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革命の萌芽を残して「ジャンプ+」に帰還した『チェンソーマン

コロナ禍によって、日本中に暗いムードが漂った2020年。そんななか、毎週、月曜日に一筋の希望をもたらした漫画があった。それは『チェンソーマン』(原作:藤本タツキ)だ。

週刊少年ジャンプ」(集英社刊)で18年12月から連載を開始した本作。先日発売された『このマンガがすごい!2021』(宝島社刊)ではオトコ編1位を獲得し、12月14日にジャンプ本誌での連載を終えた今もその勢いは増すばかり。

衝撃的なバイオレンス描写やダークなストーリー展開など、「友情・努力・勝利」をモットーとする「週刊少年ジャンプ」らしからぬ『チェンソーマン』がここまでヒットした背景について、自身も大ファンであるというドラマ評論家の成馬零一氏に話を聞いた。

成馬氏は「ヒットは特異な事例の一つ」としながら、本作が持つ“漫画ならではの引力”についてこう語る。

「表エースが『鬼滅の刃』だとすると、“裏エース”は『チェンソーマン』でした。あまりジャンプの漫画に興味がない人でも、画を見ただけで“すごい!”と思わせる力があり、大友克洋の『AKIRA』(講談社)以降、定着した漫画表現を、大きく更新した作品だと思います。

同じジャンプ漫画でも『呪術廻戦』は言葉の比重が大きい“読み物”という印象ですが、『チェンソーマン』は画でストーリーをかたる要素がとても大きい。ページをめくった時の見開きの使い方や、同じ構図のシーンを繰り返すことで登場人物の関係性やテーマを語る手法が実に見事で、漫画でしかできない表現がたくさんありました。だからこそ、漫画ファンが毎週、盛り上がっていたのだと思います。作家やミュージシャンの方も多数反応していましたが、クリエイター心をくすぐる作品でしたね」

本作の担当編集である林士平氏(集英社)によるSNS全盛期ならではのネットを巧みに使った仕掛けも一因にあるという。

「林さんはネットとの連動がとにかくうまいですよね。Twitterの使った宣伝が上手で、単行本が発売される時も、ミュージックビデオのようなものを作ってうまくイベント化していました。藤本タツキさんの才能はもちろんありますが、裏で支えている林さんの存在が大きいと思います。

また、林さんが『このマンガがすごい!2021』のインタビューでも語っていたことですが、本誌の評価基準が、かつてのアンケート至上主義から、コミックスの売上やアニメ化など様々な評価軸から総合的に判断するように変わった影響も大きいと思います。本誌を純粋に読んでいる中高生だけでなく、ネットで漫画を読む読者にアプローチできたことも、『チェンソーマン』が評価された理由の一つですね」

林氏は藤本タツキ氏との二人三脚ぶりについてこう語っている。

《アンケートだけでなく、コミックスの売上とかいろいろな評価軸を総合している感じですね。藤本さんはアンケート結果を気にしないので、結果はお伝えしません。(中略)僕としても、アンケート結果に左右されて物語の展開を変えるようなことはしてほしくない。藤本さんが楽しく描き切ってくれればいいです》(『このマンガがすごい!2021』より)

また漫画の“読まれ方”が変わったことも本作を後押ししている。物語が終盤に差し掛かった今夏ごろから、毎週、日曜から月曜になった深夜0時直後にはTwitterで軒並み『チェンソーマン』の関連ワードがトレンド入りする事態に。これには、アプリ「ジャンプ+」での「週刊少年ジャンプ」の定額制配信サービスが影響していると成馬さんはいう。

「『鬼滅』の終盤あたりから、月曜日のTwitterのトレンドにジャンプ関連の話題が必ずは入るようになってきたと、感じます。『週刊プレイボーイ』のWEBサイト『週プレNEWS』で配信されている『キン肉マン』でも同じことが起こっています。かつてのジャンプは、学校で回し読みされることで、人気漫画の話題が共有され、口コミで広がっていったのですが、同じことが、配信開始の月曜0時にTwitter上で起きているのだと思います。

『鬼滅』と『約束のネバーランド』が終わって、落ち着いたころに『チェンソーマン』が盛り上がりはじめました。「地獄の描写」が出てきたあたりから、SNSでの騒ぎ方が尋常じゃなくなって、またそれを見た人たちが“何が起こっているんだ”と盛り上がるようになったと記憶しています。ある意味、ネットを通じて週刊連載が毎週、盛り上がる状況にジャンプが戻ったともいえます」

ジャンプ+」で第2部を開始することが発表されている本作だが、『チェンソーマン』の登場によって今後、“本誌からウェブ”への流れは加速していくと成馬さんは分析する。

「もしかしたら今後、漫画の主戦場は、ジャンプ+に移っていくのかもしれません。『チェンソーマン』の第2部もジャンプ+で始めるそうですし、無料で読める漫画がとても多くアクセスしやすい。また、ジャンプ+は新人発掘に力を入れており、漫画投稿アプリの『ジャンプルーキー!』の「連載争奪グランプリ」や編集者と作家がタッグを組んで連載獲得に挑む「MILLION TAG」など、作家を育てる仕組みが多数用意されていて、どれも敷居が低いのが特徴です。

藤本タツキさんの登場によって、ジャンプ+のほうが本誌よりも自由で新しい表現ができることが明らかになってしまったとも言えます(編集部注:藤本タツキ氏の連載処女作『ファイアパンチ』はジャンプ+での連載作品)。

本誌の場合は、“ジャンプ”という枠組みに最適化された漫画を、どのように作るかが問われますから、非ジャンプ的な要素が強い作品の連載はどうしても難しくなるし、人気が出るかもわからない。

仮に僕が、藤本さんと同じ20代で『チェンソーマン』に衝撃を受けた漫画家の卵だとしたら、やっぱり、本誌よりもジャンプ+で連載したいと思うんですよね。『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』のような作品を描いても理解してくれる読者と編集者がいて、同じような作品を書いている才能のある漫画家がここにはたくさんいるという確信が、今のジャンプ+にはある。かつてのトキワ荘みたいなイメージですよね。

5年後くらいに漫画の中心がどこにあるかと考えたときに僕はジャンプ+の方が有利なんじゃないかと思います。すでにジャンプ+では、『SPY×FAMILY』、『怪獣8号』といったヒット作品が続々と生まれており、本誌の漫画に負けない面白さがあります。こういった状況の象徴として現れたのが、藤本タツキの『チェンソーマン』なのだと思います」

革命の萌芽を残して「ジャンプ+」に帰還した『チェンソーマン』。果たして第2部では、どんな“事件”を起こすのか今から楽しみでならないーー。