(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 韓国の主要紙「朝鮮日報」が「我らの在寅がそんなはずない」というコラムを掲載した。極めて歯切れよく、文在寅ムン・ジェイン)政権の本質を突いている論評なので、まずはその一部を紹介しよう。

「我らの大統領がそんなはずない」

「『大韓民国は詐欺共和国』という説は少なくない統計で裏付けられている。国ごとに違いはあるが、世界的に見て最も多く起こる犯罪は窃盗だ。ところが、韓国だけは詐欺犯罪が1位だ」

「金を借りたが返済できなかったり、約束を守らなかったりしても詐欺とは言わない。人を故意にだまして利益を得た時、詐欺だという。大統領は『公正と正義の国を作る』と約束して政権を発足させたが、守られていない。4年過ぎた今、考えてみると、当初から守る考えもないのにああ言ったようだ。大統領は『住宅価格には自信がある』と声高に叫んだが、住宅価格は高騰しており、庶民はため息ばかりついている」

「検察総長(日本の検事総長に相当)に任命状を渡し、『生きている権力に厳正に対処せよ』と言ったのに、権力不正を捜査する検察総長をやり玉に挙げた。過去の為政者たちのどんな口先だけの言葉もかなわない歴史に残る虚言だ」

世論調査会社・韓国ギャラップの先日の世論調査で、大統領支持率は38%になった。同社の調査は、支持するかどうかを尋ねた後、『なぜそう思うのか、理由を一つだけ挙げてください』という記述式の問いがある。支持者の30%以上は理由を『一生懸命やっている』『全般的にうまくやっている』『分からない』と書いた。いくら考えても、うまくやっていることが見つからないため、支持理由を書けと言われて『一生懸命やっている』としか答えられなかったのだ」

「そんな悲しい回答をしなければならない政権支持者たちを見つつ、20年以上前に詐欺の被害を受けた遠い親族のぼうぜん自失とした表情が頭に浮かんだ。その親族は詐欺師だと発覚した人物に向かって最後まで『あの人がそんなはずない』と言っていた。詐欺の被害者は最後まで詐欺師を信じたがる傾向がある。大統領を支持した人たちもこう言うだろう。『我らのイニ(文大統領の愛称)がそんなはずない』」

 国内の主要紙から「我が国は詐欺共和国」と酷評されるというのは、文政権が世論から見放されつつある証拠と見るべきであろう。

「支持率40%回復」をどう読み解くか

 文在寅政権の現状を思い浮かべながらこれを読んでみると、「なるほど」と思った。私がテレビに出ている時に一緒に解説していた韓国出身の方は、今でも文在寅氏が40%近い支持を得ていることを尊重すべきだという。私も一般的な指導者についてはそう思う。しかし、前記のコラムを読んでいると、文在寅氏の場合にはそれが当てはまらないのではないかと本当に思えてくるのだ。

 ちなみにギャラップによる調査で支持率が38%から40%に回復した際(調査期間:12月15~17日)では、「支持しない」と回答した人は全体の52%(2ポイント低下)であり、「支持する」とした割合をまだ12%も上回っている。

 支持の理由について、「ハンギョレ新聞」が報じたところによれば、「新型コロナウイルスへの対応」(29%)や「検察改革」(11%)、「全般的にうまくやっている」(7%)などが挙げられている。

 一方で、不支持の理由は、「不動産政策」(20%)や「全般的に不足」(12%)、「新型コロナへの対応の不備」(11%)、「法務部と検察の対立」(8%)だ。

 支持と不支持、それぞれの理由を比較してみてどう感じるだろうか。現在の文政権の取り組みの中で、コロナ対策や検察改革の現状を見るに、これらが「うまく行っている」と韓国の国民が本気で評価しているとは到底思えない。実際、コロナ対策や検察問題を不支持の理由に挙げている人も多いのだから。

 つまりこういうことだろう。文在寅政権の体質にそもそも問題があり、さらに政策がことごとく失敗していることを多くの国民は感じ始めている。しかし、それでも文在寅氏の岩盤支持層は文在寅氏支持から離脱できない。そのため、無理やり支持の理由を考えている、ということではないだろうか。

 妄信的な文在寅大統領への支持は、ある日、国民がはっと目を醒ましたら、一気に雲散霧消する可能性もある。それほど現在の支持率は脆いものと受け止めたほうが良いのかもしれない。

K防疫を過信しすぎてコロナ対策に失敗

 文政権は自身の体質の問題、政策の失敗を「K防疫」で隠し続けてきた。昨年秋から今年年頭くらいにかけては、曺国(チョ・グク)前法相のスキャンダルによって、政権に対する信頼も急低下し、4月の総選挙での与党の勝利はかなり微妙になっていた。

 そこにコロナがやってきた。当初は感染拡大に手を焼く場面もあったが、その後はPCR検査の大規模な実施、クレジットカードの決済情報や携帯電話の位置情報などによる感染経路の特定、隔離治療などによって封じ込めに成功。一時はこの「K防疫」は国際的にも高く評価された。

 そのため、このこと自体をもって、冒頭に紹介した朝鮮日報のコラムのように「大統領による詐欺だ」とは言えないが、政権の体質の問題、政策の問題を「K防疫」で覆い隠そうとすることは、詐欺の一種といえるだろう。加えて「K防疫」を自画自賛し、そこだけに国民の目を向けさせたのは、虚偽宣伝と非難を受けても当然であろう。

 というのも、ここにきて韓国では新型コロナの感染が急拡大しているのだ。そのためマスコミでも、「文政権のK防疫成功は誤りだった」との論評が増えている。

 文大統領は、新型コロナの問題について楽観的発言を繰り返してきたが、現実にはそのたびに悲観的状況が広がっていた。コロナは「遠からず終息する。K防疫は模範事例」という言葉を何度も繰り返した。最近も「長いトンネルの先が見える」と述べていたが、実際はどうかと言えば、12月15日以降、5日連続で一日の感染者1000人を突破。第1波当時を大きく上回る感染者を日々記録している。「トンネルの先が見える」は文大統領特有の虚偽宣伝であろう。

 病床確保も問題になってきた。17日の「中央日報」はソウル市で新型コロナ感染者が空き病床を待つ間に死亡する事例が発生したと報じた。この感染者は病状が急速に悪化したため、保健所を通じて2回もソウル市に緊急病床の配分を要請したのだが、結局ベッドは用意されず、自宅で亡くなっているのが発見された。

 ソウル市の医療体制はそれほど逼迫している。

 16日午後8時の時点でソウル市の感染専門病院の病床稼働率は86.1%。重症患者治療用の病床は計80で、使用中の病床は79、入院可能な病床は1床だけである。ソウル市は急遽専門病院を年末までに5カ所追加で指定するというが、対応の遅れは否定できない。文大統領は、これでも「K防疫の成功」を主張するつもりだろうか。

ワクチン確保に失敗したことを謝罪しない文在寅

 文大統領10月、就任3年を迎えた際に行った演説で「K防疫が世界の標準になった」と胸を張ったが、今般の感染者急増で、大量の検査・疫学調査・隔離治療を中心とするK防疫は医療体制に負担をかけているという批判も相次いでいるようである。

 もう一つ、批判が高まっているのが「ワクチン確保の遅れ」についてだ。

 文大統領12月9日首都圏の防疫状況を点検するための会議で、「わが国にワクチンが入ってくるまでに外国で多くの接種事例が蓄積されるため、効果や副作用などを十分にモニタリングして、迅速に接種が始められるよう計画を前倒しして準備してほしい」と述べた。まるでワクチン確保が遅れたのは、政府がワクチンの安全性に慎重な姿勢で臨んでいるからだと言い訳しているように聞こえる。

 18日、韓国政府は、4400万人分の海外製ワクチンを確保したと発表したが、購入契約を終えたのはアストラゼネカの1000万人分だけだという。それも導入時期さえ契約書に明記されていない。ファイザーなど製薬3社とはいつ契約できるか不透明な状況のようである。

 丁世均(チョン・セギュン)首相はアストラゼネカのワクチンについて「早ければ2月」に接種が始まるとしているが、安全性検証が長期化すれば、実際のワクチン導入はそれよりさらに遅れる可能性が指摘されている。文政権はワクチン確保の問題について国民に真実を伝えているとは言えない状況だ。

 ワクチン確保にこれだけ遅れた原因について丁首相はこう述べた。

「(ワクチン購入交渉に乗り出した)7月には国内の確定患者が100人程度であったため、ワクチンへの依存度を高めることを想定できなかった面がある」

K防疫」の成功に慢心してしまい、その後の備えのために必要な手を打たなかったということだ。この失態に関して、文大統領は自らの責任をまだ認めていない。

 この間、韓国政府は何をしていたのか。国内状況が安定的に維持されるだろうと判断し、来年登場する国産ワクチンと治療剤だけを頼りにしたのが実態であるという。文大統領自ら「K防疫に続きKバイオが我々にとってもう一度希望と誇りになるだろうと信じている」などと語っていたのだ。

 文大統領の発言には、希望や期待と現実の間に乖離があることは日常茶飯事である。しかし、国民にとって最も緊急で重要な問題にこうした「虚言」を弄するのはもはや「詐欺」と言わざるを得まい。

 文政権はコロナが急拡大する中でも対応を変えなかった。感染の急拡大に伴い、世論の批判も高まる中で慌てている。

目に余る「強引な国会運営」

 文政権は、一時的な「K防疫の成功」で、4月の総選挙で圧倒的な勝利を収め、その数をもって国会で強制採決を繰り返し、「公正と正義の国を作る」という文大統領の以前の発言とは真っ向から対立する「非民主的な国会」を作り上げてしまった。

 その因果だろうが、文大統領の支持率が急落した。朝鮮日報が指摘するところによれば、これに慌てた与党は12月初めに、「支持層を再結集し、多くの国民と対決する粗悪な陣営政治」を解消することを解決策に挙げたという。要するに、支持率下落の原因を読み間違えているというのだ。

 文陣営では、支持率の下落が、「公捜処(高位公職者犯罪捜査処)設置を強行し、尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長を攻撃せよ」というシグナルと解釈したのだという。

<今なお総選挙での勝利に酔い、「『180議席を与えたのに、今何をやっているのか』と民心が叱責している」との錯覚に陥っている。民心についての深刻な誤読だ>(12月20日付・朝鮮日報)

 民心の誤読は公捜処や尹検事総長に関することだけではない。「不動産政策」「コロナへの対応」「経済・民生問題への対応」など政策面での失敗が支持率急落の原因であることも認めようとしていない。さらに「法務部と検察の対立」「対北朝鮮ビラ散布禁止法」などで強引な立法措置を続けたことが文政権への不支持を増やしていることにも気づいていない。

 米国は韓国政府が強引に国会を通した「対北朝鮮ビラ散布禁止法」を批判し、来年早々米議会で聴聞会を開催するといった。また、トマス・オヘア・キンタナ国連北朝鮮人権状況特別報告者が「民主的機関が適切な手続きにより改正法を見直すことを勧告する」とメディアとのインタビューで語った。

 これに対し韓国統一部は「国会で憲法と法律が定めた手続きにより法律を改正したことに対してこのような言及が出て遺憾」と反論した。

 しかし、この法律は野党が大反対する中、強引な多数決原理で成立したものである。また、この改正の目的として「多数の境界地域の国民の生命安全保護のために」と言っているが、現実には金正恩氏の妹の金与正氏の恫喝にしり込みしたものである。

 文政権の国際社会に向けた発信もこのように欺瞞に満ちている。

 今の韓国国内政治は、「自分たち与党はすべて正しい、野党はすべて間違っている」との前提から出発しているのが実情だ。そうでなければ、国会でまともに審議もせずに自らの政策を通すことなど考えられない。これが「公正と正義の国」なのか。

「公正と正義の国を作る」との発言こそ最大の詐欺

「曺国黒書」と呼ばれる政権批判の書『一度も経験したことのない国』は、ジャーナリスト弁護士会計士ら5人の著者によるベストセラーだが、さすがにこの著者たちの指摘は厳しい。同書の10万部突破を記念して開かれたオンラインイベントでも「現政権では民主主義が事実上蒸発した」と嘆いている。

 著者の一人、陳重権(チン・ジュングォン)元東洋大学教授は「今の政権の人たちが信じる民主主義と、我々が知っている民主主義は言葉は同じだが、その内容は違う」、「今の政権の人間たちは運動圏(左派の市民学生運動勢力)的な民衆民主主義の観念を持っており、民主主義を単なる多数決と考え、自分たちの考えを少数に強要し、それが善であると錯覚している」と指摘。

 壇国大学医学部の徐珉(ソ・ミン)教授は、「今の政権のすべてを示すのが尹美香(ユン・ミヒャン)議員だ」、「かつての政権であれば、とっくの昔に追い出されていたはずだが、現政権では尹美香氏は今も国会議員をしている。このことが、現政権がいかなる政権か示していると思う」と述べている。

 慰安婦支援運動の中心にいた尹美香氏は、寄り添っていたはずの元慰安婦からそっぽを向かれ、厳しい批判に晒されている。言うなれば尹美香氏は、元慰安婦に対し最大の詐欺を働いたと言うことができよう。その人が国会議員を続けている。大統領や与党は、彼女を一生懸命擁護している。公正も正義もあったものではない。韓国国民はそれをどのように考えているのだろうか。

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