およそ地上を走行する自動車で、複座といえば教習所の教習車くらいでしょう。戦車も複座はまずありません。ではなぜある種の装甲車に限って、複座がわりと普通に見られるのでしょうか。もちろん納得の理由アリ、です。

なぜ操縦席がふたつ必要だったのか?

航空機では操縦席が2席あり操縦士と副操縦士が搭乗する、いわゆる「複座型」は珍しくありません。一方、地上を走るクルマの運転席は、前に1席だけあるのが常識です。操縦席がふたつあるのは、強いて言えば自動車学校の教習車くらいでしょうか。戦車でも操縦席はひとつなのが普通です

ところが、同じ軍用車両でも装甲車には、複座型のものが結構あるのです。それも特異な1、2例ではなく、第1次世界大戦後の戦間期には一般的でさえありました。ハンガリーの39M「チャバ」、ドイツSdkfz231、第2次世界大戦後もフランスのEBR90、AMD35、西ドイツの「ルクス」など、古今東西いくつかの量産車で採用されています。

操縦席をふたつにすれば、車内には操縦手もふたり、車内は狭くなりますし、操縦系をふたつ用意することで車体構造も複雑になります。それでも装甲車が複座型を採用したのはなぜなのでしょうか。

陸上自衛隊で配備が進んでいる16式MCV機動戦闘車)の戦闘射撃訓練を見ていると、そのひとつの答えが浮かんできます。なお、16式MCVは複座型ではありません。

違い過ぎるキャタピラとタイヤの特徴

16式MCVは、足まわりが装軌式(いわゆるキャタピラ)ではなく装輪式(タイヤ付き)というだけで、あとは戦車のように見えます。しかし実際には戦車と同じような使い方、戦い方はできません。足回りの構造がまったく違うことで動き方もまったく別物になっているのです。

普通の乗用車でもバックが苦手という声をよく聞くように、視界の狭い戦車や装甲車も、やはりバックは難しいものです。ましてや戦場ですので、変なところでモタモタとUターンや切り返しなどしていたら、かっこうの標的になりかねません。実はこの方向転換のやり方が、装軌式と装輪式で決定的に違うのです。

装軌式の場合、左右の履帯の回転速度を変えることによって方向転換をします。どちらかの履帯を止める信地旋回では、ほとんど場所を動かずその場で方向転換ができます。さらに左右の履帯をそれぞれ逆方向に回転させる超信地旋回では、位置を変えずまさにその場で方向が変えられます。ただし履帯をお互いに逆回転させるには、複雑な構造のトランスミッションが必要になるので、構造的にできない戦車もあります。また車輪や履帯が路面を痛めるので、積極的にはやらないようです。これらの方法で装軌式は意外と小回りが利き、狭い場所でもわりとスムーズに方向転換、Uターンができます。

意外と小回りの利かない装輪式 乗用車と比べても…

対して装輪式の場合は、車輪の向きを変えることで方向転換します。

クルマの運転でも、Uターンするのにはそれなりの広さの場所が必要になり、たとえば小型乗用車トヨタヴィッツ」の最小回転半径は4.5m、トヨタクラウン」になると5.3mとなっています。

これがより大きな装甲車ではどうなるのでしょうか。4×4(四輪駆動)の軽装甲機動車は約6.5m、ドイツの8×8のボクサー装甲車(全長7.93m)では21mにもなります。同じ8×8の16式MCVは全長8.45mあり、ボクサーの例を見ても20m以上は必要でしょう。ちなみに、装輪式なのに車輪の向きを変えるのではなく、装軌式のように左右の回転数を変えて方向転換するフランスのAMX10RCという装甲車もあります。

乗用車界隈では、最小回転半径が5m以下なら小回りが利くクルマと言われるようです。Uターンできる場所が無ければハンドルをぐるぐる回しながらバックと前進を繰り返し、切り返しをしなければなりません。それでもある程度のスペースは必要です。16式MCVは道路をそのまま走れる戦略機動性には優れますが、細かく動く戦術機動では意外と小回りが利かないのです。

そして、基本的に戦闘においては、戦車も装甲車もその装甲が一番厚くなっている正面を敵方向に向けて行うのが理想であり、できるだけ装甲の薄い側面や後面を敵に晒したくありません。そのようなわけで、小回りの利かない装輪装甲車が戦場で素早く後退や方向転換したい場合には、少々、工夫が必要になってきます。

当たらなければどうということはない! とも言ってられないから「複座」

16式MCVの戦闘射撃訓練を取材しましたが、そのなかで防御戦闘を想定した稜線越しの射撃においては、最初からバックで稜線に進入し、砲塔は車両後方の標的に向けて射撃、撃ったら即前進で移動するという、一撃離脱しやすい挙動も見られました。

厚い正面装甲を敵に向けられればベストですが、16式MCVの戦い方は敵弾に耐えるのではなく、敵弾に当たらないのが基本です。あえて後面を敵に向けるような、戦車では考えられない姿勢で戦うこともあるようです。小回りが利かない装輪式ならではの戦法です。

装甲車が複座型になったのは、射撃したら全力で逃げ出すことを最優先に、切り返す必要がないよう後ろ向きに操縦席を設けたのです。そもそも前後の区別がつきにくい装甲車もあります。そのようなわけで装軌式の戦車では、複座型はほとんど有りません。

普通のクルマでは珍しい複座型ですが、装輪装甲車にとっては生死にかかわる大問題でした。先に紹介したような複座の装甲車が見られるということは、いかに装輪車が戦場で運転に苦労してきたかの証左でもあります。

車両後方へ射撃する陸自16式MCV。この写真の中にも、装甲車にふたつ操縦席を設けた(16式MCVは単座)理由のヒントがある(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。