(星良孝:ステラ・メディックス代表取締役、獣医師)
新型コロナウイルス感染症は、感染力を増した英国型の変異が世界を席巻しつつある。南アフリカ型の変異も登場するなど、ウイルスのスピード変異が人類の脅威になっているのは間違いない。
新型コロナウイルスに関する資料をつぶさに見ていくと、あまりの変化の早さに、国内の感染症の権威である国立感染症研究所ですら捕捉しきれず、中身の理解を間違えているほどだ。これは情報が錯綜しているので仕方がないというのが筆者の立場だが、「どうして間違えたのか」という点を考えることはウイルスの変化と、それを受け止める日本国内の反応などを考える上では示唆的だ。後述するが、国際的な研究を振り返ると、今回の英国型の変異は想定内の変化だった。日本も、ウイルスのスピード変異に後手を踏むわけにはいかない。折しも、変異したウイルスの市中感染が疑われる事例が厚生労働省から発表されている。
そこで、今回の原稿では、新型コロナウイルスの変化にいかに心構えしていくべきかを考察する。多少専門的になるがご容赦いただきたい。
そもそも「変異株」「変異種」とは何か?
感染力を増した英国型や南アフリカ型などは、一般には「変異株」や「変異種」と呼ばれるが、メディアなどで出てくるこれら2つの単語は同じものを指している。それを理解した上で、ウイルスの分類の中でどう捉えればいいのだろうか。
新型コロナウイルスは、ピソニウイルス綱ニドウイルス目コロナウイルス科ベータコロナウイルス属サルベコウイルス亜属の中に含まれるSARS-CoV-2という種になる。変異株や変異種などと言われているのは、この中におけるウイルスの相対的に小さな変化について表現したものだ。
ウイルス全体である「種(species)」を大集団と捉えると、この中に「系統群(clade)」と呼ばれる中集団が形成されている。この中で、さらに変化して出てくるのが「多様体(variant<バリアント>)」と呼ばれる小集団。さらに、小集団を構成するいわば班が「株(strain)」であり、この中にさらに個別のウイルスが存在している。最近、よく報道される変異種や変異株はバリアントの変化のことだ。
ウイルスはこうしたくくりの中で性質を変えており、現在言われている変化がどの程度のものなのか、あるいは種まで変わったのか、株が変わったのか──といったことを理解するのは極めて重要だ。一般的に言われる「変異種」や「変異株」は分かりやすく表現しようとしたものだと思うが、最近、言われているものはバリアントの変化なので、ここでは英語に合わせてバリアントと呼んでいく。
そもそも新型コロナウイルスは、およそ3万のRNA塩基が連なった遺伝情報を持つ。このRNAはコピーのたびに何らかの複製エラーが起こる可能性がある。コロナウイルスはエラーを修復する仕組みを持つため、一般的には変異が起こりづらいと考えられているが、それでも変異を修正しきれずに定着していくこともある。
こうした変異があったときに、ウイルスの本体を作るタンパク質の構成が変わることがある。この後の記述に関係するのであえて詳しく書くが、タンパク質はアミノ酸が連なったもので、アミノ酸の配列は遺伝情報に基づいて決まっている。だから遺伝情報が変異するとアミノ酸が置き換わったり、欠けたりすることがある。変異は時間や地理的条件などで変化に幅があるので、ウイルスは多様性を持つ。文字通り多様体=バリアントが生まれてくるわけだ。
英国型バリアント、主にG系統群からの分岐
2019年に中国・武漢で出現した新型コロナウイルスは、こうした遺伝情報の変化によって、多数のバリアントに分かれていった。それらが大きな塊となり、複数の系統群として位置づけられるようになった。
現状、いくつかの分類法が提案されているが、よく使用されるのが「S」「L」「V」「G」「GH」「GR」「GV」という7系統群だ。2020年の当初は「S」「L」「V」がメーンだったが、ここから「G」が生まれ、「G」からは「GH」「GR」「GV」が分岐。今では「G」の付いたG系のウイルスが世界のほとんどを占める。
G系統群が最初に現れたのは2020年2月。欧州から急速に拡大して、わずか4カ月で欧州の66%、世界で44%までに広がったと報告されている。他の系統群の多くはG系統群に置き換えられた。
これだけ勢力を伸ばせたのは、感染力がもともとのウイルスのおよそ3倍だったからと考えられている。
このG系統群が何かというと、ウイルスの変異によって、ウイルスの持っている突起を形作るスパイクタンパク質の構造の一部が特徴的な変化をしたものだ。具体的には、スパイクタンパク質を構成する614番目のアミノ酸が、D(アスパラギン酸)からG(グリシン)に変化した。この変化から、G系統群を特徴付ける変異は「D614G」と呼ばれている。
これまでの研究から、この変異があると、ウイルスの持つ突起が開くことで感染しやすくなると明らかになっている。実験によると、ウイルス量が3倍に増えて感染性が高まると報告されており、インパクトは大きい。2020年中の感染の拡大がそれを証明した格好だ。
現在、問題になっている、英国で発生して世界に飛び火しているバリアントは、ほとんどが「G」を含む系統群からさらに変化したものだと分かっている。英国で出現したのは、「VOC-202012/01」(「B.1.1.7」「20B/501Y.V1」とも呼ばれる)と呼ばれるものだ。似たような変異として南アフリカで出現したのが「501Y.V2」だ。それぞれ英国型バリアント、南アフリカ型バリアントと呼ばれる。
特に問題になっている英国型の「VOC-202012/01」は、23種類の変異が存在すると定義されており、国立感染症研究所はこう説明している。
「VOC-202012/01には、23箇所の変異があり、スパイクタンパクの変異(deletion 69-70、deletion 144、N501Y、A570D、D614G、P681H、T716I、S982A、D1118H)とその他の部位の変異で定義される」
筆者が冒頭に指摘した「感染研が間違っている」というのは、この感染研の説明である。感染研が「定義される」と書いている「D614G」は「G」の系統群の条件であって、英国型の条件ではない。もちろん、英国型の大半は「G」の系統群から分かれたので英国型にも「D614G」の変異は含まれるが、英国型を定義づける変異は「D614G」以外の変化である。逆を言えば、「D614G」が含まれなくても英国型と言えるケースがあり得るということだ。
バリアントに意識が及ばなかった日本
この感染研の見誤りはささいなように見えて、2020年秋頃までの日本国内におけるバリアントに対する認識の低さを象徴的に表しているように筆者は感じた。
海外では前述の通り、「D614G」を持つG系統群は2020年2月以降、世界的に大問題になっていった。象徴的なのが、G系統群の条件である「D614G」だ。新たに生じた「英国型バリアント」の条件といった場合、英国型を定義づける変異は「D614G」以外の変化なので、海外ならば「D614G」を条件にすることに違和感を持つはずだ。
一方、日本は英国型バリアントの出現前には、幸いなことに、検査の陽性者数も欧米と比べて低水準で、バリアントまで関心が及びづらかったのかもしれない。だからこそ、感染研は英国型バリアントの条件に「D614G」を含めて記載したが、誰も違和感を持たなかったのだろう。
ここで言いたいのは、現在、日本でも注目度が上がっている新たなバリアントの出現という問題は、世界的には2020年春頃に「G系統群」という形で先行して問題になっていたという点だ。英国型や南アフリカ型は、いわばバリアントの第2波と言えるのかもしれない。
英国型の中心的な変異は「N501Y」
ここまでを踏まえて、改めて英国型バリアントの変化を見てみよう。英国型バリアントは、もともとVUI(variant under investigation、調査中のバリアント)と呼ばれていたが、現在ではVOC(variant of concern、懸念されるバリアント)と称される。要するに、まだ研究途上という位置づけで、発表されている研究論文もそれほど多くない。
その中で、公開されている情報を確認すると、英国型バリアントは前述のように新たに生じた23の変異によって定義されている。これら23の変異の中でも感染率を高める要因になっているのが、スパイクタンパク質の「N501Y」と呼ばれている変異だ。501番目のアミノ酸が、N(アスパラギン)からY(チロシン)に変化したもので、この変異は南アフリカ型バリアントにも見られる。
最初に触れたが、この変化が想定内というのは、2020年9月に中国の研究グループが「特に注意すべき変異」として「N501Y」の変異を指摘していたからだ。バイオ技術による解析によって、感染力や病原性の高さを事前に予測できたのである。英国型バリアントが最初に報告されたのは、この予測を示した中国の論文発表と同時期の9月だった。
英国型バリアントでは、この「N501Y」の他に22種類の変異を持つ。また、501番目のアミノ酸がアスパラギンである「501N」という変異前のウイルスと比べて、変異したウイルスは感染力を7割増したことが分かっている。
動物のコロナウイルスでは変異は日常茶飯事
ウイルスの遺伝情報を国際的に集約している「GISAID」では詳細をウェブで公開している。英国型、南アフリカ型のバリアントは世界に散っているのが一目瞭然だ。この図ではデータがまだ反映されていないが、日本国内でも確認されている。2020年2月以降に、G系統群が従来のウイルスに置き換わった経緯を見れば、「N501Y」変異を含むバリアントが置き換わるのは時間の問題と見える。
さらに、ブラジルや米国で異なるバリアントが確認されたという報道があるように、ウイルスがさらに異なる形で変化する可能性はある。論文を参考にすると、ウイルスを集団として見た場合、1カ月に1~2カ所のペースで変異が定着していくと推定されるようだ。それを踏まえれば、今後もさまざまなバリアントは当然のように出てくるだろう。
筆者は獣医師資格を持つ立場から情報発信している。従来通り、ウイルスの変異に対する注意が重要になるのは確かではあり、獣医学の視点からその点も付け加えておきたい。
動物では、遺伝情報の変化によってコロナウイルス感染症の症状の出方が変わることが知られている。猫では、消化器症状を出すコロナウイルスが遺伝的に変化して、致死的な猫伝染性腹膜炎に変わる可能性が指摘されている。
豚でも、消化器症状を起こすコロナウイルスは、遺伝情報の変化により、呼吸器症状を起こすものに変化する。他にも犬のコロナウイルスと、猫のコロナウイルスが遺伝的に融合する可能性も指摘されている。
2020年12月にエジプトとドイツの研究グループは、動物が保有していた新型コロナウイルスの分析結果を報告している。動物の中にウイルスが広がっており、そこで変化する可能性もある。実際に、この研究グループは動物ごとに特徴的な遺伝的な変化が確認されたとしている。
英国型変異種で起きた再感染の危険性
感染対策を取る際には、このような変異の可能性を踏まえることが不可欠だ。
前述の病原性の変化を監視することに加えて、対策を打つべきポイントの一つは、新たに変化して出現したバリアントが登場したときの再感染だ。既感染者の持っている免疫、あるいはワクチン接種者の獲得した免疫が新しいバリアントの防御にも有効であるかどうかは、ウイルスの感染者を押しとどめられるかという点で重要になる。
1月9日、英国型の変異「VOC-202012/01」による再感染が論文として報告された。ワクチン接種による集団免疫獲得が世界的に急がれる中、英国型バリアントなどの再感染については注意を要する。論文によると、再感染したのは2型糖尿病に罹患し、透析も行うなど基礎疾患がある78歳の男性だった。
具体的には、この男性は2020年4月2日に初回の新型コロナウイルスへの感染があったと報告されている。その後、いったん回復し、ウイルスも検出されなくなっていた。それが12月14日にウイルスが再度確認され、病状が悪化して、入院するに至った。施設などでウイルスゲノムを解析したところ、英国型バリアントであると確認された。
研究グループは、「施設内で全ゲノム解析ができるから判明した。施設内での検査はどこでもできるわけではない。英国型バリアントによる再感染は過小評価されている可能性もある」と指摘している。
英国の研究グループが過小評価というのは、既に拡大している可能性を指摘するものだ。実際に、新しいバリアントは報道されている以上に浸透していると考えるのが妥当だろう。
遺伝学的な研究で、英国は新型コロナウイルス感染症の出現以前から世界の先頭を走る存在だ。
英国は2000年代から50万人の網羅的なゲノム情報を解析して、対象者を追跡するUKバイオバンクと呼ばれる国際的に名高い遺伝研究を進めてきた。その英国だからこそ、ウイルスゲノムの徹底解析が行えている側面は間違いなくある。他国では英国並みのゲノム解析は容易ではない。新たなバリアントが広がっていても検査されなければ捕捉されることはない。
報告された男性は基礎疾患があり、免疫機能も衰えているとみられる。そのためこの論文で報告された再感染の脅威は割り引いて考える必要はあるが、変化したバリアントにより、既感染やワクチン接種などで生じた免疫が対応しきれなくなる場合もあり得る。
G系統群が広がった後、英国型バリアントや南アフリカ型バリアントなどが広がった場合にはどうなるのか。新規のバリアントと重症度は関連しないとも報告されているが、再感染がどうなるのか続報が注目される。感染を抑止できるか、ワクチンの有効性を考える上でも重要になる。
以上、見てきたようにコロナウイルスの変化は自然に起こってくるものと捉えるべきだ。中国の研究グループが注意を促した論文を踏まえて考えると、前向きに見れば「最も注意すべきだと指摘された変異を持つバリアントがもう登場した」と言うこともできる。次なる変異に備えて、初感染での症状、再感染の際の症状などの特徴を分析して、それに応じた対応策を決めておくことこそが重要だ。
【参考文献】
●感染性の増加が懸念されるSARS-CoV-2新規変異株について (第4報)
●Investigation of novel SARS-COV-2 variant Variant of Concern 202012/01(Public Health England)
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