◆低下する読解力

高橋廣敏さん

 いよいよ今週末から始まる大学入学共通テスト。今年の受験生コロナ禍で学校の授業を満足に受けられず、十分な学力が身に付かないのではないかという不安が保護者の間に広がっているようです。

 また、少子化で一人に掛けられる教育費が多くなったこと、そして長引く不況で少しでも就職に有利なようにと高い学歴を望むことから、受験の低年齢化が進み早期の英語教育なども盛んに行われています。

 一方で、子どもの学力、特に国語力は低下しています。OECDが実施している15歳子どもたちを対象にした学習到達度調査のPISA(Programme for International Student Assessment)では、2000年の調査では数学的リテラシー1位、科学的リテラシー2位、読解力8位とトップクラスだったのに対し、2003年には科学的リテラシーは2位を維持したものの、数学的リテラシー6位、読解力14位となりました。2003年の結果は「PISAショック」と言われ、ゆとり教育の見直しが始まり一時期は順位も回復傾向にありましたが、2018年は、数学的リテラシー6位、科学的リテラシー5位、読解力は15位。読解力は相変わらず低レベルのままです。

 いわゆる難関大学の教員からも「今の学生は総じて幼く思考力が低い」という苦情も聞きます。教育費は上昇する一方で、精神年齢や思考力は低くなっていると言われれている今の子どもたち。一体彼ら彼女らに何が起きているのでしょうか?

 今回は、長年代々木ゼミナールの東大特進クラスなどで現代文小論文を担当し、『書き方のコツがよくわかる 人文・教育系小論文 頻出テーマ20』(KADOKAWA) など数多くの小論文の本を執筆、現在はN予備校で教鞭を取る予備校講師の高橋廣敏さんにお話を聞きました。

◆読解力の低下はゲームが原因?
――少子化が進み一人当たりにかけられる教育費の向上も相俟って中間層の教育熱は上がっていると感じますが、教育熱心な親御さんが増える一方で、学力(読解力)は落ちるという不思議な現象が起きています。このことについてはどうお感じになっていますか。

高橋:読解力は確実に下がっていると思います。ゆとり教育スマートフォンが行きわたって長い文章を読まなくなったことも関係あるのかもしれません。その昔はテレビが悪者でしたが、今はスマホですね。若い子たちがスマホに時間を取られ過ぎている。スマホに書いてある文章は身につきません。読解力を上げるためには紙に書いてある文章を読んだ方がいいです。

 そして、やはり一番の原因はゲームではないかと思います。ゲームを悪者にしてはいけないという風潮がありますが、ゲームをやっても読解力は上がりません。ゲームは反射神経でやるものですが国語にはロジックを組み立てる力が必要なんです。ゲームに時間を取られ過ぎると字を読む時間が相対的に減少して、結果的に読解力は低下してしまう。小論文を指導していますが、生徒に「何が好き?」と聞いて「ゲームが好き」と答えられるとそこから指導するのが本当に大変です。

 ゲームに必要とされる反射神経は右脳の力です。一方、国語の問題を解くのに必要なロジックを組み立てる力は左脳の力です。右脳の力はかつての社会では自然界で発揮されていたと思います。例えば、左前方に蛇がいる。前にイノシシがいる。右側にサソリがいる。これを同時処理して一瞬で判断するのが右脳です。ところが、今はその右脳の働きを自然界の中で実践するのではなくゲームの中でやっています。そしてデジタル空間の中で培われた力は実社会で応用が効きません。

 「うちの子ゲームをしている時は集中しているんです」と言う親御さんがいますが、ゲームは条件反射しているだけなんですね。ロジックがない。現代文の問題を解くにはロジックが必要なのでゲームをしている間の集中力では解けません。筋道を立てて考えることができないまま結局、デジタル空間の中でのゲームだけが上手くなって終わってしまいます。

◆学力上位層でも国語力が低下
――学力上位層においても国語力の低下が見られるのでしょうか。

高橋:1990年代半ばから学生たちを見ていますが、東京大学に進学するような上位層でも読解力、記述力は低下しています。特に記述力は格段に下がっていますね。レベルが低い者同士が競って入っているという印象です。読解力は選択肢を選ぶ問題なので何とか点数が取れたという感じで、書くのが嫌だという生徒が多いです。

――東京大学の二次試験は全部論述試験ですよね。

高橋:そうです。東大特進コースで教えていた時期もあるのですが、来ているのはいわゆる御三家レベルの子たち。彼らも書くのが苦手なのですが、記述の仕方を教えると一度はミスっても2回目はミスしない。そこはさすがです。点数への執着はすごい。黒板に答えを書かせて訓練すると1学期はダメでも2学期、3学期になると徐々に上がって来る。大体全体の6割ぐらい取れるようになると受かりますが、所詮はその程度のレベルです。

 昔だったら受からないだろうという層も合格していますね。いわゆるキレがなくても入れます。ちなみに、東京大学の国語は、現代文・古文・漢文なので、暗記をすればある程度点数が取れる古文と漢文で点数を稼いで入学している子たちも多い。なので、現代文は捨てている子たちもいます。受かっているといっても現代文は全体の3割~4割ぐらいの得点率でも合格します。私立大学を例に取ると、昔明治大学に入っていた層が、今早慶に入っているという印象です。昔の日東駒専がいわゆるMARCHレベルといったところでしょうか。

◆かつてはハーバードレベルを求めていた東大
――東京大学は出題方式も変更になったとのことでした。

高橋:東京大学文系は、1999年まで150分で7題解かなくてはならなかったんです。現代文現代文・古文・漢文・現代文・古文・漢文の7題。ところが今は4題です。7題を解かせるのは今の子たちには無理です。またその時まで200字作文というのもありました。おそらくあまりにできないのでやっても意味がないから廃止になったんだと思います。200字作文は私も自分の授業で試してみたのですが、全員同じことを書くんです。

 例えば、東大特進クラスで「青春とは自己否定である」というお題で書きなさいと指示をして書かせたことがありました。そうしたら、全員が「青春は完全なものではなく、未完なものである。完全を目指して、今の自分を否定し続けなくてはならない」という趣旨のことを書きました。「未完の自分を否定して完成を目指す」と。それは「自己否定ではない」と僕は言いました。「完成を目指す自分」を肯定しているわけです。

 勉強ばかりしてきて人生経験の乏しい東大の受験生は自己否定できません。自己否定できないので思考停止になってしまうんです。「小さい頃から勉強ができてママに『すごいすごい』って言われて生きてきた君たちは、自己否定できないよね」と200人ぐらいを前にして言うと、みんな黙ってしまいます。でも、そこで「東大を否定してハーバードに行けば?」と言うと、目が輝きだす。

 東大はいわゆるハーバードのレベルを求めていましたが、今では要求レベルを下げていると思います。やはり、2~30年前の問題をやらせると、文理共通の問題はある程度できますが、文系向けの随筆の問題はできない子が多い。

◆「そもそも親に読解力があるのか」
――読解力、文章力共に低下してしまった理由は何なのでしょうか。

高橋:そもそも本を読んでいないし、書く練習をしていないからだと思います。当たり前のことですが、インプットするからアウトプットできるんです。逆に、インプットがなければアウトプットできません。なので、読書量と読解力、文章作成能力は当然比例しますし、読書が読解力や文章力の元なんですね。読書の量と質が大切です。生徒に「君がゲームに費やした時間を読書に費やしていたらどうなっていたと思う?」とは常々言っています。

 受験勉強ばかりやっていては本を読む時間がありません。そのことがかえって国語力の低下を招いている気もします。そして、今の時代は、直接役に立たないものに対して目を向けなくなっています。例えば、読解力ほどコスパで測れないものはないんです。本を読んだところで直接役に立つかどうかわからない。

 ところが、親も世の中もそうなのですが「役に立つものほど良い、役に立たないものはダメ」という風潮が強い。子どもたちの読解力が落ちているのは、親の世代が受験は頑張ったけれども本を読んでいない世代ということもあると思います。

 今は書斎がない時代ですよね。PCがあればいいと。生まれた時から家に本があるという環境がない。その環境では子どもに読むことの楽しさを伝えられない。「そもそも親に読解力があるのか」という話です。そして親の読解力のなさが子どもには伝わってしまいます。今、要約だけを書いた本が売れていますが、あらすじだけ読んでも仕方がありません。朝の読書会も流行っていますが、読書の習慣が定着していないのではないでしょうか。

◆幼稚な受験エリートたち
――国語は主に説明文と物語文(小説)に分かれるかと思いますが、苦手なジャンルの傾向はあるのでしょうか。

高橋:説明文は理屈で解けば何とかなるのでテクニックカバーできる部分もありますが、随筆、小説のジャンルになると途端にダメになります。「僕は小説が苦手なんです」などと偉そうに言うんですよ。「小説がわかりません」というのは「人間の心がわかりません」と言っているのと同じです。生徒たちにも「人としてそれでいいのか」とは言っています。

 僕が予備校教師を始めたのは1990年代初頭の終わりでしたが、当時は生徒の楽しみと言えば、マンガでした。ところが、今の子たちは本はもちろん、マンガすら読まないので人情の機微がわからないという印象です。

 大学受験に登場する随筆文や小説文はある程度の精神年齢の高さも必要とされます。小説だと込み入った恋愛の話もあります。ある程度の人生経験があった方がいい。ところが、今の子は背伸びしません。「どんな本を読んだの?」と聞くと夏目漱石の『こころ』という回答が多い。教科書に載っているからです。しかも『こころ』が好きだと簡単に言うんですね。

 僕らの時代はカッコつけで難解な哲学の本や岩波新書も買ったりしたものですが、今の子どもたちは教科書に掲載されている本を好きな本だということを恥ずかしいとすら思っていません。特に偏差値の高い中高一貫の男子校に通う子たちに共通してみられる特徴は「東大に入れさえばいい」という「幼い優等生」という印象ですね。

※近日公開予定の続編では、母親が主導する受験の弊害について伺います。

<取材・文・撮影/熊野雅恵>

【熊野雅恵】
くまのまさえ ライタークリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。

高橋廣敏さん