新型コロナウイルスパンデミックに収束の見通しが立たないなか、昨年末の12月26日、さらに世の中を不安にさせるリポートが発表された。

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 このリポートについて、12月27日BBCニュース(日本版)は以下のように報じている。

中国、「2028年までにアメリカ追い抜き」世界最大の経済大国に=英シンクタンク

 英シンクタンク「経済ビジネス・リサーチ・センター」(CEBR)は26日、中国が当初予測よりも5年早い2028年までに、アメリカを抜いて世界最大の経済大国になるとの報告書を発表した。

 CEBRは毎年12月26日に、世界各国の経済状況を比較した「世界経済リーグ・テーブル」を発表している。

 同シンクタンクは、新型コロナウイルスによる感染症COVID-19」への中国の「巧みな」管理能力が、今後数年間でアメリカや欧州と比較して相対的な成長を後押しするだろうとした。この他、インド2030年までに世界第3位の経済大国に成長すると予測している。

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 筆者はCEBRが毎年年末に上記記事にある「世界経済リーグ・テーブル(WELT)」を発表することは知っていたが、その内容を詳細に見たことはなかった。

 早速、CEBRのウエブサイトを訪問し、当該リポートをダウンロードした。

 2021年版のリポートは全240ページ、世界193か国の2035年までの経済予測を行っている。今年度のWELTランキング・トップ30は図表1のとおりである。

 さて、英国といえばロシアにとっては米国と並んで冷戦時代からの敵国であったが、ロシアとなってからは多くのロシア人富裕層が移り住み、「ロンドングラッド」(Londongrad)*1なる造語ができるほど経済面でのつながりは深い。

*1=ロンドンロシア語で土地を意味するグラッドを合わせた言葉で、ロシア人富裕層の英国移住を意味する。

図表1

 英国を代表するシンクタンクであるCEBRがロシア経済の先行きをどのように見ているかは、ロシアビジネスに携わる者としては興味のあるところである。

 まずロシアのWELTランキングを見てみよう。足許2020年および直近2021年のランキングは11位、2025年12位、そして2030年、35年は10位に浮上する予測となっている。

 ロシア2035年時点での順位は足許2020年と大きく変わらない(11位→10位)ものの、足許では上位にいるイタリアカナダ、韓国が後退する一方、ブラジル(9位)、インドネシア(8位)がロシアを追い越して上位に位置している。

 WELTリポートではランキングのベースとなる各国別の分析も行われている。

 ロシアに関するページを見ると、英国のシンクタンクにもかかわらず割とニュートラル、いやむしろポジティブな記述が多いことが意外である。

●1人当たりGDPは$9,972 (購買力平価ベース)であり中高所得国に属するが、その水準はマレーシア、中国をやや下回る。

● 2020年のGDP成長率は▲5%と予測(注:ロシア政府予測では▲3.8%)。

●財政赤字は対GDP比13.7%と極めて健全。平常時であれば、資源エネルギー輸出によって財政黒字を維持。

●世界第2位の産油国。輸出の61.6%は化石燃料が占めるため、原油価格の先行き安値見通しはロシア経済にマイナス影響。

 しかし、主にドイツ向けの天然ガスパイプライン、ノルドストリーム2の稼働、また世界最大級のシベリア油田の段階的な開発進捗といった好材料も考慮される。

 ロシアは最大級のコモディティ産出国であり、中国の一帯一路政策によって同国への供給拡大が期待できる。

●世銀「Doing Business」ランキングは28位 (日本は29位)。

●世界経済フォーラムによる競争力インデックス 43位、 IMD(スイスの有力ビジネススクール)による競争力ランキング 50位 (前年から5位ダウン)。

PISA(OECD=経済開発協力機構による学習到達度調査)は直近調査の結果は不芳であったが概ね改善傾向にあり、特に数学・科学において強みを発揮。

 ここまでは特段目新しい話ではなく、多くの人が知る事実である。

 この中で筆者が面白いと感じたのは、「輸出の61.6%は化石燃料が占める~」の部分である。

 というのも、日本のメディアであれば、この後に続く文章は決まっていて「資源エネルギーに依存した一本足経済で、経済構造改革が急務である」と片づけられるのが常である。

 BPやシェルといったロシアで活躍する大手石油会社を持つ英国のシンクタンクだけに、紋切り型の分析ではなく、ロシアで「儲ける」ネタには細かく目を配っているようである。

 そして、この観点から筆者が最も注目したのは次の記述である。

●あまり知られていないが、また統計で十分に裏づけられていないが、ほぼ事実といって間違いないのは、ロシアはIT分野、特にソフトウエア受託開発において大きな強みを持っていることである。

 英オックスフォード大学の「Oxford Internet Institute」による最近の研究によると、2018年中に対英国だけで75万社のロシア企業がソフトウエアを販売している。しかし、これらの数値はGDP(国内総生産)に反映されていないと思われる。

 ロシアがソフトウエア開発のアウトソーシング先として注目されたのは最近のことではない。

 米インテルのように1990年代前半からロシアでの研究開発に着手した欧米のテック企業もあるが、より注目を集めるようになったのは2008年のリーマンショック、2014年のクリミア危機によってルーブルが対ドル、ユーロで大幅に切り下がり、アウトソーシングのコストが中国よりも安いレベルまで低下したためである。

 しかし、75万社というのはにわかには信じがたい数字である。

 ロシアのソフトウエア開発企業の業界団体RUSSOFTの推計によれば、ロシアのソフトウエア開発人材数は2018年末で54万人、うちソフトウエア開発専業会社21万人、残り33万人は事業会社のIT部門に所属している。

 ロシア人は兼職が珍しくはないが、54万人のエンジニアで75万社はいかにも不釣り合いである。

 筆者は原資料を確認すべく、「Oxford Internet Institute」のウエブサイトにあたってみたが、それらしい資料を探しあてることができなかった。

 ちなみに同サイトでロシア関連の資料を検索するとヒットするのはロシアによる米国選挙、ブレグジットなどへの介入に関するものがほとんどである。

 とはいえ、英国を代表するシンクタンクがあえてロシアのソフトウエア開発についてコメントするというのは、同分野への強い関心の現れであることは間違いない。

 EU離脱を実現した今、自国のソフトウエア産業を発展させるために、ロシアのみならず、高いソフトウエア開発能力を持つウクライナベラルーシからの高度IT人材を英国内に囲い込むことを画策しているのだろうか。

 かつてロンドンを闊歩したのは国営資源・エネルギー企業を手中に収めたロシアのオリガルヒたちであった。

 これからはロシアのIT起業家たちがロンドングラッドの主たる住民となるかもしれない。

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