タイムマシン経営とは、ソフトバンク孫正義氏が唱えたキーワード。Yahoo!、iPhone、PayPayなど、世界最先端の事例をコピーして日本に持ってくれば、あたかもタイムマシンで未来から持ってきたサービスかのように成功・普及していく、という意味だ。この企画では、日本の最先端を行く注目ベンチャーのキーマンに取材し“このベンチャーの成功法則はほかの業界でも使えないか”を検証していく。

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若年層に従来の広告手法は通じない?

 CHOCOLATE Inc.(以下、チョコレイト)の仕事は、リンク先を見ていただければ話がはやい。例えば花王のキャンペーン。すやすやと眠る猫の写真や映像に「#とろねこチャレンジ」というハッシュタグをつけてSNSに投稿すると、1投稿につき10円が保護猫の譲渡活動に寄付されるプロジェクトだ。

 立ち上げ初日にTwitterで日本トレンド2位を獲得、Yahoo! JAPANトップにも複数回掲載され、Twitterでは21万、Instagramでは13万の参加があり、タレントや芸能人等、多くの著名人も自発的に参画してくれた。また、2020年10月に実施された第2弾でも、ツイッター、インスタグラム合わせて10万件近い参加があったという。

 単に話題になっただけではない。花王は商品の価値が従来のコミュニケーションだけではなかなか届かないことに課題感を持っていた。流入先である上記のホームページは、柔軟剤『ハミングLINNE』の魅力や特徴が納得いく形で伝わる構造にもなっている。

 このキャンペーンの企画立案・実施を行ったのがチョコレイトだ。代表取締役の渡辺裕介氏に話を聞いた。

「子どもの頃、仲間内で面白いテレビ番組が『あれ見た!? 』と話題になることってありましたよね。みんなでノリのいいCMのマネをしたりもしました。面白いコンテンツは、どの時代も“言の葉”にのるんです。極端な話、まだメディアがない頃だって人は口伝えで情報を共有してきました」

 この本質は時代が変われど不変だという。ただし、情報を伝える媒体は変化した。

「テレビ番組やCMに加え、SNSなどのソーシャルメディアが加わりました。同様に、コンテンツを楽しむ側も、SNS上で仲間と『あれ見た!?』とか『これ見てみて!』と話題にするようになりました。ならば、そんな新しい媒体を使うクリエイターたちが集まって、今までにないコミュニケーションをつくりだそう、と考えたんです」

 クリエイターは「超一流」だ。「新しいものは、雑多なカオスのような場から生まれることが多いから」(渡辺氏)と、アニメ、漫画、映画から、ゲーム、雑貨、VR動画、空間デザインなど、多くの業界のクリエイターが集まり、それぞれの分野を融合、時に越境しエンターテインメントを創り出していく。例えばこの「CV部」というYouTubeチャンネル、見始めたらとまらない。

 そして実は、トヨタ自動車が、この「CV部」内の一部の動画コンテンツをスポンサードしている。例えばこの作品だ。

 トヨタ自動車は「SNSを通じて若年層におけるブランドの支持者を増やす」という課題を持っていた。そしてこの動画はSNSで話題になり、YouTubeチャンネル全体の再生数も2021年1月の段階で1000万回を突破している。

 とくに若年層は“テレビ離れ”と言われて久しい。家に帰ってきたらテレビをつけ、何かの番組をリビングで家族と見ることも少なくなった。今は、部屋で自分が好きなジャンルの動画を見る時代なのだ。それに対応するコンテンツもたくさん用意されていて、YouTubeだけでも、本物の芸能人や“芸能人未満・一般人以上”くらいの人が、お笑い、メイク、釣り、クルマ、スポーツなど、様々なジャンルの番組をつくり、アップし続けている。

 そんななか、渡辺氏はどのような未来を予測しているのか。

企業はエンタテイナーやヒーローになれる

「我々はありとあらゆるコンテンツを見て研究と実験を重ね、未来の広告の鍵は“人格”だと考えるようになりました。コンテンツを見る方のほとんどは、笑いたい、感動したい、勇気がほしいなど、何らかの感情の動きがほしくてこれを見ようとします」

 現在はテレビCMや雑誌の広告だけでなく、YouTubeなど、消費者とコミュニケーションがとれる媒体がいろいろある。もし消費者が見てくれるなら、極端な話、テレビ番組のような商品開発のドキュメンタリーをつくったっていいし、自社商品が登場する映画をつくり、そこに商品の詳しい情報を加えたり、動画で感動してもらいつつ技術的優位点をきっちり伝えてもいい。

 さらに、消費者も変わった。ネット以前なら、応援の方法は「買う」くらいしかなかった。しかし現在は、SNSで「この会社すごいよ」「これおすすめだよ」「この動画面白いよ」と発信し、リンクを送りあえる。

 そして、新しいフォーマットのコンテンツを創るためには“人格”が必要なのだ。今までの「法人格」は特定の人物の顔が見えなかった。しかしこれだと「企業が利益のためにつくっている何か」というイメージがあるのだ。渡辺氏が話す。

「情報を広く伝えるならテレビや雑誌の広告は有効です。一方で、商品に愛着を持ってもらい、ファンになってもらい、SNSで拡散してもらうには、エンタテインメントとして発信し、ここに企業・ブランド・商品の世界観や考え方やキャラクターをのせていったほうがいいのです」

 例えば、定番商品「チョコボール」には「キョロちゃん」というキャラクターがいる。ならば例えば、キョロちゃんという“人格”にしゃべらせ、動画で動かし、発信させ、誰かとコラボさせたりして、人気になったらぬいぐるみを販売し、とできるはずだ。

キョロちゃんは歴史も伝統もあるキャラなので、いま改めて動かす必要はないかもしれませんが、僕が言いたいのはそういうことです。何もキョロちゃんのように可愛いだけでなく、例えば面白いとか、かっこいいとか、困った場面を救ってくれるヒーローとか、様々なキャラクターがいていいと思います。そして、企業から消費者へのコミュニケーションをエンタテインメントにしていくと、消費者は能動的に楽しんでくださるのです」

一緒にたくらめるクライアントがいい

 CMは受動的に見るものだ。一方、ネットのコンテンツは消費者が興味のあることを能動的に見るもの。しかし多くの企業が、今までのCMと同じ文脈で企業情報をSNSで発信し、動画を作成している。受け取る側は敏感で、エンタテインメント性がないと思えば目を向けない。YouTubeや様々な企業のサイトには、ほぼ再生されていない企業の動画が山のように存在する。

 ここを変えるのがチョコレイトなのだ。では、どんなクライアントがチョコレイトと相性がいいのか。

「当社は“クライアントの言う通りにつくる”会社ではありません。あ、もちろんクライアントの意向を無視する、というわけではなく──クライアントの目的を伺いつつ、消費者の皆さんが楽しんでくださる面白いものを我々が企画し、制作していきます。なぜなら、それくらいでないと、消費者に面白がってもらえるものは創り出せないんです」
 
 逆に、チョコレイトはどんな仕事がしたいのか。

「可能であれば、商品設計にも加わらせていただきたいですね」

 例えば星野リゾートが運営する『星野リゾート BEB5(ベブファイブ) 軽井沢』には「一生ネタ!ハプニングステイ」というプランがある。フロントのスタッフに『本日のルームナンバーはこちらです』と数学の式を渡され、渡されるキーホルダーがポケットにもバッグにもとても入りきらない巨大なサイズだったりする。

「面白いですよね。しかしこれ、多くのリードタイムやコストがかかるわけでなく、既存の商品をアレンジして面白くしているんです。これと同じように、商品を見て、私たちからコミュニケーションをご提案させていただけたらうれしいですね」

 最後に、こんな動画を紹介したい。彼らは新しいエンタテインメントの形をつくることにも挑戦している。例えばYouTuber/Artistあさぎーにょ氏の動画「もう限界。無理。逃げ出したい。」だ。

 チョコレイトの映像監督、脚本家、音楽プロデューサー等が加わって制作した。2019年の12月末に公開するや、YouTubeの急上昇ランキング1位に躍り出て、再生回数はすぐ300万回を突破、芸能人が「面白い」とコメントを付け、2020年2月には中国の微博(ウエイボー)に中国字幕を付けて投稿すると、デイリーランキング1位を獲得した。

 実はこれも、サントリー食品インターナショナル「デカビタC」のスポンサードがあってつくられたもの。「テレビや広告だけでは十分アプローチができず、デジタル広告でリーチしても無視されてしまう若年層に対し、質の高いエンゲージメントを確立するための新しいブランドコンテンツ開発」が課題だったのだという。プレイスメントは一部にとどまるが、ストーリー全体を通じて1日を全力で駆け抜けるという商品の持つ世界観を体現している。

 単に知名度を上げたいのでなく“面白がってもらいたい”時に頼りになる企業、実はこれ、ありそうでなかったかもしれない。

◎取材、文/夏目幸明(IZUMO

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花王の「#とろねこチャレンジ」ホームページより