(舛添 要一:国際政治学者)

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 1月20日バイデン氏が第46代アメリカ大統領に就任した。しかし、その前途には課題が山積している。それは、トランプ大統領の大きな「負の遺産」を背負わされるからである。

2016年は、歴史に残るポピュリズムの年

 2016年秋、トランプ大統領選挙に勝利したとき、世界に大きな衝撃が走ったが、今振り返って見ると、2016年という年はポピュリズムが猛威を振るった年だと再認識させられる。この年の6月23日には、イギリスの国民投票でEUからのイギリスの離脱が決まっている。

 この4年間、世界はそのポピュリズムの代償を払い続けたが、民主主義の力ではなく、新型コロナウイルスの猛威がこの衆愚政治に終止符を打とうとしている。そのときの雰囲気や感情に流されて、遊び気分で、トランプBrexitに投票することの愚を、大衆は理解できない。パンデミックで自分の命が危ういとなって初めて、虚偽に基づく扇動から目が覚めてきたのである。

 それが、トランプを選挙で敗北させ、昨年末に土壇場になってイギリスとEUとの離脱交渉をまとめさせたのである。

 4年前のトランプ政権の発足に際して、私の脳裏に浮かんだのはヒトラーと彼を民主的選挙によって政権に就かした当時のドイツの状況である。そして、その類似性に愕然とした(参照、拙著『ヒトラーの正体』)。

 第一次大戦後のドイツは、ヴェルサイユ条約によって、巨額の賠償を科され、領土割譲など民族の誇りを大きく傷つけられた。ヒトラーの演説は、その大衆の不満に訴えたのである。

グローバル化に「取り残された」人々

 4年前のアメリカも同じである。それは、グローバル化と格差の拡大である。

 トランプ大統領は、「アメリカ第一主義」を掲げ、「アメリカを再び偉大な国にする」とうたって、TPPからの離脱、NAFTAの再交渉、保護関税など保護主義的な政策を繰り出した。グローバリズムに挑戦したのである。

 トランプ2500万人の雇用を創出すると述べ、「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇用する」と声高に叫んだのは、不法移民などによってアメリカ人の職が奪われているという認識があったからである。世界の自動車メーカーに対してメキシコではなくアメリカに工場を作るべきだと要請するようなことは、自由貿易の原則に反するが、それが有権者の大きな支持を得たのは、ポピュリズムの力である。

 ポピュリズムはなぜ台頭してきたのか。フランス経済学者トマ・ピケティは、先進国の大衆が、「グローバル化の進展と格差の拡大」を前にして、「取り残された」という気持ちを持ったからだと言っている(Thomas Piketty, ‘Vive le populisme!  Le Monde, 15-16 janvier 2017)。まさに、反グローバル化、自国第一主義の訴えこそが、大衆を動員したのである。

 国境を閉ざせば、移民もやって来ないし、自国製品より安価な外国製品も流入しない。経済学的には全くのナンセンスな主張が、アメリカトップから展開されたのは異常であった。

 今日の世界で、人、モノ、カネ、情報の自由な流れを規制することは、世界経済の発展と繁栄と平和に対する阻害要因となる。それは、第二次世界大戦に至るブロック経済化の経験からも自明だが、一方でテロリストが国境を越えて活動し、安価な外国製品の流入が国内の雇用を奪い、為替相場の変動が国内産業に影響を及ぼすこともまた事実である。

 そして、そのネガティヴな側面のほうが、大衆には分かりやすいからこそ、反グローバリズムに抗することが政治的に難しくなるのである。

最富裕層2153人が最貧困層46億人より多くの財を持つ時代

 次は格差である。2019年2月の国際NGOオックスファム(Oxfam)の発表によると、世界の富豪上位2153人は、世界の最貧困層46億人よりも多くの財を保有しているという。

 格差は、社会を分断する脅威となるレベルにまで拡大しており、トランプ大統領の誕生は、アメリカ社会の分断を世界に印象づけた。

 まさに、ポピュリズムの背景にあるのが、経済的、社会的な格差が、先進諸国において拡大していることである。「丸太小屋からホワイトハウスへ」というアメリカドリームは現実のものではなくなっている。

 格差の拡大が、既存の政治に対する幻滅を呼び、その国民感情にトランプは訴えたのである。

 第一次大戦後、巨額の賠償で疲弊したドイツ国民に対して、ヒトラーは扇動を繰り返した。トランプの「America Firstアメリカ第一)」や「Make America great again(アメリカを再び偉大にする)」という言葉は、ヒトラーの「Deutschland über alles(世界に冠たるドイツ)」というスローガンと重なっている。

 トランプの扇動に乗って、議会へ突入した支持者たちとナチスを第一党に押し上げたワイマール共和国のドイツの大衆が二重写しになる。

孤立主義から国際協調路線への復帰

 1月20日大統領就任演説で、バイデンは「国際協調」と「国民の結束」をアメリカ国民に呼びかけた。

 まず、国際協調であるが、バイデンは直ちにパリ協定への復帰、WHO脱退の撤回を命じる大統領令に署名した。ヨーロッパをはじめ、世界はこの政策変更を歓迎している。ジョンズ・ホプキンス大学などの研究によると、地球温暖化が新たな病原体を生み、10年に一度は感染症が発生することにつながっている。

 そして、パンデミックに対応するためには国際協調が不可欠であり、WHOがその軸になっている。トランプ政権は、WHOが中国寄りだとの批判を強めたが、この国際組織が新型コロナウイルスとの戦いに大きな貢献をしていることは疑いえない。アメリカWHOに戻ってくることは世界にとって望ましい。

 因みに、コロナ対策がバイデン政権の最大の課題である。バイデンは、連邦施設においてマスクの着用を義務化することを決めた。

 トランプイランとの核合意からも離脱したが、バイデン政権はどのような形でこの合意に復帰するか検討しているものと思われる。バイデンは、イランとの核合意にも復帰すると言ってきたが、イランは濃縮度20%のウランの製造を行うなどして、アメリカを牽制しているので、容易には政策変更はできないであろう。

 イラン封じ込めとともに、トランプ政権下でイスラエルアラブ首長国連邦の国交樹立など新たな動きも起こっており、その点でも新しい中東政策の立案には時間が必要であろう。

 アメリカ第一主義から同盟国重視への転換は日本やヨーロッパにとっても望ましい。しかし、アメリカ外交にとって最大の課題は中国である。バイデン政権になったからといって、米中間の緊張が緩和するわけではない。5Gなど先端技術をめぐる両国の緊張は続いていくであろう。また、香港の民主化弾圧などの人権侵害には厳しい態度をとっていくものと思われる。

 日米関係については、安倍晋三前首相とトランプ大統領の個人的信頼関係が良好な両国関係に役に立った。コロナ禍で、首脳会談もままならない中で、菅首相がどのようにして新大統領と緊密な関係を築いていくのか、今後の大きな課題となろう。

分断された国民の融和

 トランプ政権の負の遺産を克服するためには、国民の融和を図らねばならない。しかし、トランプ大統領選で7000万以上の票を獲得したことは事実であり、今なお多くの支持者がいる。アメリカは、人種、宗教、収入、教育、地域など様々な対立要因をかかえており、分断が深刻になっている。そして、それが民主主義を機能不全に陥れている。

 豊かな中間層の存在が民主主義の安定に不可欠であるが、今のアメリカでは、富める者と貧しい者との格差が開きすぎている。トランプ政権下で格差が拡大し、富裕層の上位1%の資産は35兆ドルに上るのに対し、全世帯の下位半分の資産は2.4兆ドルにすぎない。

 バイデン民主党政権が、その格差を縮めることができるか。格差の問題は、世界中で共通の課題であり、コロナで傷ついた経済社会を立て直すためには、世界大恐慌の後にF.D.ルーズベルトが展開したようなニューディールが必要である。

 バイデン政権は、総額1.9兆ドル(約200兆円)の経済対策を講じ、高額所得者を除き1人1400ドルの現金支給、失業保険の特例加算増、最低賃金の引き上げなど、所得再配分政策を行う。その成果が上がれば、格差はわずかでも縮まる。ただ、それは、大きな財政赤字を生み出すことになる。

 トランプを支持したのは、ラストベルト(錆び付いた工業地帯)の貧しい白人労働者である。トランプ政権下で職を得た者もいれば、期待外れでトランプ陣営から離れた者もいる。亀裂はますます大きくなっている。

 トランプの扇動に乗って支持者たちが議会へ乱入した事件は、民主主義の統治能力に疑問を呈する不祥事であった。アメリカ民主主義モデルを再生させるのは容易ではない。

 さらには、トランプ政治の道具であったツイッター、そしてそれが政治を動かしてきたことの功罪についても、きちんと検証する必要がある。「Fake news(嘘)」が衆愚政治の道具となったことを忘れてはならない。

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