タイガー」「キングタイガー」「パンター」など名だたる戦車をいくつも開発したドイツは、戦車大国のイメージが強いかもしれませんが、第2次大戦では強力なソ連戦車に悩まされたことも。それを救ったのは急ごしらえの対戦車車両でした。

ドイツ戦車の進撃を阻む強敵 ソ連戦車2大強雄T-34とKVの登場

第2次世界大戦当時のドイツ戦車部隊というと、大戦初期は「III号戦車」や「IV号戦車」を装備し、大戦後半になると「パンター」戦車や「ティーガータイガー)」戦車、そして最後は「ティーガーII(キングタイガー)」戦車で戦った、そんなイメージがあるかもしれません。

表向きは優秀な国産戦車を多数保有する戦車大国。しかし実際のドイツは終始、自軍戦車の不足に悩まされていたのが実態でした。そこで、大戦勃発前からドイツは国産戦車の不足を穴埋めするため、併合したチェコのLTvz.35やLTvz.38といった戦車を、35(t)戦車38(t)戦車として自軍で運用、戦力の不足は機甲戦術を巧みに駆使することで補い、ポーランドフランスなど、隣接するほかの陸軍大国を打ち負かしていたのです。

ところが1941年6月22日ドイツがソ戦に攻め入り、いわゆる「独ソ戦」が始まると、ドイツ戦車部隊に強力な「壁」が立ち塞がりました。当時、ソ連軍が装備し始めていたT-34中戦車やKV重戦車は、どちらもドイツ軍最強のIV号戦車(短砲身型)より強かったのです。これは通称「T-34ショック」とか「KVショック」と呼ばれますが、歴戦のドイツ戦車兵たちは、性能で劣るドイツ製戦車を優れたテクニックや戦術を駆使して運用することで、なんとか劣勢をしのぎました。

しかし、性能のギャップは急いで埋めねばなりません。こうして、ドイツ軍のなりふり構わぬ対T-34中戦車、対KV重戦車の動きが始まりました。とはいえ新型戦車や、強力な新対戦車砲(戦車砲)は、一朝一夕には造れません。そこで、ある緊急手段が考えられます。

強敵ソ連戦車を倒すためにソ連の大砲を使っちゃえ!

それは、独ソ戦の緒戦で大量に鹵獲(ろかく)したソ連製の76mm野砲M1936F-22を再使用するというものでした。

この砲は、野砲ながら高初速で装甲貫徹力に優れているのが特徴でした。そのような“優秀”な砲を1200門以上も鹵獲したため、ドイツ軍は「7.62cmFK296(r)」という型式番号を付与して自軍装備に編入、そのまま使用したのです。

ちなみに、番号の末尾に付けられた(r)は、ソ連(ロシア)からの鹵獲兵器であることを示しています。しかも、次世代対戦車砲(戦車砲)として開発された国産の7.5cm砲PaK40が配備されるまでのつなぎとして、この7.62cmFK296(r)に、野砲から対戦車砲へと「変身」させるための改造まで加えました。

原型のF-22では、砲の左右両側に操作ハンドルが分かれていたため、照準手(射手)と操砲手のふたりで操作する必要があります。しかしこれだと対戦車戦闘時、動く敵戦車を砲手ひとりで狙い続けることが難しい構造でした。そこで、左側の砲手席で全ての操作ができるようにドイツ軍は改造したのです。

加えて、砲と一緒に鹵獲したソ連製の砲弾がなくなっても使い続けられ、なおかつ威力の一層の向上を図るべく、自国製の7.5cm砲弾を撃てるように薬室を改造。照準器も精度の高い自国製のもの、前出の7.5cm砲PaK40と同じものを装着しました。

こうして、ソ連生まれの76mm野砲M1936F-22は、ドイツ軍の7.62cm対戦車砲PaK36(r)として生まれ変わり、ソ連戦車に対して牙をむくこととなったのです。

チェコ製戦車+ソ連製野砲=ドイツ軍最強対戦車自走砲

7.62cm砲PaK36(r)は、牽引式対戦車砲としても使用されましたが、ドイツ軍は本砲を自走車台と組み合わせ、対戦車自走砲もいくつか開発しています。

冒頭に記したように、ドイツチェコを併合した際、同国のLTvz.38を38(t)戦車として用いました。独ソ戦において同戦車は、T-34中戦車やKV重戦車に歯が立たなかったため、徐々に戦場から引き揚げられますが、砲塔を撤去し、そこに開放式(オープントップ)の戦闘室を設けて7.62cm砲PaK36(r)を搭載することで、火力の面でT-34中戦車やKV重戦車に対抗できるように仕立て直されます。

こうして対戦車自走砲に生まれ変わった同車には、新たに「マルダーIII」という名称が与えられました。なお「マルダー」とは、ドイツ語で動物の「貂:テン」という意味です。

マルダーIII」は、防御力はともかく、火力に関しては見事、T-34中戦車やKV重戦車を葬るだけの能力を獲得していたため、334両(異説あり)が生産されたといいます。

このように、チェコ製車体にソ連製の砲を組み合わせた、ドイツ生まれでもなんでもない戦闘車両が、一時はドイツ軍における対ソ連戦車の頼みの綱になっていたのは皮肉といえるのかもしれません。

しかし冒頭に記したように、ドイツ第2次世界大戦の開戦前から戦争終結まで常に戦車不足に悩まされ続けていました。そう考えると、「マルダーIII」のような戦闘車両こそ「世界に冠たるドイツ装甲部隊」の実態を端的に示す「代名詞的存在」といえなくもないでしょう。

1942年8月、東部戦線で戦う「マルダーIII」対戦車自走砲(画像:ドイツ国立公文書館)。