路上生活者が殺害される

 2020年11月16日早朝、渋谷区幡ヶ谷の路上で路上生活者と見られる女性が殺害された事件は、その5日後、近くに住む吉田和人容疑者がその母親と共に近くの交番に出頭、傷害致死容疑で逮捕されるという展開になった。

 殺害されたのは大林三佐子さん(64)。ビニール袋に石を入れたもので頭を殴打されたという。

 現場となった甲州街道沿いの幡ヶ谷原町バス停には献花が絶えない。

 吉田容疑者は女性に対し、「痛い思いをさせればあの場所からいなくなると思った」「バス停に居座る路上生活者にどいてほしかった」などと供述している。金を渡して移動してもらおうとして、拒絶されたともいう。

 痛ましい事件だ。路上生活者の排除という問題についても多くの報道や論考があったが、今回は事件が発生した場の地理的特徴を体感的に見ることで、その性格を浮かび上がらせてみたい。

◆「笹幡」と呼ばれるエリア
 事件が起こったのは、昨今「笹幡」とも呼ばれる一帯だ。

 京王(新)線に沿って甲州街道国道20号)が通る。甲州街道に沿って、中央自動車道に接続する首都高速4号新宿線が高架で走る。そして笹塚の十号通り商店街、幡ヶ谷の六号通り商店街などといった、昔ながらの商店街もある。繁華街である新宿や渋谷へのアクセスも良好、少し南に行けば高級住宅街としても知られる、小田急線東京メトロ千代田線が通る代々木上原などにつながる立地だ。

 事件の起こった幡ヶ谷原町バス停付近の甲州街道の周辺はスーパーマーケットカフェ、食堂が街道沿いに並ぶ。幡ヶ谷駅は地下化されていて、京王新線のみで乗降できるようになっている。幡ヶ谷駅に接続する幡ヶ谷ゴールデンセンター地下商店街といった渋いスポットもある。幡ヶ谷原町のバス停幡ヶ谷駅の距離は、グーグルマップで調べると、200メートルだそうだ。

事件のあった幡ヶ谷原町バス停には献花が絶えない。女性はこのベンチで夜を過ごしていたという。

 バス停から少し笹塚方向に行くと、中野通りとクロスする笹塚交差点がある。
 
 交差点を越えた先には笹塚駅がある。ここの商店街は歩く人が触れ合うほどの狭い道の中に、食堂や鮮魚店に惣菜店、最近は唐揚げ店などもある、賑やかな商店街だ。

 下町的な「情緒」と巨大都市的な道路インフラ、そこにファッショナブルで垢抜けた店舗などが混在しているこの一帯。様々な質の都市的なカルチャーが交差し、渾然となっている。都市的でカッコいい感じがするのは事実。道ゆく人びとも、垢抜けた雰囲気を持っている。ここは、クルマの排気ガスさえ気にしなければ、遊歩する場所としても決して悪くないところだ。事件が起こったのは、このような場所だった。

◆都市の「資産価値」
 吉田容疑者が女性を殺害した背景には、都市がどのようにして投機の対象に、金融資産になっていくのかという視点があってもいいのではないだろうか。

 笹塚では駅前が再開発され、商業施設・フレンテ笹塚などが入るメルクマール笹塚が2015年に開業した。先述したように、新宿にも渋谷にもすぐに出ることができる利便性の高い地域である。

 幡ヶ谷原町バス停の周辺の路線価は1平方メートルあたり54~56万円だ。参考として、中野通りを北上したところにある西武新宿線新井薬師前駅の近くだとこれが42~43万円になり、西武新宿線を越えると40万を切るくらいだから、やはり、垢抜けて、かつ便利な立地だけあって幡ヶ谷も笹塚も、土地や家屋の資産価値はかなり高い。

 下町的な情緒がありながら、一方で土地の資産価値が高い。再開発も進んでいる。幡ヶ谷も笹塚も、環状6号線(山手通り)から環状7号線は、単身の労働者を吸収するために作られた安アパートが並ぶ木賃ベルト地帯とも呼ばれる一帯に位置している。

 が、一方で木賃アパートに集う若者や学生などといった層が作り出した文化や生活上の熱気や密度を町の魅力に転化している。そのような街で、吉田容疑者は母親と一緒に家業の酒店を手伝っていた。

 そして、地域の魅力を資産価値に転化することができた街で起こっているのは、資産価値を下げるような行為に対する排除である。

◆相次ぐ路上生活者の排除
 別の場所だが都市や住宅が投機の対象となる中で、横浜ではタワーマンションの住民が最寄駅であるみなとみらい線馬車道駅での路上生活者の排除を訴えているという事例もある。

 横浜市中区では、2018年にも横浜スタジアム周辺で路上生活者の生活用品が首都高速道路会社により予告なしに撤去されるということがあった。

 東京でも、2018年には港区青山での児童相談所を軸とした複合施設の建設に対し、地域住民が「迷惑施設である」、「価値が下がる」といった理由で建設に反対するなどといった事例があった。幡ヶ谷のある渋谷区でも、宮下公園にミヤシタパークが建設される過程で野宿していた人々が追い出される、といったことがあった。資産価値のある土地を防衛する、というのは土地や住宅を、その資産価値を考えながら選択する層にとっては非常に重要な問題だ。

 今回の事件も、ナイキや渋谷区路上生活者を追い出すように、吉田容疑者も都市の浄化を自発的に行っていた、そしてそれをやり過ぎてしまった、とも捉えられる。

 タワーマンションの住民などが行政や鉄道会社に路上生活者の排除を求めるように、自分が住む地域に路上生活者が侵入することを拒んだ、ということだ。そして、首都高速道路会社が路上生活者の荷物を撤去するような手つきで、女性を殺害してしまったのである。

 吉田容疑者の行動が表しているのは、都市や地域の文化といったものが、土地や建物の資産価値に翻訳、変換される過程で、路上生活者が排除すべき対象として現れる、ということでもある。彼がどれほどそのことを意図していたかはわからないが、排除は資産の防衛という性格も持っている。

 生活に困窮した路上生活者は不可視化される、と一般的に語られる。だが、ときに強く可視化される。排除の対象として、である。そこでは排除される側の生活や事情などは顧みられることはない。

 都市が資産としての価値で測られることにより、人は「モノ」になっていく。人格はカネに置き換えられる。住居は居住のためのものではなく、金融商品となる。資産としての土地や住居を持つ層も、都市の歴史や文化的地層を資産価値でしか計れなくなり、資産がない、資産価値を脅かすような層は端的に、資産防衛のために排除される。

 事件の背景には都市の浄化がもたらす諸々の問題がよこたわっている。

<文・撮影/福田慶太>

【福田慶太】
フリーの編集・ライター。編集した書籍に『夢みる名古屋』(現代書館)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)、『α崩壊 現代アートはいかに原爆の記憶を表現しうるか』(現代書館)、『原子力都市』(以文社)などがある。