令和2年7月豪雨で被災し、全線不通が続く熊本県第三セクターくま川鉄道。全5両が浸水し橋も流出した一方で、鉄道の存続は決定しました。その背景と、復旧に向けて動き始めた現地の様子を取材しました。

くま川鉄道の全5両が浸水 エンジンがかかるのは1両だけ

熊本県を中心に80人以上の死者・行方不明者を出した「令和2年7月豪雨」。特に被害が大きかった熊本県南部の球磨地方では、家屋だけでなく、鉄道をはじめとする交通インフラにも甚大な被害が出ました。

球磨地方の中心都市である人吉市につながる鉄道路線は、2020年12月上旬時点で全て不通となっており、公共交通機関で向かう方法はバスやタクシーしかありません。車による移動も一般国道の通行止めが続いています。そのため九州道の八代IC~人吉IC間は無料の措置が取られています。

鉄道路線の「湯前線」を運営する第三セクターくま川鉄道人吉市)も被災しました。湯前線はJR人吉駅に隣接する人吉温泉駅(人吉市)から湯前駅(同・湯前町)までの24.8kmを球磨川沿いに結んでいますが、途中の川村~肥後西村間にある登録有形文化財の球磨川第四橋梁が流出。また、保有車両の5両全てが浸水し、当面運行できない状況です。

くま川鉄道営業企画課の下林 孝課長は、車両の被害についてこう説明します。

「同業のエンジニアに見てもらったところ、1両だけエンジンがかかる車両がありました。ただし正式な点検がまだ実施されておらず、5両全てで点検、整備を行わないと営業運転ができない状態です。ただ幸いにして床上部分は水に浸かりませんでしたので、客室部分はそのまま使えそうです。床下部分はそのままにしておくと錆びてしまいますから、定期的なメンテナンスは続けています」

現在はバス代行輸送を続けており、原則、定期券回数券の利用者に限り人吉温泉~湯前間で、朝と、夕方から夜の時間帯に運行しています。利用者の大半は沿線の高校生です。通学時間帯は各駅に運転士や駅員などを配置して、代替バス輸送の応援を行っています。

「本当であれば、今だからこそできるイベントを実施したいが…」

元々くま川鉄道は利用者の8割が生徒で、4つの高校で計850人近い通学利用者がいました。通常は1両編成のところ、朝の通学時間帯は3両編成で運行することも珍しくなく、乗車率も130%にのぼります。下林さんは「現在の利用者は被災前と比較して2~3割は減っている」と見ているものの、この通学需要をバスだけでまかなうため、上下線で13台も運行しているといいます。鉄道だと45分で走行していた全区間(人吉温泉~湯前)は、バスだと70分かかります。

「本当であれば、週末にファミリー層やファンの方向けに、くま川鉄道が忘れられないよう、今だからこそできるイベントを実施したいところです。ところが、平日がバス代行にかかりっきりになっている以上、週末の人員に余裕がない状況です」(くま川鉄道営業企画課 下林 孝課長)

地元高校生の足として欠かせない事情もあり、くま川鉄道は2020年8月末にも鉄道路線を「存続」する方針を決定しています。被災をきっかけに廃線やBRT転換となってしまう地方鉄道路線も少なくない中、いかに地元から必要とされているかがうかがえます。

くま川鉄道の復旧に向けて動きが

工事自体はまだ着手されていませんが、運行再開の兆しは見えてきました。復旧計画などを策定する「くま川鉄道再生協議会」が10月に設置され、一部区間の再開が検討されています。

くま川鉄道の現状として、流失した球磨川第四橋梁から上流部分は被害がそれほど大きくなく、肥後西村駅(熊本県錦町)から終点の湯前駅までは線路が比較的しっかり残っています。例えば、そこに修理を終えた車両を陸送し、両駅間で運行再開するということも考えられます。

肥後西村~湯前間の営業キロは19kmで、全区間24.8kmの8割近くを占めます。この区間だけでも鉄道輸送が復旧できれば、利用者の負担軽減が期待できます。ただし、全線復旧は球磨川第四橋梁の再建が必要で、復旧に3~4年はかかる見通しです。

再生協議会が設置され、くま川鉄道の復旧も少しずつですが動き出しています。全線復旧にはまだ時間がかかりそうですが、区間復旧の日は遠くないものと筆者(河嶌太郎:ジャーナリスト)は信じています。くま川鉄道をはじめ、被災された地域住民の方々の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

被災したくま川鉄道の車両。天気の良い日は扉を開けて換気をしている(2020年10月、河嶌太郎撮影)。