対面接客の店舗ならば、自身がお店に出かけた時に「おかしな客」に出くわすこともあるが、コールセンタートンデモ客は、なかなか外ではお目にかかれない。今回は、そんなコールセンタートンデモ客のエピソードをご紹介する。

◆どこにも転送できない電話

 私が、とある地方のガス会社でコールセンターとして働いていたときのこと。私の仕事は、一次窓口と呼ばれるものだった。料金に関する問い合わせや修理の予約、引っ越し時のガス開栓に関する問い合わせや緊急のガス漏れ対応に至るまで、顧客のさまざまな要望を聞いて専門の部署に割り振っていくというもの。

 そのため、いわゆる「トンデモ客」は電話を転送した先の部署で大いに力を発揮するようで、私の勤務していた部署は、割合としては平穏に過ぎる日々が多かった。それでもある日、どこにも転送できない電話がかかってきた。

「私の部屋の天井に、穴が空いてるでしょ?」というご老人の女性と思しき第一声。

 唐突であるばかりか、「でしょ」といわれても正直に言えば「知ったこっちゃない」である。しかし、そこは仕事。「穴…で、ございますか」と落ち着いて返答をする。

 伝わらなかったことがわかり、その女性が別の言い方に変えてくれるかと思ったが、そう甘くはなかった。「私の部屋に、あ!な!が、空いてるでしょ?って!」ときた。聞こえなかったわけではないし、その証拠にしっかりと復唱している。復唱はコールセンタースキルの基本のキ。

◆復唱で話題を掘り下げていくと……

 私は、話が前に進みそうにないことを悟り、展開を作ることにした。「かしこまりました。それでは先に受付をさせていただいてよろしいでしょうか」と、女性の名前と電話番号を伺い顧客情報を確認した。

 女性は、特におかしな部分もなく自身の情報をこちらに伝えてきたが、すぐに「私の部屋の天井に、穴が空いてるじゃない?」と、また始まった。私はひとまず「はい」とだけ返答し、女性が言葉を継ぐのを待つ。すると女性は「泥棒に入られたのよ」と続けた。

 何事だろう。泥棒に入られて、110番ではなくガス会社に助けを求めているのだろうか。お門違いとは思いながらも、さらに「泥棒に入られたのでございますね」と、私は復唱で掘っていく。

◆「ガスで困ってるから電話したんじゃない!」女性の語気が強まる

 すると女性は「そう。私が寝ている間に、泥棒が入ってきて、お金を盗っていったの」と言う。掘っても同じだった。これは、ガス会社にはどうすることもできない、まごうかたなき警察案件だ。警察には電話を転送できない。

 私は、冷静に電話をかける先を間違えていることを伝えた。「お客様がお電話をいただいている手前どもは、◯◯ガスでございまして、泥棒が入った際の対応などに関しては承っておりません。そういったお話でしたら、警察にご相談されてはいかがでしょうか。またガスのことでお困りごとがございましたら、いつでもお電話をお待ちしております」。

 泥棒の件とは全く無関係なガス会社に電話しているということを、女性にわかってもらえれば終話できるとばかり思っていたが、そうはいかなかった。

「いや、ガスで困ってるからこちらに電話したんじゃない!」と女性の語気が若干強まった。

「どういうことだろう、どこにもガスは登場していないじゃないか」と、戸惑っていると、女性は次のように続けた。「私の部屋の天井に、穴が空いてるでしょ?あそこから、毒ガスをまかれて私は眠らされたのよ!それで、私が眠ってる間に泥棒が入ったの!」。

 まさかのガス案件だった。女性は毒ガスが出ているのでガス会社に電話していたのだ。理にかなっている気もするが、当然、私の会社は一般のガス会社であり、睡眠ガスや毒ガスは取り扱っていない。しかも、天井の穴から毒ガスが出て泥棒が入ったという、奇想天外な出来事も、失礼ながら信憑性が疑われる。

◆できることは、ただひたすら謝るのみ

 そんな思いが声に乗らないように努めつつ、「毒ガスですね。それは大変なことでございます」と、まずは基本の復唱を忘れずに対応し、寄り添ったうえで、「ただ、そうした件につきましても私どもでは対応できかねます。警察にご相談いただいてはいかがでしょうか」と、再び警察へ電話をするよう促す。

 しかし、「あなた、◯◯ガスの方なのよね!?ガスで困っているから電話をしてるのに、そんな無責任でいいと思ってるの!?」と怒りはじめた。

 こうなってしまうと、対応できないことを平謝りするしかない。それからしばらく、毒ガスで眠らされて泥棒に入られたという女性から怒声を浴びせられながら、対応できないことを謝り続けた。

 電話が終わったのは、およそ30分後。女性の「もういい!」が終話の合図だった。意外にも疲れる対応だった。座って電話対応するだけの楽な仕事とも思われているコールセンターだが、実はこうした対応に、心が削られることもある。

【伯林芳一】
夢のため時間の融通がきくコールセンターで働き出して、早15年。さまざまなコールセンターの職場を転々とし、もはやベテランの域に。夢は叶わないまま、今日もどこかで受話器をとる。好きな保留音は「青く美しきドナウ」