(北村 淳:軍事社会学者)

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 米国のトランプ大統領は就任以前から台湾への軍事的支援をアピールしていた。実際にトランプ政権が発足すると、台湾への武器輸出はコンスタントに実施された。

 そして、再選を果たせなかったトランプ政権にとって最終段階となった本年(2020年)10月下旬から12月上旬にかけても、台湾への武器輸出は一層加速された。この最終段階において輸出が許可された兵器の中には、中国軍が忌み嫌う地対艦攻撃用兵器やスタンドオフ対地攻撃ミサイルが含まれている。

米国が輸出した接近阻止兵器

 台湾空軍は、米国から135発のAGM-84Hスタンドオフ対地攻撃ミサイル(SLAM-ER)と訓練用ミサイルや支援装備類を手に入れることになった。これによって、台湾軍は安全な台湾領海上空の戦闘機から中国軍航空施設を攻撃することが可能となった。

 また、台湾陸軍も11両のHIMARS(高機動ロケット砲システム)、64両のATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)、100両のHCDSハープーン沿岸防衛システム)を、それぞれ地対艦攻撃用ロケット弾ならびに地対艦攻撃ミサイルとともに装備することになった。

 米軍(とその同盟勢力)が東シナ海や南シナ海を中国大陸に向けて侵攻する場合、それに対する中国軍の防衛策の主軸は、米軍側艦艇や航空機の攻撃圏外から多種多様の対艦ミサイル対空ミサイルによって攻撃して、中国沿岸域への敵の接近を阻止することにある。

 台湾軍も、中国軍の接近を阻止するための対艦ミサイルを開発し配備を進めているが、米国から上記のような地対艦攻撃兵器を輸入することによって、台湾軍の接近阻止戦力は格段と強化されることになる。接近阻止戦力の有用さを熟知している中国側にとっては、少しでも避けたい事態ということになる。

極東米軍の死命を制する台湾防衛

 台湾への軍事的支援は、中国を封じ込める中国包囲網構築のための極めて重要な鍵となる。万が一にも台湾が軍事的に中国の手に落ちてしまったならば、東シナ海と南シナ海のど真ん中に、中国が西太平洋に直接進出するための拠点が誕生することになり、中国包囲網の構築は不可能になってしまう。

 それどころか、中国軍が台湾各地に対空ミサイル対艦ミサイルを展開し、また台湾の航空基地や海軍基地を使用することになると、日本を拠点とする米軍の行動は大きく制約されてしまう。

 たとえば、米海軍艦艇が、台湾海峡はもちろんのことルソン海峡(台湾とフィリピンの間のバシー海峡、バリンタン海峡、バブヤン海峡の総称)を通航して南シナ海に進入することは極めて危険な状況となる。また、先島諸島(宮古列島・八重山列島)周辺空域やルソン海峡上空域は、台湾からの地対空ミサイル射程圏内となり、米軍機にとっては鬼門となってしまう。

 したがって、大統領選に敗れたとはいうものの、トランプ政権は最後の最後まで台湾への軍事的支援を強化し続けているのである。

米軍関係者が不安視する日本の親中政治勢力

 台湾防衛はもちろん台湾への武器輸出だけでは全うできない。

 上記のように台湾防衛は、米軍による東シナ海や南シナ海での軍事行動を左右することになるが、とりわけ東シナ海と西太平洋を隔てている南西諸島の防衛と台湾の防衛は切っても切り離せない関係にある。

 そもそも九州から与那国島そして台湾にいたる南西諸島島嶼ラインは、中国軍が海軍戦略上最も重要な「第一列島線」と名付けている島嶼ラインの北半分を意味している。そのため、この南西諸島周辺での自由な軍事活動を「米軍側が維持するのか? 中国軍側が確保するのか?」が、台湾の死命を制することにもなるのだ。

 ところが日本の政治情勢を分析する米軍関係者とりわけ情報関係者たちにとって、台湾そして南西諸島での対中防衛態勢の確立にとって、大きな不安が生じている。日本政府である。

 米国が台湾支援を推し進めている状況のなかで、万が一にも中国が何らかの対台湾軍事的行動に打って出た場合、「日本政府は米軍と共同歩調を取って台湾防衛に自衛隊を派遣するのであろうか?」という疑問を彼らは抱き始めているのだ。

 なぜならば、政権与党である公明党と中国との“良好”な関係は周知の事実であり、自民党の重鎮である二階俊博幹事長が“親中”であることも広く知られている。また、安倍政権の目玉政策の1つであった観光立国政策はその二階氏と当時官房長官であった菅義偉総理が強力に推進してきたことも米軍情報関係者にとっては常識だ。

 COVID-19禍の状況下でも観光業者を保護するためのGoToキャンペーンなどを実施し続けている状況から推測すると、パンデミックが下火になると共に、菅政権は安倍政権の時期以上に強力に外国人観光客の誘致に全力を傾けることは容易に想像がつく。そして、インバウンドの最大顧客は中国である(日本政府観光局の統計によると、2019年における訪日外国人の30.1%が中国から、7.2%が香港からである。台湾からは15.3%であった)。

 このように、日本の政治を実質的に仕切っている実力者や基幹政策から判断すると、たとえ親台湾派の勢力が政府や議会内に存在しているとしても、そして台湾防衛と南西諸島防衛が表裏一体の関係にあるとは言っても、日本政府が中国と軍事的に対峙してまで台湾防衛に参加することを米国側が期待するのは、極めて“危険な期待”となりかねない。

 このような不安を抱いている米軍関係者が少なくないことを肝に銘ずべきである。

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