ハネムーンなきバイデン新大統領の門出

 バイデン米政権が米東部時間1月20日正午過ぎ、発足した。

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 武装集団による抗議デモが計画され、首都ワシントンだけでなく、全50州の州議会議事堂まで厳戒態勢が敷かれる中でのスタートだ。

 従来なら数万人、数十万人の米国民が議事堂からリンカーン記念碑、ワシントン記念堂までのモールを埋め尽くす。

 今年は、恒例の光景はなし。

 州兵2万5000人と警官が首都を占拠し、「バナナ共和国」の大統領就任式はクーデターを鎮圧した直後のような様相を呈している。

 コロナ禍と国内テロの脅威で「新大統領と米国民、メディアとのハネムーンはすっ飛んでしまった」(ニューヨークタイムズ)。

 その「元凶」とリベラル派に叩かれたドナルド・トランプ大統領は就任式出席を拒み、同日早朝、大統領専用機でフロリダに向かった。

 同氏が乗れる最後のエアフォース・ワンだ。

 ジョー・バイデン大統領は、アーリントン国立墓地の無名戦士の墓を参拝したのち、ホワイトハウス入り。10本に上る大統領令に署名、直ちに発効させた。

 大統領令には、新型コロナウイルス感染阻止対策、温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」への復帰、トランプ政権下で離散を余儀なくされた移民家族対策などが含まれている。

 バイデン大統領は、新型コロナ、経済、気候変動、人種間差別を「4つのクライシス」と名付け、「1月末を目途に断固たる行動をとる」(ロン・クライン首席補佐官)としている。

https://apnews.com/article/joe-biden-donald-trump-politics-coronavirus-pandemic-ron-klain-4b1bf78136b2b12392dcc16a7e4aad7f

バイデン本は出しても売れない

 4年前、ワシントンと米全土は、億万長者で政治にはド素人の不動産屋の登場で沸き返っていた。何をやり出すか分からないという不安感、期待感が入り混じった異様さに包まれていた。

 トランプ氏がひょっとして大統領になるのではないか、といった声が出始めた予備選中盤頃から「トランプ本」が次から次へと出版された。

 トランプ氏とはどんな男か。どんな素性でどんな教育を受けたのか。皆知りたかった。

 トランプ氏自身(と言ってもそのほとんどはゴーストライターが書いたものだが)が以前に書いたものも再販された。

 それに比べると「バイデン本」は数えるほどしか出ていない。

 なぜか。知人の出版社編集者はコメントする。

バイデン氏は若い頃からワシントン政界に住み着き、大統領選にも出馬。最後には副大統領を8年間務めてきた」

「若い頃、妻と幼い娘を交通事故で失い、負傷した長男もその後、脳腫瘍で失う悲劇の政治家ということは知る人ぞ知る話。つまりバイデン氏にはミステリーがない」

「読者にとっては彼はもはや『過去の人』。賞味期限が切れた商品。その人間が甦ったと言っても何の新鮮味もない」

「となると、本を書いても売れない。だから出版社も本を出さない、というわけだ」

 そうした中で今知識層の間で評判になっているのが、ご紹介する本書だ。

Joe Biden: The Life, the Run, and What Matters Now」(ジョー・バイデン:その半生と選挙、そして今何が問題なのか)

悲しみを克服した「シンパサイザー・イン・チーフ」

 著者はエバン・オスナス氏(54)。ハーバード大学を優等で卒業後、「シカゴ・トリビューン」に入社。

 トリビューンでは北京特派員として8年間中国に常駐した。その経験に基づいて2014年に著わした「Age of Ambition: Chosing Fortune, Truth, and Faith in the New China」は全米図書賞を受賞している。

 同氏は、この本の中で「中国は今、過激な変態過程にある。(習近平氏ら)中国共産党の指導者は社会主義という経典を破り捨て、社会主義の聖人の座にしがみついている」と鋭く分析している。

 中国はもはや社会主義国家ではない、と断定した。

 帰国後、中国問題だけでなく米国内政治へと視野を広げて、健筆をふるっている。

 なぜ、バイデン氏に興味を持ったかのかについては特に触れていない。

 しかし、政治記者が書く政治家モノはともすれば、インサイド・ベルトウェイ的(ワシントン政界的)になりがちなのに比べ、オスナス氏には中国の指導者たちを見つめてきた元特派員の目がある。そこがユニークなのだ。

 本書執筆に際してはバイデン氏に複数回インタビュー。バイデン氏の側近や知人たちにも精力的に取材したという。

 そうしたユニークな視線がとらえたバイデン氏はどんな人物か。そのいくつかを拾ってみると――。

一、バイデン氏は不運な人物であり、幸運な人物だ。

 上院議員の頃、妻と娘を失い、失意のなか、出会った才女を後妻に迎えた。彼女の内助の功もあって上院議員として主要委員会の委員長を歴任。

 民主党のベテラン議員として推されて大統領選にも出馬。敗れはしたもののバラク・オバマ氏に買われて副大統領候補に指名された。

 副大統領在任中には46歳の長男を病で失い、再び失意のどん底に落とされる。しかし、妻や周囲の励ましと労りにより再び立ち上がる。そして大統領選で勝利した。

 不運を耐え忍び、そこから立ち上がってきた政治家だ、他人の痛みが分かる『The sympathiser-in-chief』(同情心のある最高司令官)になったのだ。

一、大統領選の真っ最中、トランプ候補はバイデン氏を『スリーピージョー』(眠たげなジョー)と呼んで嘲笑った。

 だがオバマ政権で重職を担っていたベテラン政治家の一人はこう言っている。

「これはトランプ氏の作戦ミスだった。4年間、米国は騒々しいヒステリックな状態が続いていた。このバカ騒ぎを鎮めるには米国は退屈そうで眠たそうなリーダーを必要としていたのだ」

 だがバイデン氏はただの凡人ではなかった。

 闘志満々で、人を説得する能力は誰にも負けない。意見の食い違った人とも妥協できる熟達者でもあった。

 威厳をつけて投票を乞うオバマ氏のようでもなく、政治をまるでマッド・レスリング(泥レス)ぐらいにしか考えなかったトランプ氏とも異なる、先天的なポリティカル・アニマルだった。

一、バイデンは陽気ものだ。

 それは時には陳腐で場違いに映った。大統領候補だったヒラリー・クリントン氏に面と向かって『アイラブユー・ダーリン』と言い、彼女を唖然とさせた。演説会場に集まった支持者たちに『ビッグ・キス、ハニー・バンチ』と叫んだこともあった。

一、センシビリティのなさが時折、顔を出した。

 オバマ氏を誉めるのに『クリーン・アンド・ナイス・ルッキンング』(真っ白で清潔なハンサムボーイ)と言って驚かしたこともある。

 その一方で相手が誰であろうと、思ったことはずけずけ言うガッツもあった。

 ロシアウラジーミル・プーチン大統領と会った際、面と向かってズバリこう言った。「あなたの目の中には魂(Soul)がない」。

 トランプ氏はプーチン氏に会っても決して目を合わせることはなかったという。

スリーピージョー」は出るところに出ると、抜け目のない、大胆不敵な外交官に豹変する。

 トランプ大統領と激しく争った大統領選でバイデン氏は「この選挙は<国家の魂のための戦闘>(A Battle for the Nation's Soul)だ」と位置付けていた。

 バイデン氏にとって「Soul」はキーワードなのだろう。

一定の評価受けるポンペイオ国務長官

 最後の最後まで往生際の悪い(?)トランプ大統領だが、そうした中で主要メディアが一定の評価をしている閣僚が一人だけいる。

https://www.nytimes.com/2021/01/18/us/politics/mike-pompeo-secretary-of-state.html

 マイクポンペイオ国務長官だ。

 トランプ氏が外交政策で米政策集団を取り仕切って超党派の合意を形成したのは対中スタンスだった。

 それがロシアとの「不適切な関係」をカモフラージュするための政治的理由、つまり矛先を中国に向けさせるためだったのか、あるいは意識せずにそうなったのか。

 ただそのために孤軍奮闘したのはポンペイオ氏だった。

 同氏が対中戦略の主柱にしたのが「インド太平洋戦略構想」の深化・強化だ。そのためにポンペイオ氏は日豪印を歴訪し、積極対話を続けてきた。

 仕事納めの1月17日ポンペイオ氏は長官室からオーストラリアのスコット・モリソン首相に電話し、こう述べた。

「米国は政権交代するが、米豪が民主主義、人権主義、法の秩序、共通の戦略的権益、中国からの経済的脅威に対する価値観を共有することに変更はない」

「またインド太平洋を自由でオープンな地域として堅持、発展させるに日米豪印4か国(Quad)協力関係の重要性がますます高まっているとの共通認識について共有したい」

 米国とオーストラリアは、極秘情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」参加国。ともに英語圏国家でもあり、米国にとってはオーストラリアは最も信頼できるパートナーだ。

「インド太平洋戦略構想」極秘メモ解禁

 この5日前、米国家安全保障会議(NSC)は極秘扱いだった「インド太平洋における戦略的枠組み」(U.S.Strategic Framework for the Indo-Pacific)と題するメモを解禁した。

 むろん、バイデン新政権担当者との合意のもとでの措置だろう。新政権でも継承されることを「宣言」した外交的ジェスチャーと言えそうだ。

https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2021/01/IPS-Final-Declass.pdf

 同メモには、インド太平洋戦略構想で米国が得られる最優先の権益として以下を列挙している。

一、米本土と海外に住む米国民を守るため、核兵器とミサイル拡散の防止すること。

一、同地域への米国の経済的、外交的、軍事的アクセスを堅持すること。

一、同盟国の米国に対する信頼性と有効性を高めること。

一、米国内での米国の核心的価値と自由を守りながら同地域における米国の優位性を堅持すること。

 バイデン氏は「インド太平洋構想」の深化・強化はそのまま受け継ぐ方針だ。

 すでに同構想を担当する調整官(Coordinator)に東アジア太平洋担当国務次官補だったカート・キャンベル氏が指名されている。おそらく国務次官級とみられる。

 上院で人事承認されれば、直ちに日米豪参加国を歴訪することになるだろう。

 オバマ政権で国務省高官を務めたB氏は、バイデン氏の対中戦略の切り札は3枚あるとみている。

「米中貿易戦争」一時休戦、温暖化防止をめぐる対中要求、そして「インド太平洋戦略構想」だ。

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