人見知りで話しベタで気弱」を自認する新卒女性が入社し、配属されたのは信販会社の督促部署! 誰からも望まれない電話をかけ続ける環境は日本一ストレスフルな職場といっても過言ではなかった。多重債務者や支払困難顧客たちの想像を絶する言動の数々とは一体どんなものだったのだろう。

 現在もコールセンターで働く榎本まみ氏が著した『督促OL 修行日記』から一部を抜粋し、かつての激闘の日々を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

◇◇◇

謎の奇病に襲われる……

「なんじゃこりゃぁぁーー」

 真夜中、松田優作のように私は叫んだ。

 息苦しさを感じて目を覚ますと、なぜだか枕が濡れている。電気をつけてみると一面真っ赤に染まっていた。血だ。出血元は私の鼻、どうやら寝ている間に鼻血を出してしまったらしい。体が鉛のように重く、寒くて震えが止まらない。

「げっ!!」

 体温計に表示された数字は38.5度だった。

 私はまた病原菌パラダイスコールセンターから、風邪をもらってきてしまったんだろうか……。

(明日会社を休まないといけないかなぁ、でもちょっと病欠できるって嬉しいかも……)

 そんな不謹慎なことを考えながらも、血まみれの枕カバーを洗濯かごに放り込んで、私は再びバタン、とベッドに横たわった。

 ところが翌朝目が覚めてみると、熱は36.6度に下がっていた。

 昨夜の熱はなんだったんだろうと思いつつも、平熱ならば会社に行かなければならない。平常通り出社すると、いつものように朝から晩まで督促の電話に追われる。

 その日は何事もなく過ぎていったのだけれど、夜、私はまた高熱を出して目を覚ました。

「38.7度……」

 何回測り直しても数字は変わらない。そしてやっぱりこの熱は朝になると平熱に下がるのだ。

 毎晩、夜中に熱が出て、朝になると平熱になるということを繰り返すようになった。次第に私の体はおかしくなっていった。

 モノを食べるとお腹が下る、髪の毛が異常に抜けて10円ハゲができる。特にひどかったのが肌荒れで、ニキビが頬から首筋にかけて一面にできて真っ赤にヤケドしたような状態になっていた。たかがニキビもこのくらいまで悪化すると、風がそよいだだけでとっても痛い。

 毎晩2時くらいになると決まって高熱を出して目が覚めるので、昼間は寝不足のせいでふらふらとしていた。

やっぱり、心・因・性!?

(これは、体がどっかおかしいんじゃないだろうか?)

 毎晩謎の高熱にうなされ、これはマズイと思った私は、休日出勤の代休を使って病院に行くことにした。だけど1万円以上払って血液検査やら色々したのに、結局どこも悪くないという診断結果が出た。

(いや、なんともないはずないって!)

 だって夜中には熱も出るし日中歩くだけでもしんどい。でもお医者さんがどこも悪くないと言うならしょうがなかった。

 ただニキビだけは辛かった。女って肌が汚いと何しても綺麗に見えない。私の顔は、痛くて化粧もできない状態だった。

 仕事は相変わらずハードで、朝早く出社してお客さまに怒鳴られながら夜まで督促をする。回収の目標数字は全然クリアできず上司にも怒鳴られる。繁忙期には6、7連勤のシフトを組まれることもザラだった。

(考えたくないけど、この体の不調って精神的なモノが原因……?)

 熱に続いて今度はカラ咳が止まらなくなり、とうとう電話の仕事に差しさわりが出るようになってきた。またまた病院に行って血液検査やレントゲンを撮ったりしたけれど、アレルギーでも喘息でもなく、なぜ咳が出るのかこれも原因不明

「どこもおかしな所はないんだけどねー」

 お医者さんにそう言われる度に、私の心には「心・因・性」という文字が浮かぶ。いいかげん、病院代で給料がガンガン消えていくのもむなしくなっていた。

カウンセリングビジネスライク

「よし、心因性ならカウンセリングを受けてみよう!」

 ある日、そう思い立った私は、ネットで調べて都心にあるカウンセリングルームに行ってみることにした。

 カウンセリングって初めてだけど、どんなことしてくれるのか気になるし、とちょっとわくわくした。そうして出かけた繁華街のビルの一室にあるそのカウンセリングルームは、白いインテリアで統一され、アロマが焚いてあっていい香りに満ちていた。

「どうされました?」

(おおっ、なんかよさそうだ!)

 出迎えてくれたのは、白衣を着た年若い女性のカウンセラーさんだった。私は緊張しつつ、ぽつぽつと、カウンセラーさんに促されるままため込んでいたものを吐き出していった。

「毎日お客さまに怒鳴られるのが辛いんです……」

「大変ですね」

「朝から晩まで会社にいなきゃいけなくて、上司はもう少しの辛抱だっていうんですけど、こんなに大変なのは私の部署だけで……うっ」

「そうなんですか……」

 聞き上手なカウンセラーさんに優しい言葉をかけてもらい、張り詰めていたものが緩んでいく。次第に涙が出てきた。

 こんな初対面の人の前で泣くなんて、カウンセラーさんてやっぱりすごいなぁ、と私は泣きながら感心していた。

 そして、しばらく泣いて、差し出されたティッシュで傍らの小さなゴミ箱がいっぱいになった頃、カウンセラーさんがパタン、と何やらカルテのようなものを閉じて言った。

「では、お時間ですので」

「え!?」

 確かにカウンセリングは時間制、1時間なのですが、私、開始10分位から泣いちゃって悩み事とか全然しゃべってないんですけど……。

「8000円になります」

「は、はい……」

 私はあわてて、泣きはらした目をこすりながらお財布からお金を取り出した。カウンセラーさんはそれを受け取って領収書を渡すと、ぽんっ、と私を外に送りだした。

 外に出されて気がついた。いままで号泣していた私はこれ以上なく目が腫れてものすごい顔をしている。通り過ぎる人がいったい何があったのか、と私の顔をチラチラ見ていく。

(ええ! こ、このまま放置!?)

 私は顔を必死で覆い隠して、駅までダッシュした。

(ビ、ビジネスライク過ぎるだろぉぉぉぉ!)

 なんとこの世は冷たいことよ……。私は大都会に向かって叫んだ。

そして、彼もいなくなった……

『最近忙しい?』

(ま、まずい! メール返信してなかった!)

 コールセンターで朝から晩まで督促をし、家に帰るともう日付が変わっていた。一日中鞄に放り込んでいた携帯電話を見てみると何件もの電話の着信履歴があった。

 社会人になったばかりの頃、私にも一応彼氏なるものがいた。

 最後にメールを返信したのはいつだっけ? と携帯を見ると4日前。コールセンターには携帯電話の持ち込みが禁止されている。カメラ機能が付いているため、個人情報の流出の危険があるからだ。

 携帯電話は鍵のついたロッカーに一日中入れられている。休憩を取る暇もなく電話をしなければならなかった私は、携帯のメールチェックもできなかった。仕事が終わると疲れ果てていて、一日中お客さまと電話でしゃべっているので、仕事が終わってまで電話で話す気になれない。

『返信できなくてごめん! 今日も朝から晩まで仕事でね……』

 4日ぶりにメールに返信したけど返事は返ってこなかった。申し訳ないけど、それにほっとしてしまう自分がいた。

 メールのやり取りも正直めんどくさいなぁ……。週末会う約束をしているけど、仕事でヘトヘトで本当は寝ていたい。会ったところで仕事の愚痴しか話題はないし……。そのころの私は督促の仕事がいっぱいいっぱいで、自分にも他人にも構っている余裕が全然なくなってしまっていた。

ユニクロパンツから紙パンツ

 毎日家に帰ると倒れるように眠ってしまうので、掃除も洗濯もできずに洗濯物がどんどん溜まっていく。替えの下着がなくなると乗換駅のユニクロパンツを買って帰った。ユニクロが閉まっているとコンビニに行く。コンビニで売ってるパンツはお世辞にもあんまりかわいくないと思うんだけどこの際しかたがない。

 一日中パソコンに向かう仕事なのでドライアイで目がカピカピになる。私は即コンタクトをやめて高校生の時から家でかけていたダサいフレームの眼鏡を会社にしていくようになった。ファンデーションが切れてもデパートに買いにいく余裕がなくて、そのうちスッピンになった。

 私は確実に女子ではない生物になりつつあった。

 ある日出社すると、先輩が私をまじまじと見てこんなことを言い放った。

「お前さ、最近女として終わってるよな……」

(ひどすぎる!!)

 その一言はグサリと胸に突き刺さったけれど、でも実際そのとおりだった……。

 ただでさえ督促の仕事は女子力が急低下する。

 女の子は「かわいい」とちやほやされて輝く生き物なのだ。毎日お客さまの罵詈雑言を浴びてキラキラしたオーラなんか出せるか!

 そして、夏の終わり頃、確実に低下していく女子力と、一向に戻ってこない返信メールにとうとうブチ切れた彼氏に「俺と仕事とどっちが大事なの!?」とフられてしまった。

「お、落ち着いて!」「そんなの選べないよ!」と必死で取り繕ったけどもう遅かった。

 その頃私はコンビニパンツが家にあふれたため、紙パンツ生活に突入していた。これではまぁ、彼氏どころではない。「紙パンツをはいた女は、フられても仕方ないよなあ……」

 私は妙に納得し、人知れず涙を流した……。

サークルのOB会で

 しかし私は、自分がこんな惨状に置かれていても、まだ希望を捨てていなかった。

 新入社員はきっと多かれ少なかれみんな大変に違いない。この大変な時期を乗り越えて、立派な社会人になっていくのだ。今は社会人になるための関門に違いない。

 そんなことを自分に言い聞かせながら仕事に耐えていた入社1年目の夏、私はサークルのOB会で卒業以来会ってなかった大学時代の友人と久しぶりに会うことになった。きっと、同級生たちもみんな大変なはず。みんなで仕事の愚痴を語り合えるに違いない。

 席に案内された私を見て、先に来ていた友人たちが、叫んだ。

「だ、誰!?」

「……え? N本ですけど……」

「ぎゃーっ、どうしたの??」

 学生時代の友人たちは私を見て目を見開いた。

「なんか、体が半分くらいになってる!!」

「顔が酷いよ! 頬が、頬がこけてるよー!」

 入社して数カ月、仕事のおかげで私の体重はめでたく10キロ減っていた。

 そして、そんな人は他に誰もいなかった……。

キラ星のような同期たち

 私は大学時代、あまり顔を出してはいなかったが推理小説研究会というサークルに所属していた。卒業して1年目のOBとOGはOB会で先輩方に挨拶をするのが慣例だったので、幽霊部員だった私にもかろうじて声がかけられた。

 ちなみにこのサークルはOBに直木賞作家がいたりする歴史あるサークルだった。卒業生は出版社やテレビ局などのマスコミ業界に進む人たちも多い。そのOB会は200人ほどのOB、OGが参加し、ホテルの高層階にあるラウンジを借り切って行われていた。

 なんか場違いなところに来てしまったなぁと居心地悪く感じていた、その時だった。

「今年度のOB、OG1年目の方は前に出てください」

(!?)

 突如私たちは壇上に上げられ、就職している会社を発表させられることになってしまった。こんなの聞いてない! 私は青くなった。

「××社という出版社で働いています、○○です。本年度は××先生の本を担当しました」

「××新聞に入社しました、△△です」

「××というゲーム会社に就職しました」

 優秀な同期たちはみなキラ星のごとくいい会社に就職している。誇らしげに自分の仕事を発表していく同期たち。この就職氷河期によくぞ入れたなぁという難関の人気企業ばかりである。

「えー、借金回収!? コワーイ」

「……○○カードという信販会社で、債権回収をしています……N本です」

 そして、最後に私の番が来た。やせ細った私は、消え入るような声で自己紹介をした。発表が終わると私は逃げるように会場を去った。

「どこの会社で働いてるの? どんな仕事してるの?」

 そう聞かれる度に顔から火が出そうになった。

「督促って何?」

「えー、借金回収!? コワーイ」

 同級生の一言がグサグサと胸に刺さる。

 この会場にいるのは、みんな華やかに有名人と接して、たくさんお給料をもらって、誇れるような仕事をしている人たちばかりだ。なんで私はこんな場所に来ちゃったんだろう。

 いたたまれなくて、私は自分の何もかもが恥ずかしかった。

クレームの嵐で電話恐怖症のOLを救った「先にごめんなさい作戦」 債務者の反応はどう変わった? へ続く

(榎本 まみ/文春文庫)

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