「邪悪になるな」──グーグルが以前行動規範として掲げていた有名な一文だ。だが、現実にはグーグルをはじめ、アマゾンフェイスブックアップルGAFA)に代表される「ビッグテック」企業は、さまざまな問題を世界に投げかける「邪悪な存在」となっている。

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 どうしてこうなってしまったのか? そして、どうするのが望ましいのか。前編では、ビッグテックが邪悪になってしまった経緯と、その背景にあるものを明らかにする。(JBpress

(※)本稿は『邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った』(ラナ・フォルーハー著、長谷川圭訳、日経BP)より一部抜粋・再編集したものです

どうしてこうなってしまったのだろう

 2007年以降、金融業界に注目してきた人は、当時と今の状況がとてもよく似ていることに気づくだろう。みるみるうちに、排除するには大きすぎ、管理するには複雑すぎる、新たな業界が発生した。その業界は歴史上のどの業種よりも富を集め、高い時価総額を誇る一方で、過去のどの巨大企業よりも雇用機会を減らしつづけた。私たちの経済と労働を根本からつくりかえたと言える。何しろ、人々の個人データを集めてそれを売り物にすることで、いわば人間を商品にすることに成功したのだから。

 それなのに、事実上まったく規制を受けずにきたのである。そして、2008年ごろの金融業界と同じで、この業界も、今の状態が続くように、政治と経済の分野に大いに口出ししているのだ。

 2016年大統領選で予想外の結果が出たことをきっかけに、これらの企業に批判が集まりだした。そこで私はビッグテックについて詳しく調べてみることした。すると、いろいろなことがわかってきた。今では誰もが知っているように、フェイスブックグーグルツイッターをはじめとする世界最大級のテクノロジー・プラットフォーム企業が、ドナルド・J・トランプ大統領選で勝たせようとするロシア工作員によって悪用されていたのだ。国際政治を意のままに操り、国家の運命を揺さぶるための手段になっていた。

 しかも、そのように利用されることを通じて、経営陣や株主は財をなしていたのである。純真だった時代は過ぎ去ったのだ。

 この点は大切なので忘れないでおこう。なぜならテクノロジー業界は、これまでずっと金銭的な利益だけを追求してきたというわけではないからだ。実際のところ、シリコンバレー1960年代の反体制運動の影響を大いに受けていて、事業を立ち上げた人の多くは、テクノロジーが世界をよりよく、より安全に、より豊かにする未来を夢みていたのである。

 デジタルの世界に理想郷を求めた人々は、自らのビジョンを人々に伝えながら、まるで福音のように、こう繰り返した。情報は無料であるべきで、インターネットは民主化を推し進める力であり、私たちのすべてにとって公平な場所だ、と。

 だからこそ、問わずにはいられない。どうして今のような状況になってしまったのだろうか、と。かつては野心的で、革新的で、楽観的だった業界が、わずか数十年のあいだに、欲深くて、閉鎖的で、尊大になってしまったのはなぜだろうか?

 私たちはどうやって「情報は無料であるべき」だった世界を、データが金儲けの手段になった世界に変えてしまったのだろう? 情報を民主化することを目指していた運動が、民主主義の構造そのものを壊しているのはなぜ? そして、地下室でマザーボードをいじくり回していたリーダーたちは、どんな理由があって政治経済の世界を支配する気になったのだろうか?

私たちは消費者ではなく製品である

 その答えは、ある時期を境に、最大級のテクノロジー企業と、それらが奉仕する相手である顧客や一般人の利害が一致しなくなったことにあると、私は調査を始めてまもなく確信するようになった。

 ビッグテック企業の問題については、個別で論じられることは多いものの、実際にはすべてが複雑に絡み合っていて、その根底には一つの避けられない問題が潜んでいる。シリコンバレーの人々の多くは認めようとしないだろうが、「人々をできるだけ長い時間オンラインに釘付けにして、彼らの関心を利益に変える」ことがビジネスモデルになっている、という問題だ。

 コロンビア大学のティム・ウーはビッグテック企業を「関心の商人(アテンション・マーチャント)」と呼んだ。関心の商人は行動信念、大量の個人データ、そしてネットワーク効果を利用して、独占的な力を手に入れようとする。独占的な地位を得ることができた企業は政治的な力も手に入れ、それがまた、独占を維持する力に変わる。

 過去、フェイスブックグーグルアマゾンの3社が規制上“何をやっても自由(フリー)でおとがめなし”権を手に入れた。結局のところ、この論理の延長線上で、グーグルは検索を“無料(フリー)”で提供するし、フェイスブックは“無料(フリー)”でメンバーになれる。アマゾンは価格を切り下げ、製品を無料に近い値段でたたき売る。

 これは、消費者にとって“ありがたい”ことなのだろうか? 問題は、ここで言う「フリー」は実際にはフリーでも何でもないことだ。確かに、デジタルサービスのほとんどで私たちは現金を支払わないが、その代わりにデータや関心を大いに差し出している。“人間”が金儲けの手段なのだ。

 私たちは、自分のことを消費者だと考えている。だが実際には、私たちこそが製品なのである。

いいことをしているのになぜ不満を持つのか

 グーグルの創立者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンスの博士課程にいるころ、ヒューマンコンピュータ・インタラクション・グループに入った。学生のほとんどは“ポータル”づくりにいそしんだが、ブリンとペイジはまったく違う道を選んだ。彼らが目指すべきは、ハイパーリンクの数を集計する能力をもつ検索エンジンにほかならない。そこでペイジとブリンはほかの文章へのリンクを追跡するプログラムをつくり、それをバックラブと名付けた。

 ペイジとブリンにとって、彼らのやり方にやましい部分は何一つない。彼らにしてみれば、全国のコンピュータアーカイブに保存された知識を、人類に利益をもたらすために集めようとしただけなのである。その結果として自分たちにも利益がもたらされるなら、それはそれでありがたい。

 これがのちに、合法的窃盗と呼ばれる最初のケースになった。誰かが文句を言うたびに、ペイジは困った表情を浮かべた。「どうして明らかに善良なことをしている人の活動に、不満をもつことができるのだろうか?」とでも言いたげに。彼らは許可を求める必要を感じなかった。ただ、やりたいようにやった。

「もしあなたが全員の許可を得ようとすれば、ラリーセルゲイはそれを物事の実現を妨害する行為だとみなす」と、スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンス教授であり、ペイジの論文指導者でもあったテリー・ウィノグラード2008年の記事で語っている。「もしあなたがそれをやってのければ、二人が昔ながらの好ましくないやり方にこだわっていることに、ほかの人たちも気づくだろうに・・・。今のところ、二人が間違っていることを証明した者はいない」

 これがグーグルのやり方になった。

許可を求めるな、謝罪せよ

 ジョナサン・タプリンが著書『Move Fast and Break Things(素早く動き、破壊せよ)』で指摘したように、Gmailの最初のバージョンを公開したとき、ペイジは「利用者に恥ずかしい過去を削除する力を与えるよりも、グーグルがすべてのメールを保持して利用者のプロファイルをつくる能力を得るほうが重要だ」という理由で、エンジニアに削除ボタンを実装することを禁じた。

 同じように、グーグルは誰の許可を得ることもなしに、ストリートビュー用に人々の自宅の写真を撮り、それを住所と一致させて、もっと多くの広告を売るために利用している。彼らが守りつづける方針は、「許可を求めるよりも赦しを請うほうがいい」だ──実際のところは、許可も赦しも求めたりしないのだが。

 これは特権を求める態度だと言える。過去数年にわたりさまざまな問題を引き起こしてきたにもかかわらず、この態度はいまだに変わらない。2018年、ある大きな経済会議に出席したとき、私はグーグルデータサイエンティストと同じタクシーに乗る機会があった。彼女は国民と国民が生む膨大なデータの多くを監視することが許されている中国企業がうらやましいと漏らした。また、彼女がAIの研究を行っている大学が、学生に関する情報を集めるためのデータ記録センサーを彼女が希望するほど使わせてくれないことに、心から憤慨しているようでもあった。「情報を集めるのに5年もかかったわ!」と彼女はいらだたしげに言った。

 このような不信感は、シリコンバレーの住人に広く浸透している。彼らは自分たちのやりたいことは人々のプライバシーや市民の自由、あるいは他人の安全よりも大切だと思い込んでいる。自分たちは何でも知っていると考えて、自分たちの動機に疑問をさしはさもうとする者がいるなんて、想像もできないのだ。

 ビッグテックはやっかいな政府や政治、市民社会、さらには都合の悪い法律からも解放された自由な存在でなければならない。この考えがあるため、テクノロジー業界の巨人たちはシリコンバレーアメリカからもカリフォルニアからも独立した存在とみなし、ほかの地域がシリコンバレーの足を引っ張ってはならないと主張する。

「そんなコードは書けない、だからできない」

 結局のところ、シリコンバレーの王(そして女王)たちの考えでは、自分たちはある種の予言者であり、テクノロジーは未来なのである。問題は、未来の創造者たちの多くが、過去から学ぶ必要をほとんど感じていない点にある。

 フランク・パスカーレはメリーランド大学の法学教授で、ビッグテック批判家として『The Black Box Society(ブラックボックス社会)』──政治と経済に対するテクノロジーの影響を理解するための必読の書──を書いた人物でもあるのだが、その彼がとてもわかりやすい例を挙げている。

「以前、私はシリコンバレーのコンサルタントを相手に、検索の中立性[検索エンジンは自社のコンテンツをほかよりも優遇すべきではないとする考え方]について話をしたことがある。すると彼はこう言った。『そんなコードを書くことはできない』。私は、これは法的な問題であって技術的な話ではない、と指摘したのだが、彼はどことなく見下すかのようにこう繰り返した。『ええ、でも私たちにはそんなコードを書くことができない。だから、中立性は実現できない』と」。要するに、問題について論じるなら技術者の視点から、それができないのなら問題そのものが存在しないという言い分なのである。

 選挙で選ばれたワシントンリーダーたちも含む多くの人が、この言い分を支持する側に買収されてしまった。だからこそ、最初から消費者ではなく業界に有利なルールが敷かれてきたのだろう。

 商用インターネットの初期、つまり1990年代の半ば、シリコンバレーは何度も繰り返して、インターネットは街の広場のような場所だと主張した。したがって、考えや行動が自由に繰り広げられるべき中立の場所なのである。つまり、オンライン・プラットフォームは公共の広場なので、運営する企業はそこでの出来事に責任を負う必要はない、と言いたいのだ。

自動化できないことはやりたくない

 この主張の根底には、自宅の地下やガレージオンライン掲示板チャットルーム、あるいは初期の検索エンジンを立ち上げたばかりの起業家たちには、資金的にも人材的にも、ユーザーの行動を監視するだけの余裕がなかったという事実がある。監視に力を割けば、インターネットの発展にブレーキがかかったかもしれない。

 しかし時代は変わった。今では、フェイスブックも、グーグルも、ほかの企業も、ユーザーオンライン活動のすべてを監視“できる”し、実際に監視している。それなのに、彼らのプラットフォームで繰り広げられるヘイトスピーチロシアの資金による選挙広告、あるいはフェイクニュースなどの責任という話題になれば、どっちつかずの態度をとろうとする。

 彼らは私たちが何を買ったか、どの広告をクリックしたか、どんなニュース記事を読んだか、すべて容易に追跡できるのに、その一方で、ウェブサイトからいかがわしい陰謀論を取り除くのも、反ユダヤ的なコメントブロックするのも、ロシアのボットによる不正を特定するのも、とても難しいと主張するのだ。

 なぜなら、そうするにはきちんと判断できる本物の人間を、給料を払って雇い入れなければならないからだ。それこそ、自動化という基盤の上で成長してきたプラットフォーム企業が何としてでも避けたい事態なのである。

 ビッグテックは分裂状態に陥っている。会社という意味でも、社会の一部としても、その本質において相反する表情を見せている。メディア会社? 報道機関? プラットフォーム企業? 小売業? 物流? 本質が何であれ、彼らが自らに課している現在のルールは──その多くはルールと呼べる代物でもないのだが──うまく機能していない。

 グーグルフェイスブックアマゾンをはじめとするプラットフォームはあまりに巨大になったため、彼らのリーダーたちを一般的な考えや倫理規範、あるいは普通の市民に適用される法律などを超越する存在に押し上げてしまった。

 後編では、そのようなビッグテックに振り回されないため、私たちがとり得る方策について検討する。
邪悪なGAFAから世界を救うには
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63733

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