参考)『完全デジタル開催「CES 2021」の画期的な点と残念な点』(JDIR)

 今回の記事では、完全デジタル開催でCESはどう変わるのか、基調講演や展示の見どころはどこかについて手短にご紹介したい。

 完全デジタル開催を契機に「憧れのCES」は「身近なCES」へ大変身を遂げる。

完全デジタル開催で大いに期待できる点

 まず、完全デジタル開催で来場者の「CES体験」はどう変わるのだろうか?

 期待できる点の第1は「会場での物理的な移動や待ち時間が劇的に減る」ということだ。デジタル開催は平たく言うと「CES 2021という大きなホームページができる」ことを意味する。基調講演であろうが、展示であろうが、クリックするだけで瞬間移動が可能だ。

 昨年までのようなリアル開催の場合、例えば、早朝、ベネチアンホテルのボールルームで行われる基調講演から1日をスタートした後、お隣のサンズホテル会場や少し離れたLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)で展示会場を一通り回り、さらにモノレールを使ってMGMパークシアターに移動してパネルディスカッションを聴くという「フルコース」のスケジュールを組んだとしよう。歩く距離だけで20キロメートルは下らないし(しかもどこも物凄い混雑だ)、行列の待ち時間もトータルで2時間は超えるだろう。ランチも席を取るのに一苦労だ。これらが限りなくゼロになるメリットは、冷静に考えると大きい。

 第2のメリットは「日本語での情報が得られやすくなる」という点だ。CESで難儀するのは、様々なタイプの英語に対応しなければいけないことだ(間違いなく著者もその混乱に加担しているが・・・)。CTAの事前アナウンスによると基調講演や展示などでは複数の言語のサポートがあるという。コミュニケーションの点でストレスが軽減されることは英語がネイティブレベルではない多くの日本人にとっては朗報だろう。母国語でのコミュニケーションで得られる情報の質も拡大に上がるはずだ。

 そして第3のメリットは「参加のための渡航費(出張旅費)がかからない」ということが挙げられる。この恩恵は絶大だ。CESの開催時期の渡航費は年々、上昇傾向にあり、エコノミー利用でも3泊5日で60~70万円/人、ビジネスクラス利用ならほぼ倍の値段になる。

 旅行会社には大きなダメージかもしれないが、今回は149ドル(約1万5300円。1月4日以降は499ドル)のレジストレーションフィーをクレジットカードで支払えばエントリーが可能だ。軍事以外の民生技術に関連する企業に勤める人間なら誰でも、新幹線のぞみで東京・大阪の片道程度のわずかな投資でCESへの道が開かれることの意義は大きい。

 CES体験の門戸が拡大することで参加者の多様化(例えば日本、台湾、中国、韓国以外のアジア圏からの参加、企業の若手社員の参加)につながる可能性もあるだろう。

 これまで、ありがちだったCES初体験あるあるの「ペインポイント」(イライラやがっかり)は「見どころがわからず会場を右往左往」「英語が通じないので会場でうまくコミュニケーションが取れない」「渡航費が高く会社でチャンスが回ってこない(翌年は別の人が行く番に)」というものだったと思う。

 完全デジタル化でCESのハードルが下がり、誰もがリモートワークの延長でCES 2021を深く体験できることは大きなイノベーションに違いない。

完全デジタル開催の懸念点は「克服できる」

 ポジティブな面だけでなく、逆にネガティブな面もいろいろある。

 最大の懸念点は「時差拡大による昼夜逆転」だ。CES 2021の基調講演やカンファレンスは主催者CTAの本社(バージニア州)のある東部時間で設定されている(昨年まではラスベガス=太平洋標準時:PSTでマイナス17時間)。日本との時差はマイナス14時間となり、あちらの午前9時が日本では午後11時になってしまう。リアルタイムで参加しようとするとまさに昼夜逆転の生活になるのは、著者のように夜が早いタイプにはいささか辛い(もちろん翌日の録画視聴も可能だが、間違いなく気持ちが高揚しない)。

 またリアルでの展開がない分、「想像や期待を超えた驚きや発見が少なくなること」も大いに想定される。これまでのリアルなCESでは得られた奇特な体験、具体的には、定点観測的な視座から企業や国家の栄枯盛衰に気づくことや、熱気を帯びたブースから良い刺激を受けること、ヒトや未知のテクノロジーとの「セレンディピティ(思いがけない幸運な出会い)」なども得られにくくなるかもしれない。「完全デジタル開催は便利で低コストだったけど、予定調和的でエモーショナルな感動が少なかった」という読後感に陥らないようにしたいものである。

 そして最後の懸念点は「サーバーや回線などのテクニカルなトラブル」である。事実、今年9月にほぼデジタルで開催された「IFA 2020」(ドイツベルリン。リアルイベントは完全招待制で実施)での経験では、開幕からほぼ半日以上、サーバーダウンでアクセスができない状態が続いていた。

 これらは確かにネガティブな側面だ。しかし、時差は生活習慣の工夫で克服できるし、ネットワーキングの機会づくりもCES 2021のレジストレーションのプロセスから推察する限り、主催者のCTAにもその準備はあるようだ。リモートワークでは不可能と思われたワークショップが工夫次第で運営できたように、要は前向きにトライしてみることだと思う。

 2010年にノーベル化学賞を受賞した鈴木章 北海道大名誉教授の有名な言葉に「何もやらない人はセレンディピティに接する機会はない。一生懸命やって、真剣に新しいものを見つけようとやっている人には顔を出す」とあったことを思い出そう。

 システムのトラブルに関しては参加者サイドではどうすることもできない。しかし米国と米国に次いで参加者が多い東アジアの国々では昼夜が逆転しているので、アクセスが分散するのでは、という楽観的な見方もできる。CES 2021ではマイクロソフトが全面バックアップしているとのことなので、トラブル回避のお手並み拝見といったところだ。

見どころ(1)
基調講演:GMのメアリー・バーラCEOにサプライズはあるか

 注目の基調講演だが、今年のメインイベントとして、時系列順に、ベライゾンのハンス・ベストベリ、ゼネラルモーターズメアリー・バーラ、AMDのリサ・スー博士の各社CEOが登壇する。開催日時と想定テーマ、登壇者のバックグラウンドを簡潔に整理しておいたのでぜひ参照してほしい。

 毎年、会期2日目(一般公開日開始)の朝一番の基調講演がその年のハイライトという位置付けなので、今年はゼネラルモーターズメアリー・バーラがその役回りに当たる。

 GMの工場作業員からの生え抜きでありGMインスティテュートで電気工学を学んだバックグラウンドを持つメアリー・バーラの経歴はまさに「立志伝」的で、彼女が推進するGMの「電気自動車(EV)への完全移行戦略」も興味深いことは確かだ。

 とは言うものの、昨年、CES 2021の基調講演の同じスロットに登壇し、オープンイノベーションでデジタル技術を導入、CX(顧客体験)とEX(従業員体験)を同時に向上させてデルタ航空の経営を刷新したエド・バスティアンCEOに比較すると、ややスケールダウンの感は否めない。ゼネラルモーターズ メアリー・バーラCEOの基調講演では起死回生の一大サプライズを期待したい。

 また、他の2名、米国のNO.1キャリアとして5Gを推進するベライゾンのハンス・ベストベリ、最先端のCPU「Ryzenシリーズ」でインテルを駆逐して勢い感が加速するAMDのリサ・スー博士は共に知名度は高いものの、CES 2019に続いての登壇であり、CESリピーターからの既視感は免れない。しかし旬の人選であり、両社の最先端の取り組みは、完全デジタル化で拡大するCES 2021の新規来場者を失望させることはないだろう。

見どころ(2)
出展企業:出展社は減るが体験の質は上がる可能性は大きい

 CES 2021からの流れで見ると、「5Gやその周辺の先端技術(IoT、ローカル5G、XRなど)」「モビリティやスマートシティ(CASE、MaaSなど)」「ライフテック(デジタルヘルス、スポーツテックなど)」「フードテック(人工肉、スマートキッチンなど)」が今年も話題の中心になることはほぼ間違いない。

 しかしながらCESの動向予測は毎年難しい。特に昨年は2019年からの流れを読んだ上で自信満々に「CES 2020は5G一色になる」といった内容の予測記事を上げたものの、蓋を開けてみたら5Gのソリューションでほとんど見るべきものはなく、記事を読んでいただいた皆さまにご迷惑をかけてしまったことを反省している。

 5Gに関して言えば、今年2月末に開催される予定だった「MWC 2020」(スペインバルセロナ)がコロナ禍で直前に中止が決まり、各企業ともお披露目したいアプリケーションやサービスがまとまってストックされている可能性もある。CES 2021では各社による「5Gソリューションの百花繚乱」を期待したい。

 CES 2021のサイトによると出展企業は985社(2020年12月17日現在)でCES 2020の4400社には遠く及ばない。ちなみに完全デジタル化されたCES 2021へのブース出展料金は、スタンダード(1200社限定)1500ドル(15.5万円)、プレミアム2万5000ドル(258万円)、プレミアムプラス8万5000ドル(876万円)となっていて、リアル展示に比べるとハードルは大幅に下がっているにもかかわらず、である。

 出展社数が伸び悩んでいる理由としては、7月末にCES 2021の完全デジタル化が発表されてから各社に準備の時間が少なかったこと、大手でもトヨタやエヌビディアのように年によって戦略的に出展を見合わせる企業があること、リアルのCESにおいて各国政府のバックアップを受けて多数のスタートアップ企業がエントリーしていた「ユーレカ・パーク(Eureka Park)」のような枠組みが今回は明確ではないこと、そして米中貿易摩擦の煽りや中国の景気後退を受けて中国系の企業が相次いで撤退したこと(特に情報セキュリティの面で立ち位置が微妙なファーウェイやDJI)が大きな要因だろう。

 しかしながら、今年、仮にリアルでCES 2021が開催され、例年通りに4400社が出展したとしても3日間でじっくり見て回れるブースはせいぜい300社くらいであるはずだ。

 デジタル展示で行列や待ち時間がなくなり、マルチ言語対応でコミュニケーションギャップがなくなることで、むしろ1ブースあたりの来場者の体験の質は確実に上がるだろう。

 完全デジタル開催で「憧れのCES」は「身近なCES」へ。

『JDIR』の読者の皆さんでCES未体験の方はぜひこれを機会にレジストレーションのサイトへ行かれてみてはどうだろうか?

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  完全デジタル開催「CES2021」の画期性と残念な点

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