東大という思想: 群像としての近代知
『東大という思想: 群像としての近代知』(東京大学出版会)著者:吉見 俊哉

教養学部が大学を方向付けた

良くも悪くも、東大は、日本における最初の近代的大学として発足以後、日本社会のなかに、ある種の場所を占め続けてきた。イギリスの有力誌<THE>の発表する昨年発表の世界大学ランキングでは、取りあえずは日本のトップに置かれている(三六位、京大は六五位、上位六位まではすべて国立大学法人)。そのブランド形成の歴史を振り返りながら、単なる世評を超えて、東大なるものに如何なる存在価値があり得るか、を論じようとする、野心的な目標を掲げた、結構異色の書物である。

冒頭に編者の一人による、要領の良い歴史的オーヴァー・ヴューが描かれた上で、医学におけるベルツ、物理学における山川健次郎、工学ではH・ダイアー、東洋史学と白鳥庫吉、経済学と高野岩三郎、戸田貞三と社会学、造船・造艦技術と平賀譲、内田祥三(よしかず)の建築学の分野の過去が、それぞれの領域を代表する個人の仕事を中心にしながら、専門家の手で明らかにされる。そこまでは、ほぼ戦前の東大の横顔の記述ということになるが、その後、戦後体制の中心となった南原繁と、新制大学としての東大の一面が語られ、東大のみならず、全国の大学にとって、戦後最大の危機であった一九六〇年代末の学生反乱の東大版を、編者の吉見氏のほか、苅部直、岡本拓司の両氏の鼎談(ていだん)という形で振り返り、最後に、ある意味で「漸(ようや)く」最近設置された東京大学文書館に、専任として着任された、本書の編者の一人森本氏による資料管理に関する理念の公開があって、本書は閉じられる。

大学に関わりのあった人間としては、やはり学生反乱に関する議論が身につまされる。すでにある程度終息していた段階ではあったが、寮に関わる委員会の下っ端として、寮生(ばかりではなく、いわゆる「外人部隊」も結構交じっていたが)との「団交」で、飛んでくる灰皿をかわしながら、夜の白々明けるまで勤め、朝日とともに帰宅する経験も重ねた身としては、苅部氏のジョーク、「教員の脱出口のある建物を作る、それが第一だと思います」との発言に、思わず共感したりした。

しかし、一般の立場で読むとき、最も関心を惹かれるのは、やはり戦後GHQの意向にも依存する改革があって、新制大学として再発足するときの経緯が、色々な形で述べられている点だろう。時の南原総長、あるいは教養学部創設に絡む矢内原忠雄らの判断や行動が、現在の東大の性格に、重要な方向付けをしたことは、よく知られたことではあるが、改めて詳細な分析によって明らかにされている。

国立大学(当時)の中で、教養学部を持ったのは、当初は東京大学のみ(後に埼玉大学が追随する)であったことも、例えば巷間(こうかん)ノーベル賞受賞者では、京大に遥(はる)かに水をあけられている、という評言が喧(かまびす)しいが、学問の伝統の継承や、その理念の構築の上で、やはり両大学には、それなりの差があったとも読めるような論議があって、興味深い。

一つだけ、教養学部創設に当たっては、旧制第一高等学校がその主体になったことは確かだが、旧制の東京高校も同じような比重で役割を果たしたことには、何処にも言及がなかったように思われる。

これまで日本では軽視されてきた「アーカイヴズ」、つまり関係のある文書を徹底して整理・保存する機関への言及は、読み捨てないで欲しい。

【書き手】
村上 陽一郎
1936年東京生まれ。科学史家、科学哲学者。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。上智大学東京大学先端科学技術研究センター国際基督教大学東京理科大学大学院、東洋英和女学院大学学長などを経て、豊田工業大学次世代文明研究センター長。著書に『科学者とは何か』『文明のなかの科学』『あらためて教養とは』『安全と安心の科学』ほか。訳書にシャルガフ『ヘラクレイトスの火』、ファイヤアーベント『知についての三つの対話』、フラー『知識人として生きる』など。編書に『伊東俊太郎著作集』『大森荘蔵著作集』など。

【初出メディア
毎日新聞 2020年10月24日

【書誌情報】

東大という思想: 群像としての近代知

著者:吉見 俊哉
出版社:東京大学出版会
装丁:単行本(360ページ)
発売日:2020-08-24
ISBN-10:413020159X
ISBN-13:978-4130201599
東大という思想: 群像としての近代知 / 吉見 俊哉
東大なるものに如何なる存在価値があり得るか