恐竜は宇宙からやってきた巨大隕石によって絶滅した――。

 この話を聞いたことがある人は多いだろう。隕石の衝突で巨大津波が起きたとか、環境の激しい変化で生物の大半が死滅したとか、隕石が落ちた場所はメキシコのあたりだとか……。

 これらは全て本当のことである。だが、なぜそう断定することができるのか、不思議に思ったことはないだろうか。人類が生まれるよりもはるか昔、6600万年前という途方も無い過去に起きた出来事の存在を、なぜ今、私たちは正確に知ることができるのか。それは、ひたすら地面を掘って“地球の謎”に迫ろうとする、科学者たちの知られざる挑戦の成果なのである。

今も海底に残る“直径185kmのクレーター”

 巨大隕石の衝突によって地球に何が起きたのか、これまで様々な調査・研究が重ねられてきたが、決定的な証拠は2016年、つまり5年前に見つかっている。場所はメキシコ湾の海底、その地下617mである。

 その場所には、巨大隕石の衝突によって形成されたクレーターがある。と言っても6600万年前にできたものなので、はっきりとした地形は残っていない。そのうえ、土砂で完全に埋まっているので、仮にその場所に立ったとしても、かつての光景を想像することはできないだろう。専用の機器で計測した際に、わずかな磁気や重力などの異常が広範囲に、リング状になって認められることで、そこが直径185kmにもなる巨大クレーターであることが分かるのだ。

 そして様々なデータから、このクレーターの中心近くには、地下の岩石が盛り上がった場所があると判明していた。そこに隕石衝突時の状況を教えてくれる“何か”が眠っているのではないか――。そう考えた科学者たちは、その場所を狙って、海底に井戸を掘ってみることにした。

 そして分かったのは、隕石衝突時の想像以上の衝撃度だった。海底から1335mの深さまで掘ってみたところ、617mより深い部分では、隕石衝突によってバラバラになった岩石の塊や、真っ黒いガラスのようなものが次々に見つかった。前者の表面には衝撃による割れ目のあとが生々しく残っており、顕微鏡でみないと分からないような小さな鉱物でさえ、激しく変形していた。また、ガラスのように見えたものは、衝撃によって溶けてしまい、その後に冷え固まった岩石だった。

隕石衝突で地下の岩石が持ち上げられた?

 このバラバラになった岩石は、どうやら衝突前には地下5~10kmか、あるいはもっと深いところにあったらしい。だが、それが隕石衝突によって5km以上も持ち上げられたようだ。

 隕石衝突の圧力によって、上にあった岩石が地下深くに押し込まれる……という状況は想像しやすい。だが、地下深くにあったものが、逆に地上近くへ持ち上げられるというのは、一体どういうことなのだろうか?

 科学者たちはコンピューターを使ったシミュレーションを繰り返し、その答えは「ミルククラウン」にあるのではないかとの結論に行き着いた。

 牛乳が入ったコップを想像してみてほしい。その水面に、新たな牛乳を一滴だけ落としてみると、水滴が当たった箇所は大きく凹むと同時に、その周りは王冠のような形に一瞬だけ盛り上がる。それが「ミルククラウン」だ。

周囲の岩石は瞬間的に蒸発した

 しかし、ミルククラウンはすぐに沈んでしまい、凹んでいた場所には周囲から牛乳が押し寄せることで、その凹みの部分が今度は逆に高く盛り上がる。これと同じ原理で、地下深くにあった岩石が、隕石の衝突によって浅いところにまで持ち上げられ、固まってしまったようなのだ。

 隕石衝突の瞬間を再現してみよう。科学者たちの検討によると、隕石の直径は12km。それが地球に激突したとき、とてつもない衝撃度と、それが生み出す超高温によって周囲の岩石は瞬間的に蒸発し、その場には直径80~100kmの巨大な空洞ができた。

 直後、ギリギリ蒸発を免れ、空洞の周りに残っていた岩石(溶けて液体状になっている)が、空洞に向かってすぐに押し寄せた。そこで「ミルククラウン」現象が起きたことで、空洞が埋まっただけではなく、その勢いで真ん中が持ち上がり、そのまま固まった……。こうして、中心部分が盛り上がった、巨大なクレーターが出来上がったのだ。

 科学者たちが井戸を掘ったのには、もう一つ狙いがあった。それはクレーターを覆う土砂を調べることだ。実は、クレーターの岩石そのものよりも、この土砂の方こそ重要だと考える科学者は多い。衝突の後に何が起きたのか、恐竜の絶滅を引き起こした原因は何だったのか……そうした謎を解く鍵は、その土砂の中に眠っているからだ。

「ジーランディアの謎」についてまとめた前回の記事でも触れたが、海底では土砂が溜まりやすく、その中には土砂が溜まったときの地球環境に関する情報が“記録”されている。気温が高かったのなら、暖かい場所で生きた生物の痕跡などが土砂の中に残されるし、火山活動が活発だったのなら、火山灰が土砂の中に混じっている可能性が高い。

 土砂はそうして各時代、各瞬間の記録を残しながら、何層にも渡って積み重なる。この土砂を詳しく分析することで、隕石衝突直後に、地球で何が起きていたのかが分かるのである。

隕石衝突後の地球を再現してみる

 分析の結果を紹介しよう。まず地下617mより浅い部分、つまりかつてのクレーターのすぐ上には、溶けた岩石が水で急に冷やされて固まったものが、40mの厚さにわたって積み重なっていた。ここから分かるのは、隕石の衝突直後、クレーターはすぐに周りから押し寄せてきた海水で満たされ、580度以上という高温から急激に冷やされたらしい、ということだ。これはクレーターができてから、数十分間の出来事である。

 さらにその上に重なっていたのは、丸みをおびた岩石の塊が集まった90mの厚さの層だった。これは、激しい海水の流れで岩石の角が取れたことを意味する。つまり、クレーターが海水で満たされた後、その中で何度も津波があったということだ。クレーターは高い壁に囲まれた凹み地形なので、クレーター内で起きた津波が、クレーターの壁で複雑に反射する、といった事態も十分に起こりうるだろう。これは衝突直後~数時間ほどのうちに起きた出来事のようだ。

 さらにその上の土砂からは、木炭の微粒子が大量に見つかった。隕石の衝突によって、(遠く離れた場所にあったであろう)陸地で大規模な山火事が起きたということだ。この山火事の痕跡は、津波によってクレーターまで運ばれたと考えられている。

 隕石衝突の衝撃が引き起こした巨大津波は、少なくとも数千kmのかなたにまで達したことが分かっている。この津波が、燃えていた森林まで達した後で、水が引いてゆくときに木炭を大量に海に引きずり込んだ。そして、その破片の一部がクレーターの場所まで運ばれ、溜まったようだ。

なぜ急激に気温が下がったのか?

 また、隕石が落ちた場所は浅い海だったことが分かっているが、その場所の海底に積もっていた鉱物に含まれる硫黄が、衝突による高い圧力で抜けてしまっていた。硫黄は空気中の酸素と結びつくと、硫酸塩エアロゾルになる。硫酸塩エアロゾルは、大気汚染物質PM2.5の主な成分として知られているが、気温を下げる効果があり、温室効果ガスとは逆の働き方をする。

 6600万年前、大規模な森林火災で舞い上がった膨大な煤と、大量に発生した硫酸塩エアロゾルは、ともに衝突後の地球全体を急激に冷やしただろう。恐竜をはじめとする地球上の生命体の4分の3を絶滅に追い込んだ、長く厳しい冬の到来である。――これが、地面を掘って判明した、恐竜絶滅までの経緯だ。

 ただし、溶けた岩石がむき出しになっていたクレーターで命が復活するのは早かった。クレーターに押し寄せた海水にはプランクトンが含まれており、衝突の2~3年後にはそれがクレーターの中で生きられるようになった。また、遅くても3万年以内に、多様な生態系がかつてのクレーターの中に復活していたことが、土砂の中に痕跡として記録されている。これは同じ時期の地球上でもっとも早い復活劇だった。

 どうやら、隕石衝突は大量絶滅という大惨事を引き起こした一方で、激変した環境により良く適応する生物にいち早く発展する機会を与えたようだ。これはその後の生命の進化に大きな影響を与えただろう。

 隕石の衝突は、地球にとって大きな災難である。しかし、地球を青く生命に満ちた星に変えてくれたのもまた、隕石なのだ。いま地球上にある水と有機物は、もともと宇宙の小惑星や彗星の中に含まれていたものだったと考える科学者は多い。最近の研究で、太古の地球に降り注いだ隕石の衝突によってタンパク質を作るアミノ酸ができたことも分かってきた。これらが地球に衝突しつづけたことで、地球に海と生命体ができたのだ。

 地球には毎日、小さなものを含めると100個以上の隕石が飛来しているという試算がある。宇宙からの贈り物は、今日も地球に降り注いでいるのだ。そして、地球と宇宙をつなぐ秘密は、地下に眠っている。地下を探ることは、地球と宇宙の謎を探ることなのだ。

(山田 泰広)

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