国会記者会館。 Sakura Ikkyo / PIXTA(ピクスタ)

◆スクープを連発できる理由
―― 元木さんは『週刊現代』編集長として数々のスクープをとってきましたが、『赤旗』と『週刊文春』がスクープを連発できる理由はどこにあると思いますか。

元木昌彦氏(以下、元木):『赤旗』は桜を見る会日本学術会議のスクープで話題になりましたが、彼らは最近になって急にスクープをとり始めたわけではなく、昔からスクープをとっていました。『赤旗』は全国各地に読者がおり、共産党員による情報網もあります。私も『赤旗』の記者とはずいぶん付き合いましたが、彼らは色んなところに足を運び、情報収集に取り組んでいます。また、『赤旗』は反自民党というスタンスを明確にしているので、彼らだからこそ獲得できる情報もあります。

 これまで『赤旗』のスクープがあまり注目されてこなかったのは、大手メディアが彼らのスクープを追いかけなかったからです。『赤旗』の姿勢は一貫しており、何か変化があったというわけではありません。

 むしろ変わったのは『週刊文春』です。昔の『週刊文春』は『文藝春秋』の週刊誌版と見られており、スクープに強いというイメージはあまりなかったと思います。『週刊文春』が次々にスクープを放つようになったのは、新谷学編集長(現・編集局長)の時代からです。

 私が『週刊文春』のスクープで一番驚いたのは、小沢一郎の奥さんの「離縁状」を全文掲載したことです。この記事を執筆した松田賢弥さんとも話したのですが、もし私が編集長だったら、離縁状はあくまで私信ですから、全文掲載を躊躇したかもしれません。しかし、新谷さんは徹底的に裏をとり、全文を載せるという決断をした。こうした度胸の良さが編集部員や記者たちに安心感を与え、スクープ連発の要因になっているのでしょう。

 また、『週刊文春』以外にスクープを追いかける週刊誌がなくなったことも大きいと思います。かつては『噂の真相』という雑誌がスクープを連発することで有名でした。これは月刊誌でしたけれども、作家のスキャンダルから政治家スキャンダルまで様々なスクープを放っていました。『噂の真相』編集長の岡留安則さんは私もよく知っていましたが、彼は噂の段階の話でも「一行情報」という形で載せるなど、入手したネタを片っ端から報じていました。私は岡留さんに「そういうやり方は危ないぞ」と注意したこともありますが、タレコミがあれば何でも掲載していくという姿勢だったからこそ、彼らのもとには多くの情報が集まってきたのです。

 しかし、『噂の真相』が休刊になり、『週刊現代』や『週刊ポスト』もスクープは売上につながらないということでスクープ競争から撤退してしまいます。その結果、世の中を揺るがすようなネタは常にあるのですが、それを取り上げる媒体がなくなったことで、情報は行き場を失ってしまいました。そうした中、『週刊文春』が積極的にスクープに取り組むようになったので、彼らのもとに情報が集中するようになったと思います。

◆スクープか、それともリークか
―― 大手新聞がスクープをとれないのはなぜですか。

元木: 新聞というのは不自由なメディアで、重大な情報を入手したとしても、全てを報じることはありません。例えば、自分のことで恐縮ですが、私は『週刊現代』編集長の時、オウム真理教麻原彰晃の自白調書を入手し、全文掲載しました。そのころ警察・検察側は自白調書は一通もないと言っていたので、大変な騒ぎになりました。

 しかし、いくつかの新聞も麻原の自白調書を入手していたと思います。例えば、朝日新聞は、私が持っていた自白調書と照らし合わせると、自白調書に基づいて書いているとしか思えないものでした。彼らが自白調書の存在を報じなかったのは、警察や検察との関係が悪化し、取材できなくなることを恐れたからでしょう。

 これは結局、記者クラブの問題です。記者クラブの弊害は何十年も前から指摘されてきましたが、記者クラブに属する記者たちは権力側にとって都合の悪いことはほとんど書きません。彼らは権力側から圧力をかけられ、書きたくても書けないのではなく、自主規制しているのです。そうやって権力にくっつき、権力にこびることで、彼らから情報をいただいているのです。

 最近ではその傾向はさらに強まっており、現在の菅政権に対しても記者クラブは聞くべきことを聞こうとしません。権力におもねる体質が染みついてしまっています。これだけ批判されているのに変わろうとしない記者クラブも見上げたものですが、記者クラブが存在する限り、新聞やテレビに、週刊文春のようなスクープを期待することはできないと思います。

―― 記者は要人からスクープ情報を入手したと思っていても、要人からすれば世論を操るために情報をリークしたという場合もあります。スクープとリークの関係はどう見ていますか。

元木: スクープの多くはリークによるものです。私自身はリークが悪いとは思いません。記者や編集者の立場からすれば、世の中が驚くようなネタをくれるなら、それが誰であれ関係ありません。

 ただ、そのネタに基づいてどのような記事を作るかに関しては慎重でなければなりません。ネタ元は何らかの意図を持って情報を提供しているわけですから、それを書くことによって誰が得をし、誰が損をするのか、そうしたことを勘案しながら、裏取り取材を重ね、記事にする必要があります。

 また、情報提供者との距離感にも注意すべきです。例えば、読売新聞渡邉恒雄さん政治家の懐にまで入り込んで情報をとっていましたが、権力者と付き合うことは、自分も権力を持ったような錯覚に陥りがちで、よほど注意しなければ権力側に取り込まれてしまいます。最初は純粋に情報をとるために政治家と付き合っていたかもしれませんが、ミイラ取りがミイラになってしまう。そうした記者は少なくないと思います。

週刊誌が死んでもいいのか!
―― 他のメディアがスクープをとるためにはどうすればいいでしょうか。

元木: それはあまり期待できないと思います。新聞はもともと、事件化しない噂の段階から追及するということはやりません。また『週刊文春』以外の週刊誌が再びスクープに取り組むことはないでしょう。『週刊現代』や『週刊ポスト』の編集長にスクープ志向の人がついたとしても、スクープをやらなくなってからだいぶ時間がたっていますから、編集者や記者にスクープをとるためのノウハウがなくなっているので、『週刊文春』のような真似はできません。会社も費用対効果を考えて、スクープをとる体制を復活させるとは思えません。

 『週刊文春』にしても、あれほどスクープを放っているにもかかわらず部数が減ってきています。彼らがどこまでスクープを続けることができるのか、正直なところ不安です。もちろん週刊誌がなくなることはありえないと思いますが、今以上に力を失っていくことは間違いありません。

 これは非常に深刻な問題です。先ほど述べたように、『噂の真相』がなくなったことで、彼らであれば掲載していたような情報が行き場を失い、表に出てこなくなってしまいました。週刊誌が力を失っていけば、同じようなことが起こってしまいます。「週刊誌などなくてもいい」と思う人は、もし『週刊文春』がなければどうなっていたか想像してみてください。週刊文春』がなければ甘利明の口利きと現金授受問題が明らかになることもなかったし、黒川弘務東京高検検事長(当時)が賭け麻雀で辞任することもなかったでしょう。芸能界で言うなら、ジャニーズAKBスキャンダルが明るみに出ることもなく、渡部建の不倫が表沙汰になることもなかったということです。

 週刊誌の存在意義は、新聞やテレビが報じられないことを報じることです。週刊誌があることによって、新聞、テレビとの間でチェックアンドバランスが働くのです。週刊誌の役割は決して小さくありません。それゆえ、私はこれからも「週刊誌が死んでもいいのか!」と訴えていきたいと思います。
1月4日、聞き手・構成 中村友哉)

もときまさひこ● 1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学明治学院大学などでマスコミ論を講義している。著書に、『編集者の教室』(徳間書店)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

<記事提供/月刊日本2020年2月号

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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