芥川賞作家、田辺聖子の名編を新たにアニメーション映画化した『ジョゼと虎と魚たち』(公開中)。『おおかみこどもの雨と雪』(12)の助監督や「ノラガミ」シリーズの監督を務めたタムラコータロー監督を筆頭に、数々の人気作を手掛ける「ボンズ」がアニメーション制作を、若い世代から絶大な支持を集めるEveが主題歌&劇中歌を担当する。そんな気鋭のスタッフが集結した本作にて、コンセプトデザインを担ったのが、イラストレーターのloundraw(ラウンドロー)。弱冠26歳にして自身のアニメーションスタジオを運営するなど、大勢がその才能に注目するloundrawの活躍を紹介したい。

【写真を見る】海の中に差し込む日光が美しい、loundrawのコンセプトデザイン

■「君の膵臓をたべたい」の装画で注目のイラストレーターに

小学二年生のころから「名探偵コナン」の模写をしたり、ダンボールで物作りしながら、絵を描くことに触れてきたloundraw。中学生の時に親からペンタブレットを買ってもらったのを機に、本格的にイラストを描き始め、高校時代にはpixivへの投稿も開始。大学は理系の学部を選択するが、18歳で商業デビューを果たし、その年にはイラストムック本「タッチ」や注目すべき150人のイラストレーターを紹介する書籍「ILLUSTRATION 2014」にもイラストが掲載されている。

loundrawの知名度が一気に高まったのが、20歳で担当した「君の膵臓をたべたい」の装画、つまり表紙イラストだ。彼の出身地である福井県の足羽川に架かる幸橋(さいわいばし)を舞台のモデルとし、橋の上で少女と少年が物憂げに佇んでおり、青春の儚さやせつなさを感じさせる風景が印象的だった。衝撃的なタイトル、そしてこの絵に思わず惹きつけられて本を買ったという人も多いはず。本作はベストセラーとなり、2017年には浜辺美波北村匠海の共演で映画化もされ、2人が役者として飛躍するきっかけにもなった。

本作以降も数々の装画を手掛けており、「君の膵臓をたべたい」の作者である住野よるの「また、同じ夢を見ていた」や「よるのばけもの」、永野芽郁北村匠海の共演で2019年に映画化もされた佐野徹夜の「君は月夜に光り輝く」「リアル鬼ごっこ」などで知られる山田悠介の「僕はロボットごしの君に恋をする」などの話題作にかかわってきた。

■卒業制作の自主制作アニメが話題に!アニメーションスタジオも設立

loundrawの活躍はイラストだけにとどまらない。大学の卒業制作で彼は、監督や脚本はもちろん、演出にレイアウト、背景、原画、動画などすべての作業を手がけたアニメーション「夢が覚めるまで」を発表している。この作品には、BUMP OF CHICKENの楽曲が使用され、人気声優の雨宮天下野紘らが参加するなど注目を集めた。

このほか、2017年にはテレビアニメ「月がきれい」のキャラクター原案を担当し、音楽ユニットCHRONICLEにもビジュアルアーティストとして参加。自身初の個展となる「loundraw原画展『夜明けより前の君へ』」を開催し、2018年には「ダ・ヴィンチ」にて小説作品「イミテーションと極彩色のグレー」を連載している。

そして、2019年1月には自身のアニメーションスタジオ「FLAT STUDIO」も設立してしまう。“作品づくりにおける新しい価値観や視点を追求・提案する”をコンセプトとして掲げ、多方面で活躍する気鋭の若手クリエイターが所属。その中には、上記の小説家、佐野徹夜の名前も。2020年には、loundrawが監督を務める日本エステティック業協会(AEA)のコンセプトムービー「十年分の私へ」を公開している。

透明感、空気感のある色彩で“ジョゼと恒夫”の物語を創出

loundrawの絵の特徴を言葉で説明するなら透明感、空気感のある色彩が魅力。将来や人間関係、恋などに揺れる登場人物たちの心情が描かれる青春ストーリーとの相性が抜群に良く、『ジョゼと虎と魚たち』でもその感性が遺憾なく発揮されていることは、彼が制作したコンセプトデザインを見れば一目瞭然だ。

本作の物語は、海洋生物学を専攻する大学生4年生の恒夫(声:中川大志)、脚が不自由で家に引きこもって生活してきたジョゼ(声:清原果耶)の交流を中心に、ふたりを取り巻く家族や友人たちとの関係性も映しだされる。コンセプトデザインからも、恒夫とジョゼの心の距離がしだいに近づき、様々な困難に向き合い、乗り越えようとする姿が伝わってくる。

ジョゼに出会った恒夫は、彼女を外の世界に連れだし、多くのことを経験させる。街中でクレープを食べ、水族館で生きた魚を見て興奮し、紅葉がきれいな並木道を散歩することも。これらのコンセプトデザインは、引いた構図だったり、後ろ姿で表情が見えなかったりする絵ばかりだが、それでも、生き生きとした明るいタッチや温かみのある色づかいから、ジョゼや恒夫の楽しそうな様子を感じ取ることができる。一方で、冬の海を眺める絵からは、全体に冷たく重い雰囲気が漂い、2人の苦悩や不安を想像して、胸が絞めつけられる。

このほか、ダイビングをする恒夫が見る海の中、ジョゼが空想する想像の海の世界を描いたものはダイナミックで、魚やサンゴ、差し込む太陽の光までが美しい。また、暗い部屋で恒夫と一緒にライトの光を見つめていたり、机に向かって必死になにかに取り組む姿を描いたジョゼの表情からは、少しずつ前向きになっていく彼女の成長を想像させられる。

loundrawのコンセプトデザインがもとになった劇中の名シーンたち

このコンセプトデザインをもとにアニメーションが制作されていることもあり、劇中には似たシーンも数多く登場する。この記事内で確認できるloundrawのコンセプトデザインと劇中のシーンを見比べてみて、それぞれの表現の違いなどを発見するのもおもしろいはず。

大学卒業後に上京したloundrawは、そのころから本作の制作に携わってきたという。『ジョゼと虎と魚たち』を観て映像や世界観に感動したという人は、そのベースになったコンセプトデザインを描いた彼のこれまでの作品や、今後手がけていく作品にも注目してみてほしい。

文/平尾嘉浩

恒夫がジョゼを抱えて、波打ち際を歩く(コンセプトデザイン)/[c]2020 Seiko Tanabe/ KADOKAWA/ Josee Project