病院代で給料がガンガン消える…謎の奇病に襲われた“借金督促”企業の異常な勤務実態 から続く

人見知りで話しベタで気弱」を自認する新卒女性が入社し、配属されたのは信販会社の督促部署! 誰からも望まれない電話をかけ続ける環境は日本一ストレスフルな職場といっても過言ではなかった。多重債務者や支払困難顧客たちの想像を絶する言動の数々とは一体どんなものだったのだろう。

 現在もコールセンターで働く榎本まみ氏が著した『督促OL 修行日記』から一部を抜粋し、かつての激闘の日々を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

◇◇◇

自分の身は自分で守る

 新入社員には、たいてい教育係がつけられる。業務も環境も非人道的なコールセンターに配属されてしまった私にも、一応教育係としてひとつ上の先輩があてがわれていた。

 名前をS木さんといった。

 教育係と言っても、私は1年浪人して大学に入っているのでS木先輩は同い年だ。色白で細身、ちょっぴり冷たそうな印象のメタルフレームメガネの奥の、意外に整った顔立ち……。

 ぶっちゃけると、大変好みです。本当にありがとうございます。配属早々、私は“キター!”とテンションが上がったものだった。

 ところが。

「N本さん、この電話出てみて」

「あ、はい。なんですか?」

 隣の席に座るS木先輩からいきなり受話器を手渡された。差し出されたモノは反射的にほいほいと受け取ってしまう私。

マシンガンのように飛び出す罵声

「あ、その電話ね、すっごいクレームになってるから、ホントにダメだったら代わってあげるから頑張ってね」

 先輩はそう言うとブチッと電話機の保留ボタンを押して解除した。

な、なんだってー!

 文句を差し挟む暇もなく、受話器からは張り裂けんばかりの怒声が大ボリュームで響いてくる。

「馬鹿野郎‼ いつまで待たせるんだ! いきなりカードが使えなくなったじゃねぇかよ。店で恥をかかせやがって!!」

「も、も、も……申し訳ございません!」

 マシンガンのように飛び出す罵声に私はわけもわからず謝り倒す。結局そのクレームを収めるために、私は電話口で1時間以上怒鳴られ続けなければならなかった。

「なんでクレームの電話を私が代わるんですかー!?」

 汗だくで電話を終わらせると、S木先輩が隣で何事もなかったかのように督促の電話をかけていた。普段あまり目上の人やイケメンに反論できない私でも、さすがにこれは腹が立って抗議した。

「あ、電話終わった? どうだった?」

「終わったじゃありませんよ! クレームを押しつけるとかどういうことですかー!?」

「いやぁ、そろそろクレーム対応の一つも覚えてもらいたくて」

 まったく悪びれずにそう言うS木先輩。

 もちろんわからないことは質問すればちゃんと教えてくれたけど、「いいからやってみろ」と色んな難しいお客さまを丸投げするのがS木先輩の教育方法だった。冷たいのって嫌いじゃないけど、もうちょっとだけかまってほしい!

先輩からワザを盗め

「このままじゃまずい

 情けないことに私はあいかわらず、電話をかける件数もチームで最下位なら、お客さまに入金の約束を守ってもらえる率(履行率)も5割にかろうじて届く程度だった(ちなみに全体の平均は6割強である)。

 片や隣のチームを見てみると、同期入社した美人のA子ちゃんは成績上位者として朝礼で毎日のように名前を呼ばれ、他の同期たちもどんどんと回収数字を伸ばしている。

 成績表を見れば見るほど私は暗くなった。それに新人だからといって甘えていられるほど、私の働くコールセンターには余裕がなかった。どんどん辞めていってしまう社員のせいで常に人手不足。S木先輩のように無茶ぶりの荒療治をしてくれる先輩はいたが、誰も懇切丁寧に新人に教えている余裕はない。

 結局、自分でなんとか技術を盗み、這い上がるしかない、と私は悟った。

電話キョーフ症を脱出

「まず、電話をかける件数を何とかしなきゃ」

 私がお客さまに入金の約束を破られてしまうのは交渉のスキルが足りないからだ。でもスキルなんて一朝一夕でそうそう身につくものじゃない。だいたい、ただでさえコミュニケーション力の低い自分は、どもってしまってお客さまとちゃんと話をすることすら危うい。

 そこで私は交渉スキルおいおい伸ばすとして、まず、電話をかける件数を増やすことにした。

 督促の電話は朝の8時から夜の9時までと法律で決められている。その中でゴールデンタイムと呼ばれるのは朝の8時と夜の8時台だった。お客さまも昼間は仕事をされているので、自宅に電話をかけてお客さまと繋がるのは朝早い時間か夜遅い時間しかない。

 でも、この時間に電話をかけると、

「朝っぱらから電話してくるんじゃねえ!」

「こんな夜中に何考えてるの!?」

 当然のように、こっぴどく怒られてしまう。ちなみに昼間に電話をかけても、

「今仕事中なんだよ! かけてくんな!」

 こんな具合である。八方ふさがり。どうしろって言うんだ。

(出た瞬間に電話を切られちゃったら、入金のお願いも出来ないよ~)

 頭を抱えうずくまる私。すっかり電話をかけることがトラウマになっていた。

 電話をすることが嫌になると、何度も督促表を見返したり、電話機のボタンを押しては取り消したりと、電話をかける合間にうだうだと時間をかけるようになる。そうするとさらに電話をかける件数が減っていくのだった……。

小さな大発見

 そんな風に仕事をさぼっていると、隣のS木先輩が督促している声が、自然と耳に入ってきた。

「朝早い時間にお電話をして申し訳ございません!」

「夜遅い時間、お疲れのところ申し訳ございません!」

 おや? 先輩はなにやら電話の最初に必ずお客さまに謝っている。それにS木先輩だけじゃない、周りの督促をしている先輩も、

「お仕事中申し訳ございません!」

「申し上げにくいのですが、ご入金の確認が取れていません!」

「度々お電話して申し訳ありません!」

 と、なぜかみんな一言謝ってから話している。

相手の警戒心を解く大切さ

 そうか、人間先に謝られてしまうと、その上さらに怒りにくいのかもしれない。

 お客さまは、督促の電話をかけてくる私たちに、怒られたり嫌なことを言われたりするんじゃないかと警戒心を抱いている、だから怒られる前に怒鳴る。私たちを怒ることで、自分の身を守ろうとしているんだ。

 だったら私たちの方から先にお客さまに謝ってしまえばいいのだ。先輩たちがやっていたのは、犬がひっくり返ってお腹を見せて服従のポーズを取るように、先に謝ってお腹を見せることで相手の警戒心を解く方法だったのだ。

なるほど、先にゴメンナサイって言えばいいんだ!) 

 私はピカリと閃いた。そしてさっそく電話をかけて開口一番こう言った。

「朝早くお電話して申し訳ございません! お時間よろしいでしょうか?」

 すると相手も、

「ああ、いいけど……」

 とあっさり承諾してくれた。

 なんだ、こんな簡単なことなの? ぽろぽろと目から鱗が落ちる。今までのあの迷惑そうな反応はなんだったんだ!?

 こうして「先にごめんなさい作戦」を身につけた私は、電話をかけていきなりお客さまに怒鳴られることも少なくなってきた。電話へのトラウマも薄れてきて、やっと電話をかけるペースなんとか人並みになった。

日常生活にも活きた「先にごめんなさい作戦」

 ちなみに「先にごめんなさい作戦」は督促だけじゃなく、人に何か言いにくいことを頼む時にも有効だった。

「ごめん! 頼みにくいんだけどさ~、××してくれない?」

 とお願いすると、相手に嫌な顔をされずに頼みにくいことを聞いてもらえるようになる。督促のおかげで私のコミュ力も1レベル上がった気がした。もしかして、督促も、コミュニケーションも、ほんのちょっとしたテクニック、技術なのかもしれない……。 

「よーし、先輩のテクニックを学ばせてもらおう!」

 そう決意した私は先輩方を観察し、督促のスキルを盗むことにした。私の周りは、長年の督促業務で培われた数々のスキルが詰められた宝庫だったのである。

(榎本 まみ/文春文庫)

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