(加藤勇樹:香港企業Find Asia 企業コンサルタント

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 2020年10月、限られた範囲内で行われていたデジタル人民元の導入実験が、一般市民に拡大されました。一般市民に抽選で、1人あたり200元(約3000円)のデジタル人民元が配布されたのです。デジタル人民元の普及によって、中国のデジタル経済圏が今後どう変わっていくか、2021年以降を予測してみます。

デジタル人民元はモバイルペイメントとどう違うか

 デジタル人民元は、「WeChat Pay」「Alipay」など中国で主流のモバイルペイメントとどのように違うのでしょうか。

 一つ目の違いは決済システムにおいて、銀行や第三者決済機関などのほかのプラットフォームが介在しない点です。

 モバイルペイメントのユーザーは、各アプリ使用時のアカウントに銀行口座情報などを紐づけます。これによって、ユーザーは支払いなどの決済や送金の際に銀行口座から引き落としを行うことやアプリアカウントに一時的に現金を入金することができます。

「WeChat Pay」「Alipay」が直接決済するのではなく、モバイルペイメントの運営企業が第三者決済としての決済を先に代行した後、ユーザーが紐づけている銀行口座から運営企業へ決済代行分の金額が移動します。クレジットカードによる決済も類似の決済処理がなされています。つまり現金そのものが決済と即時に連動はしていません。

 デジタル人民元の場合は、決済のための第三者が関与することがありません。中国の中央銀行または国有銀行が直接決済処理を行っています。

 デジタル人民元では、デジタル化された金融情報や決済情報の取り扱いも大きく変わります。デジタル人民元を介して取り扱われた取引や決済は、それぞれが連続した追跡可能な電子記録として管理するとのことです。

 デジタル人民元の安全性の強化対策として、ビットコインなどの仮想通貨暗号資産)と同様のブロックチェーンを用いているとされています。仮想通貨取引がユーザー間で支払い情報を管理することで分散管理式で安全性を保証しているのに対し、デジタル人民元は中央銀行がすべての取引記録を管理する中央管理式である点が異なります。

 このデジタル人民元は法定通貨と同様の価値と地位を持つことが明言されており、紙幣として目に見える形で使用されている、現在の通貨とはなんら変わりがありません。紙幣としての1元とデジタル人民元の1元は同価値と定められています。

 中国ではクレジットカードによる支払いや、モバイルペイメントの支払いを受け付けないことがあります。一方、法定通貨としての地位が保証されたデジタル人民元は、取引の拒否が行われた場合は違法となります。

デジタル人民元がもたらす変化

 ではデジタル人民元の導入によってどのような変化が起こりそうでしょうか。

 まず予想されるのはテンセントアリババを中心とする、デジタル経済圏の構造変化です。

「WeChat Pay」はテンセントグループ、「Alipay」はアリババグループによってそれぞれ運営されています。テンセントグループによるサービスを享受するためには「WeChat Pay」を使用する、アリババグループによるサービスを利用するためには「Alipay」で支払う、というように、両サービス間では相互での乗り入れが難しい状況にあります。

 テンセントグループもアリババグループも、それぞれの決済方法を制限することによって、ユーザーの囲い込みやグループ内でのユーザー情報の有効活用を図っています。これが、デジタル経済圏のカギを握っているのです。

 デジタル人民元という新しい決済方式の登場で、今後テンセントアリババはデジタル経済圏に対する新戦略が必要になると筆者は考えています。

 中国は、国内のサイバーセキュリテイ対策を、モバイルペイメントのプラットフォーマーと協力して実施しています。今後もテンセントアリババと行政機関との間での情報共有は継続されるでしょうが、企業とデジタル人民元ビッグデータの取り扱いにおける競争関係になるかもしれません。

 次に考えられるのが、中国国内の経済政策への活用です。デジタル人民元の流通や消費状況を追跡することで、中国国内の経済状況や人口移動の把握、各産業の政策決定への活用が今後行われるでしょう。

 2019年における中国デジタル経済の規模は約35兆人民元で、GDP比36%と「中国デジタル経済白書」で報告されています。今後デジタル人民元の普及が進んだ場合、各地域のミクロな経済状況の把握や対策に期待ができると中央銀行は見ています。

 ただ、デジタル経済の浸透度は地域によって違いがあります。デジタル人民元によってこのような地域差の解消が進むと考えられます。

一般市民に抽選で200元を配布

 限られた範囲内でのデジタル人民元の導入は、2020年の初頭から始まりました。ハイテク企業の集積地である深圳市シンガポール政府と共同運営のハイテクパークが位置する蘇州市、西部大開発の重点都市の成都市、首都である北京市近郊に位置し首都機能の一部移転が計画されている雄安地区です。これらは、行政機関の職員に対する手当の支給や、公的機関内での消費などに限定されたものです。

 導入実験が一般市民に拡大されたのが2020年10月です。深圳市の公式ホームページを通じた抽選によって、一般市民5万人に対し、1人あたり200元(約3000円)のデジタル人民元が配布されました。

 その後、蘇州市でも導入実験が始まりました。1人あたり200元の配布は同じですが、対象が10万人に拡大しました。蘇州市での実験では実店舗だけではなく、ECサイトでの利用もできるようになりました。

 デジタル人民元と連動した初のECサイトはJDグループ(京東集団)です。同社はモバイルペイメントやEC事業でテンセントアリババに次ぐ3番手の企業です。テンセントアリババではなくJDグループが選ばれたのは、従来のデジタル経済圏とは別のシステムを目指そうと意図したのかもしれません。

注目は2021年の春節

 このあと、デジタル人民元の導入はどのように進むでしょうか。

 導入実験が行われている成都市と雄安区での一般市民への導入は予想できます。

 これに加えて香港での試験導入は十分にあり得ます。人民元の国際化で香港が重要な役割を果たしている点や、キャッシュレス経済が中国本土と比較すると成長途中であることなどが理由です(中国政府公式資料、http://www.gov.cn/xinwen/2020-08/03/content_5532218.htmより)。

 一方、デジタルインフラが相対的に貧弱とされていた地域での、デジタル人民元の導入が提案されています。新華社通信や人民日報によると、中国の北西部の蘭州市やラサ市など、社会条件や消費動向が異なる地域にも実証実験が広がるようです(http://finance.people.com.cn/n1/2020/1207/c1004-31957173.htmlhttp://politics.people.com.cn/n1/2020/1209/c1001-31960036.html

 中国でモバイルペイメントをはじめとするキャッシュレス社会が成長したのは、クレジットカードの普及やインターネット産業の発展が2000年代以降であり、先進国と比較すると後発のため新技術の導入余地があったからです。比較的デジタルインフラが整備途上である内陸の地域で、デジタル人民元の導入を図っているのは、このような理由かもしれません。

 今後のデジタル人民元の実証実験における注目点は、2021年の2月の春節と見ています。

 テンセントアリババをはじめとするモバイルペイメント運営企業は、中国の新年にあたる春節にキャンペーン活動を行ってきました。モバイルペイメントでお年玉を贈ると抽選やキャッシュバックなどを行ったことが、デジタル経済圏の成長に寄与してきました。2015年の腾讯网の報道などによると、同年の春節ではテンセントアリババ、バイトゥなどが現金で6億元、クーポンなどで64億元をユーザーに提供しました。

 2021年の春節では、中国国内の景気刺激策を兼ねて、デジタル人民元の新導入や大規模な配布が起こるかもしれません。デジタル人民元は、モバイルペイメントと同様に3~4年という短期間で普及することあり得るでしょう。

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公式アプリに表示されたデジタル人民元(写真:ロイター/アフロ)